3 聖女暗殺計画

「……ねえ、伊勢崎さん? 今、殺されたって聞こえたんだけど冗談だよね?」


「いえ、冗談ではありませんよ。私、この世界で一度殺されたんです。いわゆる暗殺ですね」


 彼女は珍しく俺の方を見ないまま、まっすぐ市街地を見据えて語り始めた。要約するとこうだ。



 ――彼女はこの都市を含めた領土全域を巡り、人々に癒やしを施す聖女として活躍していた。


 活動の場は紛争の地ばかりではなく、魔物に襲われた町や盗賊に略奪された村や集落、富める者も貧しき者も分け隔てなく癒やす彼女は、十一歳になった頃には大聖女と呼ばれ、領民に愛される存在となっていたのだと言う。


 そして運命の日は領主との謁見を終え、与えられた一室で宿泊した夜のことだった。


「その日は謁見の他にも治癒の仕事が立て込んでいて、疲労した私はぐっすりと眠っていました。……そして胸への鋭い痛みに目を覚ました時には、すでに自分の胸には深々とナイフが突き刺さっていました。恐怖と混乱で治癒をする間もなく意識を失った私は――次に気がついた時、かつて自分が行方不明になったとされる高速道路の高架下の川辺で倒れていたのです」


 伊勢崎さんは自分の銀髪を指でかしながら話を続ける。


「私は……いつの間にか領民の方々から大きな名声を得ておりまして、近いうちに領土を越え、国王との謁見も控えておりました。私はこの領地の政策には色々と思うところあり、意見がぶつかることもあったのですが……そんな私の影響力がさらに大きくなることを恐れた、誰かの策謀なんだと思います」


 自身が暗殺されるだなんて、そんな辛い経験をする人はそうそういないだろう。おっさんの俺でも泣いちゃいそうだ。十一歳の少女ならなおさら辛かったに違いない。


「それなら君が生きていることを知られると、とても不味いことになりそうだよね。いまさらだけど顔を隠したほうがよくないかな?」


「いえ、私の髪はあの頃の黒色から銀色に変わっていますし、十七歳まで成長しています。なにより一度は殺害されたのですから、問題はないと思いますよ。ですが……目立つ行動は行わないに越したことはないでしょう。ひとまずは身を休めるところを探して、それからじっくりと元の世界に戻る方法も考えなければ――」


 そこまで言った伊勢崎さんは、ハッと口を押さえて立ち止まり俺に向き直った。


「おじさま、御礼が遅れてしまいましたが、私を助けていただきありがとうございます。その上、私の事情に巻き込んでこのような世界に来てしまったこと、本当に申し訳なく存じます……。私にできることでしたら、全身全霊を尽くしていかなることにも応えてみせますので、それでどうかお許しくださいませ……! そ、その、本当になんでもやりますから……」


 伊勢崎さんは「なんでもやります」のところに妙に力を込めて話すと、丁寧にお辞儀をして頭を下げたまま、時が止まったかのようにぴたりと動かなくなってしまった。俺が何か話しかけるまで、そのままじっとしてそうだ。


「いやいや、そんなの気にしないでいいよ? 俺が勝手にやっちゃったことだし、もしかしたら俺が間に入らなくても伊勢崎さんならなんとかしてたかもしれないしね」


 とある文化系の部活に入っている伊勢崎さんだが、かと言って運動が苦手ということもないだろう。なんといってもいろいろと優秀な伊勢崎さんだし、ナイフくらい華麗に避けたかもしれない。


「だから……そうだね、なんとか地球に戻ってさ、約束していた夕食でもごちそうしてくれたらそれで十分だよ」


 伊勢崎邸にお呼ばれしたときは、庶民の俺が普段食べたことのないような豪華なごちそうを振る舞ってくれるのだ。思い出すだけでヨダレが出そうになるね。


 俺の言葉に伊勢崎さんは頭を上げ、穏やかに笑いながら目を細めた。


「ふふっ、おじさまったら……。おじさまがそうおっしゃるならお言葉に甘えさせて頂きます。そのためにも、まずは地球に戻らないといけませんわね」


 伊勢崎さんは移動を再開すると、屋台や住居が立ち並ぶ雑多な町中を迷うことなく歩いていった。どうやらこの辺に土地勘があるようだ。



 そうして一軒の店の前で足を止めると、くるりと俺に顔を向けた。


「着きました、この店です。以前とお変わりがないとよろしいのですけど……」


 他と同じく石造りで、二階建ての建物。入り口に打ち付けられた看板には見たことのない文字で『エミーの宿』と書かれている。どうやら宿屋のようだけど……って、なんで文字まで読めるんだろうね俺。


「おじさま、私はこの店の主人を信頼しております。この方には私のことをある程度話しますので、ご了承してくださいませ」


「うん、わかった」


「ありがとうございます。それでは――」


 伊勢崎さんは再び俺に背を向けると、気安く扉を開けて中へと入った。

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