4 エミーの宿
店の中には長いカウンターがあり、中年のおばさんがカウンターに肘をついたまま俺たちを迎えた。
「いらっしゃーい。……あら、見たことない顔だね、新顔の傭兵さんかい? 雑魚寝部屋はもう満席だよ。個室なら空いてるけど……結構高いよ? あんたたちに払えるのかね?」
そんな接客に、伊勢崎さんが震える声で言った。
「エミールおばさん」
「あん? あんたのような美人にあたしゃ会ったこともないし、気安く名前を呼ばれるような間柄じゃないだろう? 慣れなれしいのもほどほどにしておくんだね」
「エミールおばさん。私だよ、セイナだよ」
「あたしの知っているセイナは大聖女セイナだけだよ。そんなセイナも今はもう――。……えっ? ちょっと待ちな。あんた、もう少し近くで顔を見せておくれ……」
目を見開いたままエミールはよろよろと伊勢崎さんに近づくと、伊勢崎さんの頬を両手でがっしりとつかんだ。
「あ、ああ……髪の毛の色は変わっちゃいるけど、この目、鼻、頬……セイナだ、たしかにセイナじゃないか……。これは一体どうなってるんだい? あたしゃ夢でも見てるのかね……?」
「ねえエミールおばさん。私たち、今ちょっとワケありなんだ。いますぐこの宿で
「なんだって? あんたいきなり現れたと思ったら、一体……いや、そういうことなら任せておきな。事情は後で聞かせてもらうからね。……ところで、そっちの男はいったい誰なんだい?」
うさんくさそうに俺を見るエミール。伊勢崎さんにはまるで我が子を見つめるような目をしていたというのに。
伊勢崎さんは俺をちらっと見ると、ほんのり頬を赤くして口を開いた。
「この方は、私の……旦那様なの!」
「えっ?」
声を漏らした直後、俺の足に激痛が走る。足元を見ると素早く姿勢を正す伊勢崎さんの足が見えた。
どうやら俺は伊勢崎さんに足を踏まれたらしい。こんな荒っぽい伊勢崎さん、俺は初めて見たよ。
それに気づかなかったエミールは、伊勢崎さん、そして俺を満面の笑みで受け入れた。
「あらあらあら! まあまあまあ! そうかい、セイナもそういう歳なのかい。なんだかパッとしない男だけど、男は中身だからね。あんたが選んだ男なら、あたしゃ反対はしないよ! それじゃあ少し待ってな。部屋を用意してくるからね!」
そうしてドタバタと二階へと上がっていくエミール。その後ろ姿を眺めながら、俺は伊勢崎さんに尋ねた。
「あの……どういうことか、教えてくれるかな?」
「はい、ここは私がかつてお世話になったエミールおばさんの宿です」
伊勢崎さんはにっこりとした顔を崩さずに答える。
「そうじゃなくて……旦那様ってどういうこと?」
「あ、ああ……それは、ですね。エミールおばさんはお部屋が一つしか空いてないって言っていたでしょう? エミールおばさんは、ああ見えてお固い方ですから、そうとでも言わないと男女の相部屋になんかしてくれませんから。……それに」
「それに?」
「今後も共に行動していくなら、夫婦ということにしておいたほうが色々と面倒も起こりません。異世界の先輩である私がいうのですから間違いありません。……ですから、おじさまはこれから私のことを聖奈と呼んでくださいませ。こちらではセイナと名乗ってましたから、エミールおばさんの前で伊勢崎と言っても通じませんし」
「うっ……。この世界は伊勢崎さんのほうが詳しいから、そういうことなら了承するけど……」
「伊勢崎じゃないです、聖奈です。さあ呼んでみてください」
「せ、聖奈ちゃん」
「呼び捨てていただいてかまいません」
「さすがにそれは勘弁して……」
伊勢崎さんは人差し指を顎にあて、考える仕草をすると、
「んー……。仕方ありませんわね。それじゃあそれで手を打ちます。私はおじさまのことを旦那様と呼びますからそのおつもりで。うふふっ」
やけに上機嫌な伊勢崎さん。俺はなぜか冷や汗が背中を伝うのを感じながら、エミールが帰ってくるのを待つことにしたのだった。
――後書き――
ここまで読んでくださりありがとうございます。
少しでも「この先を読みたい!」と思ってくださった方は、この機会に本作品のフォローや☆☆☆をポチっとしていただけるとすごく励みになります。感想も大歓迎です、よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます