ep.26 勇者は遅れてパルクール

 「ついに! 勇者様がお戻りになられると!!」

 「嗚呼! この時が来るのを待っていたわ!!」


 ドワーフやハーフリング、いわゆるアガーレールの先住民達が、笑顔でビーチへと駆け寄る。


 ヒナのチャームを取りに行った、あの日と同じ、青色に澄んだ美しい海。

 日に当たれないドワーフたちは、今日もリリーとルカから譲り受けた百合の傘をもち、快晴の空を見上げていた。


 僕たちも、その瞬間を迎えるのが楽しみで、同じく海辺に来た。

 アゲハを先頭に、その人が降り立つ場所を確保し、その時をまつ。




 入道雲のある方角から、何やら青い物体が飛んできた。


 それはよく見ると、鳥… ちがう。鳥を模した、青い蝶の大群だ。


 大群は、どんどん近づいていき… 太陽光の反射と相まって、それは見る者の記憶に焼き付くほどの「宇宙」を“魅せた”。

 真っ昼間の快晴の一部に、蝶の大群から透けて見える宇宙の姿が、ポッカリきらきら。

 確かにキレイなんだけど、脳がバグりそう。



 「「おー!!」」「「わぁー!」」

 先住民達が次々と、その迫力のシーンを見て、歓喜の声を上げる。

 サリイシュも目をキラキラと輝かせながら、徐々に近づいてくる大群に心躍らせた。

 そして、


 ♪~!

 ツリーチャイムが幾つも同時に鳴っている様な、キラキラした音色が聞こえてきた。

 大群の1羽1羽も、よく見える様になった。モルフォの虹色蝶だ。

 つまり、その大群の中に今回、帰還した勇者様がいると。


 ストッ


 海辺に小さなつむじ風がなり、その渦の中心に、その「勇者様」は降り立った。

 彼お得意のパルクールを活かし、着地ポーズはかっこよく。

 アゲハのより、若干大型で重低音も含まれるチャイムが特徴的な、モルフォの虹色蝶たち。


 その完璧なまでの登場に、海辺一帯からは盛大な拍手が鳴り響いた。



 「みんな。ただいま」



 祭のあとは、勇者様の帰還と、ここ最近はイベントが目白押しだったアガーレール。

 そんな、二度と来る事のないであろう激動の時代に生まれ、さぞ先住民達は自分達のことを「幸運」だと思うかもしれない。それも、僕は実際の様子は見ていないけど、先の「襲撃」という悲しい歴史を乗り越えたからこそだ。


 そんな国民の想いを汲み取るように、目の前に降り立ち、笑顔を見せた勇者。

 「マニー」こと桜吹雪満獲まぬえるが、女王アゲハの前へとおもむき、片膝をつけたのだった――。




 ――――――――――




 マニーの帰還を祝した宴は翌日、王宮で開催する事になっている。

 今日はひとまず長旅の疲れを癒すために休もう、という名目で、あのあと僕たちはすぐに王宮内の和室へと招き入れられた。

 このあと、マニーから幾つか報告があるためだ。みんなでお茶を飲み、彼の言葉を待った。



 「本当はもう少し長く、フェデュートの動向を探るために潜伏する予定だった。

 だけど、アキラが神々の指令で上界から飛ばされてきたことと、富沢伊右衛郎いえろうが反逆に乗り出す予兆を捉え、国の安全を確保するべく急遽戻る事にしたんだ」


 と、凛々しい表情でいう勇者様。

 敵陣への潜伏から帰還というので、最初はてっきり悪党な恰好で、空から降り立つのかと思ったものだ。でも、いま目の前にいる彼は、いつもと変わらないマニーであった。


 僕は安堵した。今日まで出会った仲間達もみな、変わらないでいるのが報いである。

 そうだよ。何だかんだいって、いつものみんなの笑顔が一番なんだ。


 「まず、富沢の動向からいう。あいつは、カナリアイエローの力を悪用しているよ」



 …。



 え? 桜吹雪センパイ、いま何て言いました?

 あのぅ、カナリアイエローが? あの草使いの先代魔王が、悪用されてるだって!?


 僕は、一級フラグ建築士なのだろうか?

 みんな変わらないでいるから安心、といったそばから、メチャクチャ不安になる語句がマニーの口から飛び出したのである。途端に、気楽にお茶を飲んでいる場合ではなくなった。


 「アキラがきてからも、アゲハとは何度か電話でやりとりをし、情報共有を行ってきた。すると、これまで気づけなかったことと新しい発見が、いくつもあってね。

 一番分かりやすいのが、クリスタルチャームだな。実は今回の潜入調査で、クリスタルチャームと、その現在の持ち主がいる場所を、2ヶ所特定できたんだ」

 「「おー!」」

 と、仲間数人がその業績に目を光らせる。

 数では少ない方かもしれないが、それでも十分な成果を果たしたのではないだろうか?


 「お疲れ様。で、さっきいったカナリアイエローのチャームが、そのうちの1個だと」

 と、アゲハが冷静に伺う。マニーは「うん」と頷いた。

 「もう1個は誰が、どこに?」

 「暗黒城のチアノーゼだ。そっちには、シアンのチャームが手に渡っている」


 ――!!

 シアン。3きょうだい「CMY」の真ん中。

 末っ子カナリアイエローよりも、更に強力な魔法を有する、先代魔王の1人だ。


 なんてこった。

 マニーの表情からして、そのチアノーゼという者も、僕達からみて「敵」にあたる存在なのだろう。それがよりにもよって両方、先代魔王のチャームを握っているという。最悪だ。


 「フェブシティには時おり、ファッションショーが行われているんだけど、そこでちょうど生のチアノーゼを見かけてね。もっとも、本人は俺の存在に気づいていなかったんだけど、チラッとこう… 服に隠れて、胸の谷間に、Cのロゴのチャームがぶら下げられてた」


 なんて、ほんの少し顔を赤らめながら説明するマニュエル。

 なるほど、その反応からして「チアノーゼ」という方は女性か。いや、今はそれより!


 「さっきのカナリアイエローの話。その富沢ってヤツが、力を悪用しているというのは…」

 僕は冷や汗気味に質問した。マニーはガラケーを取り出しながら答える。

 「前に、ダークエルフの少年が消された話をしたと思う。その時の凶器に使われたのが、カナルと同一の植物魔法だということが、から分かったんだよ。そして、それがカナルの意思ではないことも、富沢の左手首に括られたチャームから判明している」

 「なんてことを… 他所のチャームを利用して、暴力や殺人に使うなんて、最低」

 サリバの言う通りだ。

 悪用された側もきっと、やるせない思いでいっぱいではないだろうか。



 「CMYのCとYが見つかったのは、かなりデカいね。ちなみにマゼンタのチャームは?」

 アゲハが腰に手を当て、次に1点、マニーに気になる質問をした。

 マゼンタ。M。魔王3きょうだいの長女で、礼治を除く歴代史上、最強の女――。


 「分からない。もしかしたら首謀者の手にあるかもだけど、情報が少なすぎて確証が」

 マニーが困った表情で首を横に振り、そう答えた。

 さすがに3きょうだい揃って場所と持ち主を特定、とはならなかったか。残念。


 「カナル。イエロー… シアン。チアノーゼ…」

 なんて、一方ではキャミが1人ぶつぶつ呟きながら、眉間にわずかなシワをよせている。

 何か、気がついた点でもあるのかな? あとで訊いてみよう。


(つづく)

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