ep.20 もう、後戻りはできない。
月夜に、照らされているせいもあるのかな。
その視線には、一種の「絶望」さえ感じられた。リリーは口を開いた。
「もう、ルカには伝えているんですけどね。私、実は相手の目をみて前世を読み取る力が今、上手く機能していないようで」
「前世――」
そういえば、リリーには黒百合ガラスを生み出すのとは別に、前世が見える能力が備わっているんだった。
これは僕には付与されない力だけど、どうやらそれが不具合を起こしている様で…
「何ていえばいいのかしら… その、ここにいる先住民の皆さんの前世が、読めないんです。どんなに目をジッと見合わせても、まったく」
「そうなの?」
「しかも、それだけじゃないんです… 実は、あなた達仲間の前世も、元きた世界の自分達の姿しか見えなくて… すみません。いつ皆にいうべきか、タイミングが」
…。
おい、ちょっとまて。
僕、リリーがいうそれが何を意味しているのか、分かってしまったかもしれない。
いや、まだそうだと判断するのは早い。
だって、一番最初の時に、あのひまわり組が言っていたんだ。
「お前は、今も生きている」とね。
「まさか… それって、その元きた世界の“前”の前世が、全く見えないってこと?」
僕は恐る恐る、リリーに問うた。
するとリリーは、「うん」と、弱々しく頷いたのである。
「こんなの、初めてです… 以前は、みんなの前世が6代前まで透視できたのに。今や先住民達の前世は全く読めないし、セリナ達に至っては… 元きた世界が『前世』扱い――。
前に、アゲハがいっていました。
私達の元きた世界は、ひまわり組いわく『消滅したのかも分からない』らしい、と」
衝撃の事実であった。
僕も、その言葉には頭が真っ白になった。
リリーが、遂に堪え切れなくなり、瞳から一筋の涙を流した。
最悪のパターンが、頭をよぎったのだ。信じたくないけど、きっと元きた世界は、もう…
「この事は、アゲハ達に、言わない方がいいかな…?」
僕はそうリリーに訊く。リリーは、唇を震わせながらいった。
「まだ… 言わない方がいいと、私も思っています… だって、彼女たちの中には、元いる世界で… 大切なご家族や、恋人、友人を持っている方も、いますから」
そうだよな。それは僕も全く同じ事を考えたんだ。
今ここにはいないけど、かの敵陣へ調査に出向いているマニーだって、現実では子供が…
リリーは、とたんに自身の顔を両手で覆い、嗚咽を上げながらいった。
「どうしよう…! ルカには『不具合だから気にしないで』って言われているけど、もしこの不具合が治らないまま、元きた世界が前世扱いだなんて、アゲハ達に知られたら…! きっと、絶望するかもしれない…! そうなったら私、いったいどうすれば…!!」
リリーの悲壮が、痛いほどによくわかる。
僕も、ここは涙を堪えるのに必死だった。
元きた世界には、昔から一緒だった妹達がいて、友達がいて――。
こつこつと、キャリアも積んできたのだ。そんな世界が、もし消滅していたらと思うと。
いや、まだ分からない。
ルカの言う通り、リリーのそれは「異世界へ飛ばされた事による
だが、それにしては、あまりにもパターンが安定化しすぎている。
僕たちの中の1人か2人くらい、6代前の前世が見えてもいいものを、今のリリーでは誰一人透視できないというのである。
という事は、僕たちの元きた世界は、やはり――。
――――――――――
祭の準備は、着々と進んでいた。
ハーフリング達は率先して、自分達が育ててきた家畜や野菜などを調達し、料理をする。
ドワーフ族は、地中にある根菜を掘り起こしたり、一般的な日本のお祭りでよく見かける屋台や仕掛け等をセッティングしたりしていた。
そして僕たち異世界人はというと…
「僕たちの、元きた世界でも見かけない鉱物で出来てますね。エキドナ合金とも違う」
「えぇ。一体、何で出来ているのかしら?」
王宮の一室にて、リリーとルカもまじまじと見つめるその中央、汚れてもよい小紋着姿のアゲハが、ビーチで回収した機械人形の残骸について調べていた。
調べているというよりかは、書物を頼りに解体した部品ごとに仕分け、メモを取っている、といった方が正しいかな?
ちなみに、祭が始まるまでは、僕も見学してよいとの許しを得ている。
「私とマニーにも、正体は分からない。フェブシティ側との認識の違いがあるかもしれないから、こっちでは仮として『オリハルコン』と呼んでいるけど」
「オリハルコン?」
「異世界ファンタジーもので稀にきく、最強の金属の名称だよ。明らかに鋼よりも頑丈だから、そう呼んでいるだけで、実際はもっと上の素材があるかもしれないからね」
「なるほど。これらは最終的にどうするんだ?」
「森の奥にある地下博物館に寄贈し、ドワーフ達に守らせるよ。それまでの間、こちらで利用や複製ができそうな素材のサンプルを一通り採取し、研究や開発を経て、国の産業物として大いに貢献できるようにしたい。私が持っている、このガラケーのようにね」
そういって、メモを取り終えたアゲハが黒い携帯端末を取り出した。
つまり、そのガラケーは元々、敵対勢力であるフェデュートの技術を得て開発されたという事なのかな? それとも、敵の手から丸々盗んできた…?
いやいや、どちらにせよなんて
「アゲハさーん。もうすぐ祭が始まるってー!」
ヒナからの呼び出しだ。
残骸についての研究は、今日はここまで。
僕たちは、揃って外出の準備に取り掛かった。アゲハもササっと研究材料を片づけ、ガラケーだけを持って外へ出る。その時に彼女が独り呟いたのが、
「夜が明けたら、マニーにも報告しないと」
だった。
――――――――――
『これより、アガーレール建国200周年記念祭を行います!!』
ドーン! ドドーン!!
パラパラパラー。
上空に、大きく華やかな花火が舞い上がった。
アゲハも上品な衣服に着替え、僕たち全員、王宮を背に盛大な音と光の祭を目にする。
全身に伝わるほどの花火の音。
先住民たちが打楽器を鳴らす。
めかし込んだ女性の小人たち。
四阿を囲んでみんなで酒飲み。
そして屋台から漂ういい香り。
――完全に、日本でみる花火大会そのものだ。
「みんな、気合入ってるね」
と、アゲハが笑顔で広場を見渡すが…
僕としてはてっきり、先にこう、女王様と母神様を称える式典が静かに行われるのかと。
(つづく)
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