常勝無敗はTバックで作れる
これは完全に女性向けの内容である。
というのも、完全に女性目線の、女性に宛てた、女性の下着の話であるからだ。
予め言う。男性が読んでくださっても嬉しいが、別に性的な内容ではないし、つまり性的な受け取り方をしないでほしい。少なくとも私は男性を喜ばせたくて下着を選んでいるわけではないので。
どういうことかというと肯定・否定問わず、男性からはコメントをしないでほしいという旨である。女性って実は、趣旨じゃない時に男性からそういう言葉をかけられると、ものすごく不愉快になったり、ひとによってはキレ散らかしてゴジラみたいに丸の内のビル群を破壊したりするので。私とか。谷口蘭堂に鎮圧された時は屈辱でした。冗談でも谷口蘭堂をデリカシーの無い男扱いするな。ごめんなさい。
さて私はデパコスが大好きである。イヴサンローランのファンデーション、ルブタンのリップ、トムフォードのアイシャドウ。スックのチークに、シャネルのハイライト。香水は日本未発売の老舗ブランドのものをフランスから取り寄せて使っているし──これは匂い選びが殆ど賭けである。実物を嗅げないので、匂いの説明やクチコミを読んでめちゃくちゃ予想をするのだ。幸い私は大きく外したことはない──そんなわざわざ馬鹿みたいに金をかけるのは何故か?
多分デパコス好きの女性の皆さんなら八割型同じ回答をするだろう。
アガるのだ。シンプルに。
公私問わず、よくわからない、納得できない理由でひとから怒られてそれに表立って反論出来ない時、我々が何を思うか。
平謝りしながら、内心は鼻で笑っているのである。「オメー今誰に口利いてると思ってんだよ。私の顔の凹凸は今全部シャネルでできてんだぞ。オメー如きが舐めた口利いて良い相手じゃねえぞ。言っとくけど私はこの後家で死ぬほどビール飲むからな。キリンのやつをだ。だって顔の凹凸がシャネルでできてるから」、そう思っている。なおよくわからない方向けに説明するが、顔の凹凸がシャネルでできているというのは、顔に本来あるべき立体感を、シャネルの化粧品で影や光を足すことで演出している、という意味合いである。私は平たい顔族の女首長なので、顔の凹凸を何かで作らなければいけない。そういうことだ。
何故下着の話なのに化粧品の話から入ったのか。それは、少なくとも私にとって、化粧品選びと下着選びが全く同じ原理で行われているからである。
まあ私は常に金がない女なので、化粧品にお金を使ったら下着にまでお金を掛けられない。私が石油王だったらラ・ペルラの下着しか詰まっていないクローゼットを持っていたろうが、現実問題、サルートでさえ買うのに莫大な勇気といつも持ち合わせている思い切りの良さが必要だ。余談だが私はいつだって思い切りが良い、生まれてから今まで、信じられないくらい。
金は無いし高級品を身に付けるわけではないが、派手なものを身に付けることは大好きである。やり過ぎでは? ってくらい絢爛な刺繡が入っているやつとか。真っ黒! 総レース! とか。
勿論、仕事中、電話口でモンスタークレーマーに音割れする音量で「豚の胎から産まれた阿婆擦れが。死んで詫びろ」と怒鳴られていても、申し訳無さそうな声を出しながら「オメーが今人格否定し続けてる相手、言っとくけど黒いガーターベルトでストッキング吊ってっからな。この後家でトレジャラー吸うし。だって私は黒いガーターベルトでストッキング吊ってっから」と思いながらネイルオイルで甘皮ケアをしている。
無論、いつでも気合いの入った下着を付けているわけではない。
休日、ECサイトで見つけてはしゃいで買った、よくわからないくらいダサいピンクの豹柄の部屋着で原稿に耽る時なんかは、楽天で買った一枚千円のルームブラとよくわからないハート柄のボーイレッグを履いていたりする。このよくわからないボーイレッグもめちゃくちゃ探してきたやつだったりはする。ヴィクシーの。
さて先日、デニムを履いてコンビニに出かける時。
私は玄関先で愕然とした。
ケツがありえないぐらい下がってる!
これは大変に良くない。お尻が重力に負けては私も人生に負けてしまう。
私は常勝無敗の女である。前の夫からさまざまを毟られた末に離婚届を叩きつけられてなお「私の勝ち」と思っている最強の女である。つまり負けだと認めなければ負けてないし、勝ちだと確信すれば勝ちだ。
私は勝ちたかったので、一瞬でガチガチのサポート力を誇るガードルを買った。かつての職場の、五十代の先輩が“最強”と太鼓判を押した、ワコール優美である。
ちなみに友人はガードルに頼らず勝つために筋トレに励み最強のプロポーションを手に入れているが、そんなもの勝利へのアプローチの些細な違いである。私の身体は虫刺されの跡やら手術痕やら火傷跡やらケロイドやら、はちゃめちゃに傷跡が多いが、一片の恥じるところもない完璧さを誇る。いやまあケツ下がってるし腹は出てるんだけど。ごめんちょっとこの話は横に置いておかせて。勝ちたいから。どうしても勝ちたいから。
ワコール優美は最強の名に相応しかった。多分運動部にいた中学の頃よりカッコいいお尻になった。質量は物理法則により変わらないのに、トップの位置が変わることで印象が全然変わる。
私は小躍りしながらデニムを履き、タイトスカートを履いた。
ついでにテンションのままに通販で金属ボーン入りの編み上げのガチのコルセットを買った。豆知識だが、コルセットとガードルを合わせるとウエストからお尻のラインが完璧になる。バストも大きく見えるし、何なら背中にもCカップができる。信じられん。さすがに痩せるわ。
ワコール優美を履いて行った職場、コールセンター。
師走はクレームが増える時期である。ご尤もで心底平謝りするしかないクレームから、顔も見えない私を「ブス」「ババア」と詰るモンスタークレーマーまで、負の感情の見本市である。並大抵のメンタルだと疲弊してしまうし、同僚には「もう辞めたい」と言っているやつも多い。
しかしワコール優美さえあれば私は日本一の女である。最近のお気に入りの、よくわからない位置に編み上げリボンの施された総レースの下着も着けているから世界一だし、今日もストッキングはガーターベルトで吊っているので宇宙一である。今日の顔の凹凸はシャネルじゃなくてクリオだけど。金欠でシャネルが買えなかった時期に買ったクリオ、めちゃくちゃ良かったから。
勇壮な顔で仕事を終えて、爆発炎上する職場を舐めるオレンジの炎と熱を背中に浴び、なんかハードボイルドそうなBGMを背負って一仕事終えた顔で笑える。家に帰ってぶっといコイーバを吸える。そう、好きなものに囲まれていれば強くなれる。
これから迎えるクリスマスは、友人たちとクリスマスパーティーをして過ごす。プレゼント交換会、予算は三千円前後。
私はピーチジョンで黒いTバック二枚組と一緒に、ヒップケアクリームを買った。誰が貰うかはわからないが、きっと喜んでもらえる。
だって彼女に嫌なことがあっても、「は? お前私今黒いTバック履いてんだぞ。プルプルのケツしてるし。お前が侮って良い相手じゃねえぞ。いいか、私はこの後しゅわしゅわの美味しいアップルタイザーを飲む。お気に入りのグラスでだ。だって私はプルプルのケツに黒いTバック履いてっからな」と思えるきっかけになるはずだから。
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