音を置き去りに走って生きるし一箇所にジッとしてない

藤田夢弐

カイジみたいにしか生きられない

 遥か昔、当時の夫とダラダラ見た映画に、『カイジ』がある。

 漫画が原作だが、私はそちらは読んでいない。金銭感覚がバグったギャンブル狂いの若者が人生を取り返すためにより大きなギャンブルをする、みたいな話だったと記憶している。

 私は、断じて言う、ギャンブルに手を染めたことはない。ソシャゲのガチャに気が狂って八万円を突っ込んだことはあるがギャンブルはやったことがない。画像データに八万突っ込む時点でギャンブル狂よりなお悪い気もするが、そこは気にしてはいけない。

 私はどう考えてもギャンブル狂いになる素質を兼ね揃えているため、友人から、そして自ら、『パチンコ店の前で足を止めることすらしてはいけない』と固いゲッシュを打ち立ててきた。

 しかし。映画『カイジ』の冒頭だったと思う。金の無いカイジが宝くじでスクラッチくじを買うシーンがある。

 私はあれに酷く共感した。やったことあったし。何遍も。


 さて私の出自の話をしよう。

 私の父はそこそこ稼いでる士業の男で、都内一等地に三十年間事務所を構えていられる程度には稼いでいる。所謂アッパーミドル層。

父の父、つまり私の祖父も精密機械工場を経営して稼いでいたアッパーミドル層で、母方の祖父母はもっと金がある。

つまり私は、大学進学と同時に母と妹と一緒に父の家を出るまで、そして父の家に戻ってからは割と裕福な生活をしてきた、自慢とかではなく事実として。


 母と妹との生活はとにかく金が無かった。

私は今でこそ『清貧』という言葉を『反資本主義思想』として社会問題視しているが、当時そこまでの思想は無くとも、とにかく『節制』というものが苦手だった。やり方がわからなかったのだ。

 お金に困ったことがなかったとは言え、お小遣いは少ない方だったし、欲しいものを何でも買ってもらえる生活をしていたわけでも無い。母が信じられないくらいお金に細かく、また子供に節制を強いる人間だったので、寧ろ幼児の頃などはいつも「ハルちゃんはお母さんにセーラームーンのおもちゃを買ってもらえて良いな〜」と指を咥えて見ている側であった。

 それだのに、やり方がわからなかったのだ。

 私は身体が弱く、大学もアルバイトも休みがちだった。稼げる額なんてたかが知れているし、母も私にお小遣いを渡せるほど稼いでいない。私の稼ぎが少ないことを知っていたので大学までの定期代だけは出してくれていたが、それ以外は全て自分で賄った。


 さて私の所持金が千円を切ると(割とよくあった。今でもたまにある。昨日までお財布の中には百円玉も無かった)、私が何をするか。宝くじ売り場に行くのである。

 私は昔から謎の自信があった。

 私は豪運の持ち主である、私は無根拠にそう思っていたし、今でもそう思っている。

 確かにSNSのプレゼントキャンペーンなんかの当選率は群を抜いているが、友人たち曰く「あんたどっちかっていうと運が無い方だよ、そこに全部注ぎ込んでる感じの運の無さだよ」。

 若かりし頃の豪運の藤田(自称)は、きっと私の持ち前のラックが何とかしてくれると信じて、残金で買えるだけのスクラッチくじを買っていた。妻子を家に残し中東に赴くアメリカ兵よりも勇壮な顔をして宝くじ売り場に並び、三枚だとか四枚だとか、買う。そしてちゃんと外れ、一銭にもならずに終わる。

 私はこれを馬鹿の回数繰り返した。

 毎度毎度、私の持ち前のラックが何とかしてくれると信じて。


「ってことを思い出して最低だなって思ってたんだよ」

 私はスマホのネタ帳にメモしたこの話のスクショを友人に送りながら言った。彼女は、いろいろな点でピントがズレている私を細やかに正してくれる、管理者気質の女である。いや私が彼女を勝手に管理者にしてるだけである。反省しなさい。ごめんなさい。

 さて彼女は「想像以上に最低だった……」と正しくあるがままに酷評して、言った。

「そうなるべくしてなったような、酷い環境の生まれとかでは無いと思うんだけどね……」

仰る通りです。


 さて現在の話をしよう。

 私は信じられないくらい貯金ができない。

 貯金額は二万円、それも先述の友人に言われて始めた。

 貯金ができないのに、中学時代からつるんでる仲の良い友人と「パリ旅行行きたいね〜」とか話している。なお、父は別段、そういう時に「じゃあパパが全額出してやろう」みたいなタイプではない、確かに私が旅行に行くたびに「美味しいもの食べな」と一万円札を一枚握らせてくれるけど。

 貯金ができない女がパリに行きたい時、どうするか。

「わかった!私バウンティハンターやる!」

「なんて?」

 賞金稼ぎを目指し始める。金銭感覚を見直すとかではなく。

「なんか文学大賞とか応募して、賞金稼ぐよ!頑張ろ!多分真面目にやるから文章上手くなるしお金も手に入るし一石二鳥じゃん!」

「……うん、頑張って…………」

 大した文才も無いくせにこの女は何を言ってるんだ、みたいな目で私を見ながら友人は曖昧に微笑む。彼女は優しいお姉ちゃん気質なのだ。


 七月より細々とバウンティハンターをやり始めて五ヶ月。成果はまだ無い。

 私はまだ、宝くじ売り場の前に立っているのだろう。

 どうなる豪運の藤田!とくとご覧あれ!

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