四章 メイルローブ 第一話
久しぶりに吸うこの街の空気に少し心がほぐれる感じがした。この街は故郷ではない。しかし、十歳で初めてこの街に来て、いつしか自分の街となった。既に第二の故郷と言ってよい。
ターバリス・レイ・シュロ―はおよそ半年ぶりに自らの領地へと戻ってきていた。招集を受けて北の国境に向かったのが今年の春。夏と秋の半分を戦地で過ごし、今度は急な呼び出しを受けて戻って来た。
――大した戦闘もなく、無傷で戻ってこれたのは僥倖というべきか、無念というべきか……
後ろを附いてくる家臣達に気取られぬよう、小さく溜息をつき、我が城へと向かう。これらもまた、信用してはいけない――そう自らに言い聞かせつつ鷲を進める。
半年ぶりに戻って来た城主に気づいた街の者達が慌てて道を空けて、脇に平伏していく。それを横目に見ながら、彼は城への曲がり角を曲がった。彼は人目のある道を歩くのが嫌いだった。できるなら、城まで鷲で飛んでいきたいところだったが、これも役目である。代理の主であるとしても、街の主が裏口から入るような真似などしてはならない。堂々と門を抜けて、主が帰還した事を民に周知させるのも城主の務め――そう躾けられた彼は、その通りに務めている。
ターバリスの本拠地、メイルローブはいわゆる城郭都市である。都市全体をぐるりと隔壁が取り囲み、その中に街と城がある。帝国時代、ここは大陸北西の要衝地であった。多くの人が行き交ううちに街ができ、人が増え、その街を守るために隔壁と城が造られた。当時は二十万もの人が住んでいたと聞くが、現在の人口はおよそ四万。それでもこの国の中では比較的人口が多い部類に入る。交易と商売の街であり、この街の八割は商いを営む自由民である。残りが彼らの中でも裕福な者達が所有する奴隷、または、どこからか流れてきた流民であり、その他、旅の商人たちの出入りも多い。
隔壁の中は、そういった市民が暮らす街と、シュロ―家が所有する私有地に分かれており、ターバリスの居城はその私有地にある。あえて街の正門から入場した彼は、いつも通り城に向かって鷲を進め、やがて半年ぶりの自分の住処が見えてきた。
古風な建築手法で造られた城と、本殿からやや離れたところに高い円柱状の塔が天を突くように聳えている。帝国時代に建造されたこの城は、幾度かの補修を繰り返しながら、シュロ―家の手城の一つとして運用されてきた。特徴的な円柱状の塔とその足元に広がる庭園はこの街の名物であり、近世に建造されたあちこちが角ばった城にはない美しさを持つ。これから会う相手の事を考えると、ターバリスは内心、欝々としていたが、それでも自分の家に帰ってきた事は少しだけ彼の気を晴れさせた。
城門をくぐったターバリスとその臣下達は、厩舎に鷲を入れに向かった。戦場では急ごしらえの厩舎しかなかったが、ここならば、十分な飼い葉も寝床もある。自慢の愛鷲も落ち着いて羽を休めることができるだろう。
「おかえりなさいませ、ターバリス様」
平伏して出迎えた使用人に鷲と荷を預けた。
「サバスト様がみえております」
「分かっている。他の者達に食事を出してやれ。俺は先にサバスト様にお目通り願う」
使用人は顔を伏せたまま返事をし、ターバリスは一人、城内へと向かった。
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