三章 ラジテ村 第九話
翌日、ケヤクがセティヌ邸に赴き、セティヌにメイルローブ襲撃を引き受ける事を伝えると、セティヌは笑った。
「そうか、やるか」
含みのある言い方に少し腹が立ったが、それを抑えた。
「ああ」
「なぜ、気が変わった?」
「なぜも何もそういう契約だろう。あんたが目標を示し、俺たちが狩る。それだけだ」
「ほう? 今さら従順という言葉を覚えたのか?」
「何とでも言え」
「まあ、いい。数日したら鷲が届く事になっている。まずは鷲に乗る訓練をせねばならん」
セティヌは言いながら、椅子を示し、ケヤクは掛けた。
「鷲に乗るのはさほど難しくはないが、空に慣れる必要がある。乗り手に選ばれた者はひと月ほど訓練してもらう」
「乗り手は俺が選んでいいんだな?」
「ああ、馬に乗れる者なら、大抵乗れるだろう。しかし、空中戦は素人には無理だ。地上での陽動と組み合わせて押し入り、短時間で離脱する。戦闘は極力避けろ」
ケヤクは頷いた。空に慣れた兵士達と空中で戦闘になれば、勝てる保証はないだろう。
「城主も特に問題があるという話は聞いておらん。よってこれを殺す必要もない。もっとも、どうせ今は城を空けているはずだが」
「氷竜国か」
「そうだ」
セティヌは卓上の香皿に手を伸ばすと、月香を入れ、火を付けた。不思議な匂いだが、嫌いではない。
「氷竜国との戦はまだ続いている。冬になれば一時休戦となるだろうが、それまでは戦場にいるだろう」
「しかし、領主としての振る舞いに問題がないなら、なぜわざわざちょっかいを出す? そんな空き巣めいた事をする必要があるのか?」
「探し物があるやもと思ってな」
「なんだ? それは。宝か?」
「……まあ、そうだ。大きな……真珠だな」
返ってきた答えにケヤクは驚いた。
「あんたが真珠? もう何年もあんたといるが、あんたに宝石を愛でる趣味があるとは思えんが」
母がセティヌ邸の家事手伝いとなってから、ケヤクは毎日のようにこのセティヌ邸で過ごした。このさして大きくもない屋敷にどんな部屋があるのかは一通り把握しているつもりだ。セティヌの書斎に入ったこともある。しかし、この屋敷で宝石や真珠など一度も見た覚えはない。
「ただの真珠ではない。特別な真珠だ。大きさは人の頭ほどもあり、赤みがかったまろやかな光を持つ。この世に二つとない貴重な品でな。わしはそれを探しておる」
「……それがあんたの目的か?」
ばさり――と、庭で音がした。見ると、一羽の白鷺が常葉樹の枝に止まっていた。細身の身体を器用に折り曲げ、羽を繕っている。白鷺は冬になれば、南へと飛んでいく。そろそろ身支度を始めるのだろう。
「……まあ、それも目的の一つだ。シュロ―の城にはそれがあるかもしれん。宝物庫でそれを見つけたならば、他の何をおいてもそれだけは盗みだせ。城主のターバリスはただの若騎士に過ぎん。邪魔をしなければ殺す必要はない」
ケヤクは老人の態度がどこか腑に落ちなかったが、特に考える意味はないと判断した。わかった――と答え、屋敷を後にした。
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