夕方屋と透明な夕焼け(short ver)

Tempp @ぷかぷか

第1話

『夕方屋』。

 そう呼ばれるのは夕方の結晶を作るからだ。

 僕の仕事は雇われ異世界転移ナビゲーター、地球担当。色々な人が世界を渡るお手伝いをする。前の世界の情報を受け取り、お客さんが地球に転移するための場所をつくって、情報を世界に紐づける。

 異世界というのは物理法則が違うから、お客さんにこの世界の法則を適用できるよう、世界をごまかす必要がある。世界を騙してお客さんをこの世界の存在だと認識させるのが僕の仕事。

 方法は、お客さんがこの世界に転移した瞬間、お客さんとこの世界の風景を結晶に留め、瓶に保管する。結晶を保管する限り世界はこの世界の存在と誤魔化され、お客さんはこの世界で安定する。別の世界に移動するときは、ジグゾーパズルをあわせるように、同じ色の風景に結晶を溶かす。それでこの世界との関係は切断される。


 夕方を選ぶのは、夕焼けがいろんな色に溢れているからだ。

 昼や夜の単色だと同じ色で揃えるのは難しい。けど、夕方の結晶は夕焼けのどこかに同じ色が当てはまる。

 夕暮れの真っ黒な地表から立ち昇る不思議なグラデーション。

 中心の太陽の濃い黄色を起点として、瞬く間に吐息のように薄い青から激しく燃えるオレンジ、悲恋じみた茜、冷たい海の底を思わせる藍、静かな夜の始まりの紺、たくさんの色が、時に地層のように空につもり、時に浮かぶ雲に乱反射して、複雑な色合いを見せながらもあっという間に世界を昼から夜に切り替える。

 九十九折のように彩なすこの世界の色の切れ目に、夕焼け色をした結晶を溶け込ませる。


 でも僕はこの前初めて失敗した。

 僕のお客さん、ベスさんは、転移直前、世界の狭間で何かと衝突した。その余波は小さな次元流を巻き起こし、地球の境界を一瞬侵食した。

 僕はその瞬間を撮影してしまった。その瞬間、世界は次元流の巻き起こす『透明』な色に飲み込まれた。

「ちょ、ちょっと待って。こんな色、この世界にない!」

 途方にくれた。

 ベスさんが他の世界に転移するにはこの『透明』を再現してその中で結晶を溶かさないといけない。しかも、地球の風景として。『地球の風景』で作った結晶なんだから、これを溶かすには『地球の風景』じゃないといけない。

 僕らの世界の技術で地球に『透明』を再現しても、それは『地球の風景』じゃないから結晶は溶けないし、溶かせないとこの世界の誤解が解けない。

 無理でしょこれ。どうしよう。

 同時に転移してくる何かとぶつかるなんて、天文学的確率だ。完全な事故で、会社からは僕の責任はないっていわれた。ベスさんも寿命がない種族だからか、まあいいよ、って言ってくれた。でも、そんなわけにはいかないよ。ベスさんがいい人な分余計に。


 こんな事故は会社の中でも初めてで、精鋭の対策チームが組まれた。下っ端だけど担当者の僕もチームに入れてもらった。会議は喧々諤々だけど、専門的すぎて僕にはなんだかわkらない。

 そもそも僕のいた世界イヴィは、長年異世界からの侵略に悩まされていた。そこで転移技術を解析し自分のものにして、逆に観光産業にした。だからからイヴィから他の世界に行くのは簡単なんだ。

 じゃあどうするかといえば、地球に異世界転移の技術を確立させようってことになった。それって可能なのって最初は思った。けれどもよくよく考えれば、地球もイヴィほどじゃないけど、他の世界の来訪者が多い世界だ。

 僕のお客さんには地球に長く滞在する人もたくさんいる。そういう人は地球で社会的な地位が高い人も多い。

 ようやく僕が活躍できた。お客さんにお願いして、イヴィの技術をそれとなく地球に流してもらう。これを切欠に、それとなくイヴィから地球の偉い人に接触があり、人材交流がこっそりとすすめられた。百年かかったけど何とかプロジェクトは成功した。


 その記念すべき日。

 僕の目の前には、あの日と同じような透明で不思議な夕焼けが広がっていた。

 僕は小瓶の口を開け、『透明』な色合いの結晶を傾けると、こぼれたそばから同じ色の景色に溶けた。

 そこを起点にゲートが開く。

 ベスさんが次の世界に行くための扉。

「夕方屋さん、ありがとね」

 そういってベスさんは旅だった。

 地球から異世界への、最初の転移の確立。僕の後ろで拍手が巻き起こる。

 くす玉が割れて、テープカットがされる。地球のお祝いってなんか変なの。


 ベスさんの転移は地球の人にもちょうどよかった。

 何故なら、実際に地球の人でテストする前にデモンストレーションができたから。

 現在、異世界転移を通じた地球とイヴィの技術協定の話も進んでいる。

 これから行き来が爆発的に増えると思う。新しい時代の幕が開けた。

 僕はちょっとだけ、出世した。

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