22:水仙冬花の目標

岩滝様と穂積さんと別れてしばらく


「お嬢様!」

「ひゃっ!?」


唯乃が突如私に覆いかぶさってきた瞬間

遠くから、何かが爆発する音がする

爆風が廊下を吹き渡り、先程まで私達が歩いていた道は火に飲まれていた」


「ば、爆発・・・?」

「みたいですね。不発弾・・・?」

「そんなものはなかったと思うけど・・・」


一応、毛布を運び出す時に不審なものがないか確認しておいた

もしもの事があってはいけないから

薄暗い空間で、明かりもなく手探りだから確実にないとは言い切れない

見落とした可能性の方が大きい


「もしも見落とした爆弾で、岩滝様たちが・・・」


爆発に巻き込まれていたら、どうしよう

私のせいで。手を差し伸べてくれた岩滝様に、いつも私についてプライベートを捨ててきた唯乃を友達として慕ってくれるであろう穂積さんに何かあったら・・・

私のせいで、・・・私が調査に残れば・・・


「お嬢様」

「どうしよう、唯乃。岩滝様と穂積さんが・・・!」

「お嬢様のせいではありません。物陰に隠れてやり過ごしましょう。おそらく、理由はすぐに分かりますから」

「・・・」


唯乃の指示で私たちは近くの物陰に隠れて、様子をうかがう


スプリンクラーや防火シャッターが作動する気配がない

・・・意図的に、止められているのだろうか


もしやこれ、何かの試験の一つ?流石にあの着衣水泳だけじゃないとは思っていたし、あれも下手をしたら普通に死人が出る試験だ

もちろん、今目の前に遭遇している出来事も同じ

今の所、これが試験なのか偶然の事故なのかはわからない

けれど・・・流石にたかが女子高生の入学試験程度で命の危険が蔓延り過ぎではないか?


乙女の花園。社会で強く咲き誇る為、力をつける教育機関

それが銀花の法霖だったはずなのに・・・


「どうして、命の危機があるんだろうね」

「わかりません。私も情報として知る法霖と今の法霖はかなり食い違っていると思います」

「・・・だよね」

「二人共。無事だったんだね。よかった」

「水代様」


私達が物陰に隠れていると、音を聞きつけて水代様がやってくる

同じように身を隠しながら、彼女は状況を伝えてくれた


「爆発音がしたでしょう?何かあったのか見に来たの。紫乃さん、今離れられないから・・・」

「彼女は今、何をされているのですか?」

「紫乃さんは出口に繋がる扉の電子ロックを解錠をしているところ。もうしばらく待って・・・」

「鍵は電子ロックだったのですね。穂積さんのスマホを使用して開けられるものなのですか?」

「紫乃さん、機械系に強くてね。あれ、電波の阻害を受けていないでしょう?」

「・・・?」


申し訳ないが、私は機械系にそこまで詳しいわけではない

唯乃に視線を向けると、彼女は私にもわかりやすいように説明をしてくれる


「お嬢様。穂積さんが使用されているスマホは、私達が使用している通信端末「A-LIFE」とは別の通信方法を使用しています」

「旧回線って呼ばれている、少し前までは主流だった回線は、今回の試験で妨害を受けていないの。あくまでも妨害を受けているのが今主流の回線・・・A-LIFEに対応している回線だけなんだ」

「なるほど。A-LIFEは使い物になりませんが・・・スマホは通常通り使用できるというわけですね」

「そういうこと。紫乃さん、私にもやり方がわかんないんだけど、自作のなにかとあれを組み合わせて、小さなパソコンみたいな感じで使っているの」


なるほどなるほど

よくわかりません!一体どういう状況なのでしょうか・・・スマホと、自作でばいす?を使って・・・鍵を開ける?

そうしないと開かない鍵ということなのでしょうか


「水代様。それは解錠にどう関係があるのですか?」

「・・・試験の内容、聞いてないの?」

「地図通りに進む以外は・・・その地図も曖昧ですし」


水代様に私達が持っていた地図を手渡す

最初こそ訝しそうに見ていた彼女も、それをすべて見終えた頃には驚きで目を見開いていた


「・・・うわ、なにこれ。私達はもう少し詳細に、部屋の名前とか書かれてたのに。もしかして、さゆくんたちも同じ?」

「ええ。内容は同じだと確認し合いましたので・・・」

「・・・月組だけ難易度が上がっているのかな。一応、これ。見てもらったら違いがわかる。鳥組で配布された地図なんだけど、全然違うでしょう?」


水代様が差し出してくれた地図は火の明かりのお陰で鮮明に見えました

・・・地図の中に部屋の番号や名前が記載されている

こんな詳細に書かれていたら、試験も少しは楽ができるだろう

最も、苦労は同じだけど・・・


「でも、穂積さんたちは私達と同じ地図なのに、とてもすいすい進んでいたような・・・」

「さゆくん、自由時間に船内探索していたみたいだから。紫乃さんがフォトを確認した時、自作の船内マップも作ってたみたいで、その写真があったんだって」


それは初耳

まさかそんなものまで作っているだなんて。穂積さんはマメな方のようです

普通は面倒くさくて作りません


しかし、それを共有してもらえていないということは、やはり穂積さんからは警戒されていたのですね

まあ、初対面で変なお願いをしてくる利益も見込めない女なんて信用しないほうがいいですし・・・

岩滝様を大事にされているからこそ、私達を近づけるのは危険だと判断した

妥当です、穂積さん

私が岩滝様と同じ立場だったら、絶対に唯乃が協力関係を結ぶのを拒絶してくると思いますから・・・


けれど、頑張った甲斐があった

あの部屋を探索して、彼の信用を少しだけ得られた

その少しだけは、とても大きくて

きっと、これからの唯乃の為になってくれると思う

・・・唯乃はずっと私の側にいた。使用人の友達なんて誰一人いなかった

法霖で、友達が出来たらいいなと思うから。穂積さんや、冷泉さんのように素敵な方が、唯乃の友達になってくれれば、きっと彼女も、学校生活が楽しくなるだろうから


「・・・どうされました。お嬢様」

「ううん。あ、穂積さんが」


颯爽と駆けていく穂積さんと、その後ろを追う見たこともない赤髪の少女

ダイナマイトらしきものを持っていた。きっと彼女がこの火事を起こした張本人なのかもしれない

そして二人が去ってからしばらく、岩滝様が静かに二人を追いかける

作戦、なのだろうか

けれどよかった。二人共無事で


「・・・しかし、穂積さんはなぜこんな膨大な船の見取り図を一人で作成されたのでしょう。試験を見込んで、でしょうか?」

「さゆくんだからなぁ・・・警戒していたかもだけど、多分探検を楽しんでいたと思うよ」

「そういえば、水代様は穂積さんと面識があるようですね」

「うん。私、さゆくんの幼馴染だから!まあ、小さい頃、家が隣だっただけなんだけどね。大きくなってからのことは全然だし」


なるほど。だからああして距離が近かったのか

また一つ、情報を知ることが出来た


「そうそう。話は鍵の話に戻るんだけどね。さっき、さゆくんを追いかけていた赤髪の女がいたでしょう?」

「彼女のことを、ご存知なのですか?」

「三年花組「氷野花彼岸」。私達はこの試験「地図通りに進んで、最終ポイントで待ち受ける上級生のお願いを聞いて鍵を貰う」だったの。だから、水仙様も私も、そして現在進行系で対面している岩滝様もどう進もうが彼女に会うことになったんじゃないかな」

「鍵を得るためには絶対に遭遇が避けられない厄介な存在・・・お嬢様と私、意外と危機一髪だったのかもしれませんね。警戒せずに部屋に立ち入り」

「あの女に補足される。大変な事になっていただろうね」


少なくとも、今の二人のように逃げ回ることもなく潰されていただろう

本当に危機一髪だったのだ

けど、それでいいのだろうか

私はその危機を、岩滝様に擦り付けただけでは・・・

・・・そう思うと、自分の無力さと弱さが嫌になる

逃げてばかり。時には立ち向かわないといけないに足が竦んでしまう

もう少し、しっかりしなければ・・・岩滝様に交渉した時のように勇気を出さないと


「しかし、水代様は条件が提示されていたのになぜ彼女に会わなかったのですか?あんな性格とは知らなかったのですよね?」

「うん。でも、今の三年花組に紫乃さんが会いたくないって。だから自分で鍵を開ける方法を探すって・・・」


不思議なことをする女性だ

行動だけではない。その理由すら不可思議で・・・どこか引っかかる


「・・・だから、さゆくんがスマホを持っていてくれて助かったんだ。でもさゆくんがスマホを持っていなかったらどうする気だったんだろうね」

「さぁ・・・?」

「気になりますけど、最善の今以外は何も考えたくはないですね」


のんびり、火事場なのに話を続けてしばらくの時間が経過していたらしい

誰かが登ってくる音がする

岩滝様と穂積さん?それとも氷野花という人物?

それとも、新参?


「三人とも、無事か!」

「さゆくん!無事でよかった」

「急いでください。一応、水路に突き落としはしたのですが、上がってくる可能性もありますから」

「突き落とし・・・」

「大丈夫。一回這い上がってきたけど、蹴り戻しておいたから」

「エグいですね・・・」


穂積さんと岩滝様と合流を果たし、出口に向かう


「・・・皆、私を一人で残して酷いんだ」

「すみませんね師匠。それで、進捗は?」

「完璧だよ、弟子。君のお陰。スマホは充電ギリギリ。データはコピーしておいた」

「余計な真似を・・・何に使うんだ」


そこから先は穂積さんと冷泉さんがギリギリまで近くによってコソコソ話を始めていたため、私達には聞き取れなかったが・・・

遠くにいた私達でも、その会話は穂積さんにとってかなり不利なものということは理解できた


「・・・大丈夫だよ弟子。君が毎晩お楽しみなお気に入り「見た目清純系の可愛い系なのに、全身はわがままボディな女の子。恥ずかしがり屋の彼女が照れながら胸を隠している裸ニーソの女の子がパッケージな動画」・・・私達だけの秘密だからね」

「なっ・・・なぜそれを!タチ悪いぞ!?」


「バラされたくなければしっかり師匠に奉仕してほしい」

「あんたなぁ・・・!」

「そうそう。黒髪みつあみ丸メガネの巨乳メイドも好きらしいね。ミニスカガーターを好んでいる辺り、君の性癖は太腿に集中しているらしい。自分色に染め上げたい。舐め回したいというのは本音かな?」

「なんで、そこまで・・・てか今いうか」

「データはバックアップ済だよ、砂雪?」


スマホが返却されて嬉しいというか、悲しいのか

穂積さんは冷泉さんに縋りながら何かをお願いしていた


「・・・お、俺の尊厳を返してください」

「私への奉仕具合で考えてやろう。あはは!」

「貸すんじゃなかった・・・」

「情報端末は身分証明書並みに大事にして、他人への貸与は控え給えよ」

「・・・はい」


フラフラの穂積さんは岩滝様の元に戻っていく


「どうしたんですか、穂積さん」

「・・・なんでもないんだよ。ちょっと尊厳盗まれただけ」

「それちょっとどころじゃないですよね!?」


岩滝様のツッコミと共に、出口の扉が開かれる

そこには、それぞれネクタイと同じ模様の小型船が待機しており・・・その先には


「さくのー!さゆきー!」

「無事で何よりだ!」

「ああ、咲乃と穂積さん・・・ご無事で」

「ほろっ!ほろっ!むきっ!」


岩滝様の到着を待ちわびていた、二人の令嬢とその使用人が待っていた

彼女を待ってくれる人はいる。けど、私には・・・


「穂積さん、しっかり歩いてください。水仙様、行きましょう」

「え、でも・・・私」

「茨は同じクラス、文芽は別クラスの友人です。そんな二人に、貴方を紹介させてください。水代様も!」

「しょうがないな。ちゃんと「おもしれーおんな」の扱い、解消してよね」

「頑張ります」

「それと、さっきはごめんなさい。落ちこぼれって・・・」

「気にしないでください。ほら、二人共!」


水代様と岩滝様の間に何があったかは知らない

けれどその蟠りは、解消されてくれたらしい

私と水代様の手を、岩滝様は優しく引いて待っていた二人の元へと連れて行く


「咲乃お疲れ様なのです。元おもしれーおんなは無事だったのですね」

「ちょっと、その元おもしれーおんなって・・・元ってなによ!?」

「あら、また賑やかな方が。咲乃はよく変わった方を連れてこられますね」

「変わったって何!?」


水代様はあっという間に話の中心に入っていく

やっぱり私は、少し遠いところに・・・


「冬花」

「・・・へ?」

「冬花もこちらへ。二人共聞いて。試験は三人で協力してクリアしたの」


水代様と私の腕に、自分の腕を回して子供のように晴れきった笑みを浮かべる

本当に、この人は優しい人だ

優しすぎて不安になるほど、温かくて側にいたくなる人

だからこうして誰かが周りに集まってくる


私とは、同じように見えて違う人

けれど私もいつかは、貴方がその優しさを貫けるように

なにかの信念を持ち、それを迷わず貫き通す強さのある人間になりたいと願う


ううん。なるんだ

合格したんだ。法霖の生徒になるんだ

卒業するだけじゃない


「・・・楽しそうだな、お嬢たち」

「そうですね」

「弟子、スルメ頂戴」

「流石にあれには割って入れないな」

「まあそうだろうな。てか入りたいの、中学生?」


遠くで私達を見守ってくれている使用人の五人

その中で笑う唯乃は年相応で、見ているだけで私の心が弾んでくれる


この三年間、無意味に卒業を目指して頑張るんじゃない

私は貴方が笑い続けられるように頑張るから

ずっと守ってくれた唯乃あなたに誇れる、強くて格好いい私になってみせる

そう勝手に誓いながら、岩滝様・・・咲乃さんから、二人のご友人を紹介してもらう

試験の終了の合図が鳴るその瞬間まで、私達は談笑を続けていった


「お、お兄様、あの五名の内、三名が月のネクタイをされていますよ!」

「僕の同級生か。なかなかに個性的だね。見つけくれてありがとう、いろは」

「へへ・・・」


「到着ですよ、お嬢様!」

「ふう、ギリギリ合格ですねぇ。風音のお陰ですね、いつもありがとう!」

「お褒め頂きありがとうございます!」


遠くで彼女たちを見守る影と、ギリギリで到着した影

二人の胸元で揺れるネクタイとリボンはそれぞれ「月」の刺繍が施されている

彼女たちが咲乃と茨と冬花と交わる時間は、もう、それほど遠くはない

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