21:バイト使用人と令嬢の共同作戦

俺は地下に逃げ込み、もう一度溺れたあの場所へと戻っていく


一番手っ取り早いのはあの女をこの中に突き落とすことだ

その為に、俺は彼女を引き付けないと行けない


「待て!」

「待てと言われて待つ馬鹿がいるか!その程度の頭も回らんのに花組たぁ、法霖のレベルが透けて見えるな!」

「きぃ!あたしだけじゃなくて他の連中も馬鹿にするとは、躾がなっていないな!ここで爆散させてやる!」

「お前は本当に爆発ばっかりだな!頭も爆発しているんじゃないのか!」


投げられる爆弾をキャッチしては投げ返す

もちろん、あえて氷野花がいない方向にだ


「ふっ。下手くそ」

「爆弾を扱うのは初めてなんでね!それよりか、あんたのほうが下手くそじゃないか?もう少し、俺にキャッチされないように全力で投げてきたらどうだ!」

「いいだろう。お前の喧嘩、買ってやる!」


階段から飛び降りて、地上に降りてきてくれた

これで大分やりやすくはあるだろう


「あたしは落下させるより、直線で投げるほうが得意でね!」


キャッチすると踏んだのだろう

けれど俺は爆弾を今度は避けていく

速さはあるが、所詮人が投げるもの

直撃さえしなければ死ぬ可能性もない

なんなら、火花のお陰で軌道が見える。薄暗いこの環境の中では、避けるのも容易というわけだ


それに、俺にいる場所に投げようとするから自然と遠くに投げることになる

俺の後ろは水路。俺が受け止めきれなかった爆弾は全部その中に落ちていく

もちろん、後は使いものにならない。処分の必要もなければ爆発に巻き込まれる心配もない


「避けられるんだぁぁが?」

「なんだその煽り顔は!どこで覚えてきた!」

「実家の秘伝かな!」


よく親父達が人を小馬鹿にする時にこの顔をしていたから覚えている

俺は毎日のようにこの顔をされて、泣かされていた

まさか自分が他人にあの顔をすることになるとは思っていなかったが・・・


「そういえばどうにかなると思うなよ!」


爆発が通用しないと理解した氷野花はやっと強硬策に出てくれる

やはり最後は拳らしい。脳筋らしい戦い方で安心さえ覚えるよ

氷野花の後ろに影があることを確認して、俺は氷野花のパンチを避ける


しかし彼女もそこまで馬鹿ではない

俺の後ろに水路があることは流石にわかっていたようで、ギリギリの位置で止まれるように力を抑えていたようだ

流石としか言いようがない


「まあ、お嬢様が乱暴ですってよ。しかもパンチ。お上品じゃないですわ」

「なんっ」

「・・・ではこれは、お上品だと言ってくれますかっ!」


ギリギリで踏みとどまることは俺達の中で予想が出来ていた

ここまで行動予測がピッタリとハマってくれるパターンはもうないはずだ

お嬢が勢いよく飛び出して、氷野花を水路へ押し出す

もちろん彼女はバランスを崩し、そのまま水路へ落ちていった

お嬢は水路に落ちていく前に、俺がきちんと受け止める


「大丈夫、お嬢?」

「は、はい。平気です。穂積さんが受け止めてくださったので」

「危険な役目をさせてごめんね」

「いえいえ。それを言うなら煽りながら惹きつける穂積さんのほうが大変だったと思います。思ってもいないことをあんなに・・・」

「いや、本心だよ」

「・・・だめですよ。必要以上に人を貶す言葉を使っては。穂積さん自身も汚くなりますからね」

「善処する」

「お願いしますね」


終わったことを確信し、お嬢と穏やかな会話を繰り広げる

しかしこの手はもう通用しないだろう

ここまで単純な女がゴロゴロいるわけではないはずだし

それでもこれは・・・


「畜生・・・!」

「もう少し頭を冷やしてこい」

「あがっ」


這い上がってきた氷野花は笑顔で蹴り返してもう一度水の中

これぐらいは許されるだろう。なんせこっちは・・・


「ほ、穂積さんやりすぎです・・・」

「いいんだよ。こちとら殺しかけたんだ。やられたことはやり返しておこう」

「うぅ・・・」


お嬢は優しすぎる

さっきまであの女に殺意を向けられていたのに・・・


「本当に甘いね、お嬢は」

「そうですか?」

「うん。ゲロ甘。砂糖みたい」

「そこまでは甘くないと思います。今回みたいな事があれば、甘さを捨てなければいけません」

「そうだね。でも、それぐらいでいいかも」


お嬢を抱っこしたまま、階段の方へ向かう

流石にもうあれは上がってこないだろう

だから後はのんびり話でもしつつ、上に戻っていこう


「・・・穂積さんの反応から、もう少し、甘さを捨てるべきかと思っていたのですが」

「ううん。あの時の俺はわかってなかった。お嬢はそれぐらいでいいんだ。甘すぎるぐらいでさ」


彼女の甘さは後で命取りになる可能性もないとは言い切れない

けど、その甘さが縁を繋ぐ

彼女はこれでいい

危険なものは俺が取り払えばいい


そんな感じでいいのだ。今は曖昧なやり方でもいつかそれは形を成す

今は手探り。答えが漂う不明瞭な霧の中を、二人で歩いていく

その形をきちんと見つけ出した時、俺とお嬢はきちんと主従関係を結べているだろう


「変なのが寄ってきたら、今日みたいに蹴り飛ばしておくから」

「あまり乱暴はだめですよ」

「流石にそうも言ってられないでしょう?この環境じゃさ」

「そう、ですね・・・すみません」

「謝ることはないよ。それが普通なんだから」

「けれどここでは、普通が異常で、異常が普通・・・」

「適応は大事だよ。お嬢も、もしもの時は、パンチぐらいできるようになっておこう。俺で練習しておく?」


なんとなくだけど、お嬢は猫パンチぐらいの可愛い感じのパンチをしてくるイメージしか浮かばない

とてもじゃないが、氷野花みたいに殺意マシマシパンチは繰り出すイメージはない


「い、一応護身術を始め、体術は嗜んでいます・・・家業がこなせる実力ではありませんが」

「それなら十分だ。家業はこなせなくていいから」

「そうですね。しかし、あの、穂積さん」

「なに、お嬢」

「・・・ずっと、抱っこしたままなのはどうなのでしょうか?」

「そういえば」


先程からお嬢を抱きかかえたまま歩いている

別に苦ではない。引っ越しのアルバイトの方がきつかった


「・・・降ろして、頂けますか?」

「もう少しだけ」

「・・・せめて一階に到着したら降ろしてください」

「わかっているよ」


のんびり階段を歩いていく

一階は近い。その前に、何を話しておこうか


「お嬢」

「なんでしょう」

「ちゃんと食べている?」

「食べていますよ。軽いですか?」

「軽いっていうか、細いって印象。いつもお腹を空かせている印象だから、俺達が見ていないところでちゃんと食べているか不安になるぐらいかな」

「・・・たくさん食べているのですが」

「それならいいよ。今は成長期なんだから、たくさん食べて元気に過ごしてくれよ」

「はい。できる限り、頑張ります」

「よし」


これぐらいの年頃の子は体重を気にすると、バイト先のお母さんたちが言っていた

食事を抜いたり、お菓子を食べすぎたり・・・不思議な行動が多いらしい

俺はこれでも使用人。お嬢の体調管理だって仕事だ

でもまずは資本の食事から。大丈夫だと思うが、抱き上げた時、想像以上に細かったからちょっと聞いてみた


「穂積さんは、最近はきちんと食べていますか?」

「うん。真純さんのところにいた時は、俺が作っていたのを知っているでしょう?きちんと献立も考えて、お弁当も作ってた。そういえば、法霖って学食だっけ?」

「いえ。昼間は学食がありますが・・・基本的には同伴の使用人が作るようになっています。寮にはきちんとキッチンが併設されていますし、食材購入を始めとした物資の買い出しができる購買も存在すると資料で確認しています。穂積さんにはお世話になりそうです」

「うん。腕の見せどころがあってよかったよ。楽しみにしていて。毎日飽きさせないから」

「ええ。穂積さんのご飯は美味しいので、楽しみにしています」


食事は俺たちが用意することになるらしい

料理には自信がある。店で出すような料理ではないけれど・・・家庭的にしては貧乏くさいかもしれないけれど、それでも美味しいものは出せるから


「俺、これからもお嬢に反発したり、間違ったことを言うかもしれない」

「あの時の穂積さんが言うことは正論でした。私が甘すぎたのです。だから、これからも逆の意見だとしても遠慮なく意見をおっしゃってください。私が迷っていたら、喝をください」


俺の方に回していた手を、頭に持っていき、優しく撫でてくれる


「お嬢」

「私は・・・全員の被害が少ない道を選びたい。たとえそれで自分が一番被害を被ろうとも、穂積さんから怒られる道でも。甘すぎると言われようとも」

「そうだね。それが正しければその道を進もう。被害は俺が最低限に食い止めてみせる。でも間違っていると思ったら俺は全力で止める」

「ええ。お願いします。私はまだまだ未熟者です。人を信じることしか出来ません。疑うのは、難しい」

「うん。それは俺に任せて。でも任せきりはよくないからさ」

「ええ。いつかは貴方の手を煩わせないように道を選び取ります。時に疑い、時に信じたと見せかけて裏切る判断も・・・これからは、生き残る為に必要でしょうから」


まだまだ、俺達は始まったばかり

長年の付き合いなんてものはない。たったの三ヶ月

けど、まだまだお互いの底は知れていない。まだまだ、成長できる

関係も、主としての、使用人としての力量も、まだ発展途上なのだから


一階前の踊り場でお嬢を下ろす

名残惜しいが、ここから先は人の目がある


「お嬢、後もう少しだから。最後まで気を抜かないで頑張ろう」

「もちろんです!」


俺が先行して安全を確認しつつ、加菜と師匠、水仙様と異羽さんが待つ出口の方へ向かう

試験の終わりも近いようだ

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