23:バイト使用人と高嶺に近い花々

試験終了の合図がかかった

その瞬間、俺達が入ってきた出口を含め各ルートの出口と思われる扉が封鎖される


「合格おめでとう・・・あら、今年も二十人なのね。各クラス五名・・・」

「やはり暫定花の合格が多いね、高嶺。でも月も多い。君の妹君もいるようだ」

「あらあらぁ・・・彼岸、生きてたのぉ?」

「ゲホッ・・・まあな。お前含め、爆散させたい人間が増えたしな!」

「・・・野蛮人ばっか。困るね」


お嬢のお姉さんと共に現れた四人の女性

・・・あの女、生きていたのか。しぶといな


普通に明かりに照らされているお陰で、それぞれのネクタイやリボンに花の刺繍を施しているのがよく見える

あいつやお嬢のお姉さんと一緒ということは、残りの三人も三年生の花組ということか

・・・変人ばっかみたいだな。お嬢のお姉さんと、その隣にいる特徴がない人以外


「お嬢、お姉さんと爆弾女以外の三人、何か知ってる?」

「ええ。まずはお姉様の隣にいらっしゃる方は「無花果椿いちじくつばき」さん。類似業の方です」

「・・・え、あの顔で殺し屋?」

「あ、すみません。殺しはしないのです。あの方はうちと同じ裏稼業の人間。スパイの一族なんですよ」


へえ、スパイねぇ・・・実在していたのか。この現代に

必要なのか?必要なのかも、そういう家の人には


「特徴がないというか、影が薄いのもそんな理由ですよ」

「確かに、特徴がつかみにくいな」

「でしょう?後はごめんなさい。存じていなくて」

「・・・右が月見つきみるな。左のぬいぐるみを抱きしめているのが「黄道万理こうどうまり」お二人の実家は自分で調べなさい、弟子」


ふと、背後から師匠の声が聞こえる

なんでこんなところに・・・


「師匠。二人のことを知っているんですね。しかしなんで俺の影に隠れているんですか」

「スルメ」

「へ?」

「スルメを食べているのを、バレるわけにはいかないので。隠れさせてください。これ、師匠命令」

「いいですけど・・・」


それからは夢中でスルメを噛んでいるのか、話しかけても全然返事をしてくれなくなる

なんだか不機嫌?スルメを食べているのに・・・

はっ、師匠は俺が何も知らないことに苛立ちを覚えているんだ

人の情報は重要だ。きちんと集めて、逆に俺がお嬢に目の前にいる人物が誰なのか説明できるようにならないといけないだろう

それに、そういう情報は俺の今後にも役にたちそうだし・・・しっかり集めよう


「紫乃さん、こういう時ぐらいスルメ食べるのやめてよぉ・・・」

「もぐもぐ」


加菜の泣き言を背にしつつ、俺達は五人に向き合う


「あぁ!お前!ちゃんと生徒資料確認してきたぞ、高嶺様の妹の使用人!穂積砂雪!」

「誰ですかー?その頭悪そうな名前をした人間」

「そのすっとぼけ方はさっきあたしの可愛い顔面に足をめり込ませた男だわぁ」


五人集合して、今から合格後の話をするのかと思えばこの爆発女・・・なぜ俺たちのところに来る

それに可愛い顔だぁ・・・?何を言っているんだこいつ

鏡でも見てきたらどうだ?

でも、そうだな。爆弾以外のチャームポイントがついたっぽい。確かにそれは可愛いな


「美味しそうなわかめ・・・」

「どこ見てんだ。わかめなんて」

「ついているな」

「・・・」


氷野花は勢いよく頭のわかめをむしり、デッキに叩きつける

それを俺の目の前で何度も踏み潰した


「あぁ・・・わかめ」

「未練がましくわかめを求めるな!相変わらず口が減らねぇな・・・?あたし先輩だぞ?」

「先程俺たちを殺しに来た人間に提供する愛想はないので。豚小屋にお帰りくださいませ」

「ははは。一応聞いておくが、豚小屋はどんな豚小屋だ?」

「危険物所持法違反で入れられるような豚小屋です!」

「これはきちんと免許を持って、何度も講習を受けた上で携帯してんだよ!法律違反はしてねぇ!」


おお、流石にそういうところはしっかり・・・しっかり?

これまでのことを思い出しておく。どう考えても危険な扱いばかりだったよな

うん。こんなのが危険物所持の免許とやらを持っている事実もわからない


「どこが安全か僕ぜぇんぜんわかんないや!早く免許返納してね。お婆ちゃん。危ないよ?」

「穂積ぃ!」


大好物の爆弾を使用できないから、俺をポカポカ叩くしか出来ない氷野花

これは少し可愛らしい


「まあいいよ。てめぇのその腐った根性は気に入った」

「え、気にいるところありました?」

「・・・まあ、三年で花ってなったら全員恐縮して、お前みたいに無遠慮に話しかけてくる人間もいないからな。妹」

「は、はい!」

「お前のタックルもなかなか効いた。卒業前にお前らに雪辱は果たしに行くが・・・あたしはあんたを気に入った」

「あ、ありがとうございます」

「何かと困ったことがあれば相談しに来い。高嶺様よりは頼みやすいだろう?」

「まあ」


「彼岸、何をしているの・・・」

「すみません、高嶺様。すまない、穂積。咲乃嬢。また後でゆっくり話そう。逃げるなよ!悪い目には遭わさないから!」


お嬢のお姉さんから呼び出しを受けた氷野花は急いで彼女の元に戻っていく


「意外と、いいやつなのか?」

「そうかもしれませんね」

「後で時間、取ってみるか?」

「そうですね。きっといい時間を過ごせるでしょうから」


彼女の後ろ姿を見守る

あっという間に壇上に戻った氷野花はお嬢のお姉さんに頭を下げながら、元の立ち位置に収まった


「何をしていたの?」

「あたし、唯一戦えた存在がいるんで。ま、お察しの通り負けたんすけど・・・無事に合格できたみたいなので、挨拶に」

「相変わらずね。しかし貴方・・・咲乃と、戦ったの?」

「ええ。咲乃嬢もなかなかいい動きをしていましたよ。それに、いい使用人と巡り会えているようです。口は悪いですけど、咲乃嬢のことは大事にしてくれているようですし、あれぐらい素直でストレートに物を言ってくる男だと付き合いやすいでしょう」


「そう。けれどなぜ私に報告するの?」

「かなり心配されていたので。使用人がつかないこと」

「・・・そんなことはない」

「ウソつけ・・・使用人募集の求人、こっそり部下に命令して応募させてたくせに」


一瞬、お嬢のお姉さんがものすごい形相になって氷野花を睨みつける

・・・遠いからわからないけれど、何を言ったんだ、あいつ


「やだ。一人としか戦えてないのぉ、彼岸?」

「うるせ。お前はどうせ全員取ってきたんだろ・・・たまには正面から向き合えよ」

「やだぁ・・・忠誠心もない人間を側につけているのが悪いのに、取られたのをるなのせいにしないでよ。自分のせいに決まってんじゃん」

「・・・寝首かかれないといいけどな、この女」

「かきかえすからぁ、のーぷろぶれむっ!」

「うぜぇ・・・ま、時間の問題だろうな」


全員が黙った瞬間、お嬢のお姉さんが代表して正式に合格の挨拶をしてくれる

それから、今後の指示を出した


「クラス章が入った船に乗り込んで、銀花島へ向かってください。ここからだと一時間ほどで到着します」

「到着順で寮に案内する。今日はゆっくり身体を休めな」

「明日はぁ入学式と交流会だから、心して挑んでね。新しい催し物もあるらしいよぉ?」

「・・・質問、ある?」

「ないようでしたら、春小路文芽と徒木恋。前に来てください。他の生徒はクラス章の通りに船へ」


無花果さんが該当生徒を呼び出し、他の生徒はそれぞれ小型船へと移動を開始していく


「・・・文芽」

「大丈夫ですわよ、咲乃。悪い呼び出しではないと思うから。また一時間後、今度は銀花で会いましょう?」

「ええ」


呼び出された春小路様とお別れし、そして同時に・・・


「師匠たちはあっちですよ」

「えぇ・・・ばれないよ、弟子。一緒にスルメ食べて過ごそうぜ!」

「だめだってば。さゆくん、岩滝さんに水仙さん、また後でね」

「ああ。気をつけてな」


鳥組である加菜と師匠ともここで一旦お別れだ

そして俺たちは仕事を開始する時間になるのだ


「じゃあ、俺達も移動しましょうか」

「お嬢様たちは先に。俺たちは荷物を運びますので」

「いきましょう、お嬢様がた」


三人揃って使用人モードになりつつ、三人を手招く


「ええ。お荷物お願いします、穂積さん」

「任されました。お嬢」


「環、いくのですよ」

「もちろんです。今度は勝手にどこかいくなよ、茨」


「行こう、唯乃」

「はい、お嬢様」


「お、お兄様!いろはが先導いたしますゆえ・・・!」

「無理しなくていいよ、いろは。僕が持とう。君は僕を先導してくれ」

「はい!私、頑張ってお兄様を先導します!」

「ふふ・・・可愛いね」


「ほら、転ばないようにね?」

「はい!いつもありがとうござわ!」

「落ち着いて、ね?」

「はい!」


五人の月が船に揃う

全員が乗り込んでしばらく、船は銀花へと向かい始めた

俺たちが三年間を過ごす、青春と修羅の渦巻く孤島へと旅立つのだ

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