19:バイト使用人と新しい師匠

「穂積さん、そろそろ体調も戻られたと思うので、移動を開始したいと思うのですが・・・大丈夫そうですか?」

「ああ。ちゃんと身体も動くし、大丈夫だと思うよ」

「けど、終わったら一度検査を受けてくださいね。今は異常がないかもしれませんが・・・その、呼吸が」

「どうしたの、お嬢」

「いえ、なんでもないのです。とにかく、検査は一度受けてください」

「わ、わかったよ・・・」


お嬢の意見には賛成だが、少し気になる事が出来た

呼吸ってなんのことだ・・・?


しかしまあ、お嬢とスムーズに会話ができるようになったのは不幸中の幸いと言うべきだろうか

後でちゃんと、もう一度二人で色々と話し合いはしないといけないだろうけど・・・


「岩滝様、火の処理は完了しました」

「ありがとうございます。水代様はこれからどうされますか?」

「・・・別行動する理由もないから、このまま一緒に行く。協力はあまり期待しないで。私はできることをするつもりだけど、紫乃さんはああだから」

「もぐもぐ・・・」

「「あぁ・・・」」


移動の話になっても、冷泉さんは先ほどと変わらずにするめをずっと食べ続けていた

それに異羽さんが睨んでいるのは、知らないふりをして・・・お嬢たちの指示を待つ


「・・・大変ですね」

「そうそう。紫乃さん自由人だから。けど、凄いからね。紫乃さんは」

「自由以外で、ですか?」

「うん。ここのOBだって聞いたから。かなりの実力はあると思う」

「法霖の!?」

「うん。経歴はそうだって、お父さんから聞いてる」


へぇ、冷泉さんってそんな凄い人なのか

法霖のOBってことは卒業生。その人物を支えきり、共に卒業に辿り着いた

いわば俺たちが目指す場所を知る人物なのだ


「もぐもぐ・・・」


今も自由にスルメを貪る存在が・・・

いや、この自由っぷりこそ、余裕の証とも言えるのか・・・!?


「どうしたのですか、穂積二等兵」

「俺はいつから軍人になったんですか。使用人ですよ」


そんな余裕を浮かべた彼女を見ていると、彼女もその視線に気がついたようで俺に話しかけてくれた

けど、呼び方が凄くおかしい

それに訂正をかけたら、冷泉さんは鼻で小さく笑ってきた


「ふっ・・・ひよっこが何をおっしゃいますか。一丁前に自分が使用人だと言える力量なのでしょうかね、貴方」

「うぐ・・・」


冷泉さんの言うことは正論すぎて、むしろ何も言えなくなる

しかし彼女はそこから俺を突き放すことはせず、なぜかスルメを差し出しながら話を続けてくれた


「まあ、事情はおおよそ把握していますので、文句は言いません。三ヶ月にしては上出来な部類ですからね」

「あ、ありがとうございます・・・?」

「これに満足せず、精進してください。そうしないと・・・うちのお嬢様が成長しないんですよ。あの人には早々に花になってもらないと困る。そうしないと、挑めないから」

「・・・」


スルメを受け取り、その言葉の意味と共にスルメを噛みしめる

冷泉さんはOB・・・なんだよな

最短でも三年間。仕えていた人を置いて、なぜ加菜のところに?という疑問は出てくる

加菜の卒業を確実なものにするために、加菜のお父さんが冷泉さんを雇った可能性もあるが・・・


「そうですか。しかしなんでしょうね。俺は、貴方は加菜のことなんてどうでもいいように思える」

「・・・なぜ?」

「さあ、勘です」


自分の行動を省みろ、とはいいたかった

けど、話を続けていたら・・・


「さゆくん?」

「穂積さん?」


お嬢たちが冷泉さんへ変な疑念を抱くことになる

うちのお嬢はともかく、加菜との関係に亀裂が入る可能性があるのだ

ここは引いておくべきだろう


「・・・貴方はなにか確信を持って言ったような気がしますね。そしてここで引く。懸命な判断とも言えるでしょう」

「褒め言葉として受け取るべきですかね?」

「ええ。いい目をしている。このまま野放しにするのも嫌ですし、囲いましょうかね」

「囲まれてやりますから、あんたが持っている技術を俺に叩き込んでくださいよ。スルメを焼く暇があるんだから、あんた相当暇でしょ?」


この女は加菜のお守りなんてする気はない

加菜の成長・・・花組の所属は、冷泉さんの目的を果たすために「必須の条件」に相当するのだろう

加菜に成長してもらって、その後に得られる「なにか」を求めている

それはノブレスフルールになる必要はない。花になればいいだけ


・・・こいつは一体、加菜を使って「何」に挑もうとしているんだ?


むしろ花に慣れないと挑めない相手ってことだよな

ここで不利な部分は、冷泉さんは学院のルールを知っていて、俺は知らないという事

知っていれば、彼女の目的におおよその見当もついたかもしれないが、そう上手くはいってくれないようだ


俺は今、お嬢に仕えている立場だ。全てにおいてお嬢を優先しないといけない立場

馴染みの人間だからと、加菜にまで目を配っている余裕は俺に一切存在しない

けれど、冷泉さんから目を離すことも出来ない

最悪、加菜だけではなくお嬢にまで飛び火をする可能性もないとは言い切れない

だからこそ、この女は近くで監視しておきたい


「・・・いいですよ。ひよっこ。条件は飲んでやります。私が直々に鶏にして・・・チキンとして食ってやります」

「上等だ。俺はあんたの技術を全部盗んで、食われる前に潰してやる」


まさかその提案が受け入れられるとは思っていなかったが、この人には利用価値がある

法霖で生き残れた技術・・・俺の為に盗み出してやる


「では、これから私のことは師匠と呼ぶように。冷泉さんも紫乃さんも禁止です」

「まあ、それぐらいなら。構いませんよ、師匠」

「師匠の連絡には真っ先に駆けつけてくださいね?」

「お嬢を優先します。それに多分、俺のスマホじゃ師匠の電話もメッセージも受信できない」


防水加工がしっかりされているスマホは今もしっかり電源が入ってくれる

それを見た師匠は目を丸くして・・・


「・・・貴方、二十年前ぐらいからタイムスリップしてきたんですか?」

「通信費、安いので」

「確かに今は月五十円で、最新機種との連絡が不可という点以外繋がりやすいし、安いしで便利ではありますが!流石に今後はそのままじゃまずいので最新の端末を買ってもらうべきですよ。いや、待てよ・・・」

「どうしたんですか、師匠」


「それ、旧回線を使ってるスマホですよね?」

「多分」

「少々お借りしても?」

「構いませんよ」


ロックを解除したスマホを、冷泉さんに預けて彼女は中身を確認していく


「うわ、フォトのところ全部女の写真・・・ロリコン?」

「妹です。てかそれ絶対関係ないところ見てるでしょ。返してもらいますよ」

「なんだ。シスコンか。すまんすまん。ちゃんと調べたいことだけを調べますよぉ・・・」


確かに周囲からもシスコン扱いされてはいた

否定はしないし、自分でもそう思っているぐらい雅日の事が大事だと思っている

今も、近くにいてくれないことに不安を覚えるぐらいだ

ちゃんと、食べているのだろうか

ちゃんと、元気にしているのだろうか

全部うちにいたときよりは、ちゃんと出来ているだろうけど

・・・兄ちゃんのこと、忘れてないよな。雅日


「しめた!お嬢様!私達、確実にクリアできますよ!」

「本当、紫乃さん!」


大声を出した師匠のお陰で、我に返ることが出来た

そうだ。今は試験中

大事なのは、試験のクリアとお嬢の合否。他に何も考えるべきじゃない

しかしなぜスマホと試験のクリアが繋がるのか、今の俺達にはわからない


焚き火を消して、俺達はにこやかな表情を浮かべた師匠と加菜の後ろに続いて移動を開始する


しかし、まだまだ油断は出来ないらしい


背後から、火薬の匂いと気配を感じた

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