18:バイト使用人と知らない時間

「あの、岩滝様―?いつまで、そうされているのでしょうか?」

「今の穂積さんは体調が万全ではないので・・・私としても、膝枕は恥ずかしいのですが、床に頭をつけるよりはマシなので。これも何もかも「穂積さんの為」ですので」

「へ、へぇ・・・じゃあトランクでもいいじゃないですか」


待て、加菜。俺にあのトランクを枕にして眠れというのか

流石に高いし痛いしお断りしたいのだが

でも膝枕と比べたら・・・

膝枕かな。恥ずかしいけど


「トランクでは流石に可哀想です」

「そ、それは同意見です。流石に」

「穂積さんは柔らかい枕がお好きですよね」

「えっ・・・」

「お好き、ですよね?」

「・・・大好きです」


「ですが、残念ながらある客室以外既に鍵が閉鎖されておりまして・・・満足に枕を用意することがかなわないのです」


どういうことだ、それ。初耳だぞ

確かに、荷物は後日回収をしないと言っていたが・・・荷物を回収した時点で部屋にロックがかかったりするのだろうか

いやいや、流石に技術がかなり進んだと言える2045年・・・現在でも、そんなハイテク技術は存在しない

俺が知らないだけで・・・しない、よな?


「わ、私が毛布を取りに行きました。しかし、どの部屋も鍵がかかっていまして・・・でも、唯一ドアが破壊されている場所がありましたので、その部屋から毛布を持ってきました」

「それにしては・・・かなり薄汚れているような」

「その部屋、爆発があったのでは?と思うぐらいに大破しておりまして・・・」

「毛布は無事でした。しかし、枕は粉々に・・・」


「り、リネンとか」

「マッチを探す際、その辺りも確認しましたが・・・完全にカラでしたね。かろうじて床にマッチが一箱落ちていた程度で、後は何も・・・」


む、そんな状況だったのか

・・・気になるな、この話。続きは聞けるだろうか


「私としては、部屋に入るのが不安で・・・一度唯乃を爆発があった客室へ呼んだのです」

「なので私も、その部屋の惨状は確認しています」

「・・・リネン室には何もない。けれど、急を要することだから・・・客室に立ち入ることで、何があるかわかりませんでしたが、毛布をそこから取ってこようと二人で相談して」

「現在に至るというわけです」


ふむ。俺が眠っていた間、お嬢たちがどういう行動をしていたか理解した

水仙様が遭遇している爆発?があった部屋のことも気になるが、異羽さんの状況もかなりおかしい

リネン室がもぬけの殻なんて事態、普通はありえない


俺が自由時間で探索を行なった際、そこにはぎっしり布団や枕他、アメニティの類が詰め込まれていた

もちろん全ての階に存在するリネン室、全て同じ状況だ。一つだけ消えているなんてありえない

・・・消す理由でもあったのだろうか

脱出のショートカットに使えそうな物があったとか。後から使う、とか


まあそれは今考えても一緒だろう


今の所、異羽さんが嘘をつく理由は存在しない

もしもリネン室から物が消えていたという事態が嘘であるなら、彼女の行動には不可解な点が二つできる


一つはマッチを持ってくる必要がないのに、マッチを持ってきていること

何もないならマッチもなかったと言えばいい


そしてもう一つは、水仙様と部屋に立ち入り、薄汚れた毛布を持ってきていること

若干焦げ臭いなとは思っていたが、まさか爆発があったと思われる部屋から持って来たものとは思っていなかったが・・・

お陰で、水仙様たちを信用する材料は得られた


リネン室になにか物があるのなら、それこそきれいな毛布を「客室にあった」とでも言って持ってくればいいだけの話なのだ

わざわざ爆発が起こったと想定される部屋・・・ましてや、二次被害の可能性がある部屋に二人で立ち入り、毛布を持ってくることはあまりにもリスクが大きすぎる


「・・・」


一応、二人の状況も確認しておこう

水仙様と異羽さんがその部屋に立ち入ったことは、水仙様は「煤で汚れた手」が、異羽さんは「黒く汚れたエプロン」が証明していると言えるかな


残った証拠は、彼女たちが実際にその部屋に直面し・・・「それしか取るものがなかった」とも言えるだろう

二人が爆発を起こした可能性も否定は出来ないが、お嬢がそんな音を聞いていない時点でその可能性は崩れる


・・・二人は嘘を吐いていない。信用していい

俺は今、そう思えている


「水仙様、異羽さん。ありがとうございました。色々と尽力を頂き・・・」

「いえ。これぐらいしかできることがありませんでしたので。穂積さんはその・・・泳げない方、なのでしょうか?」

「ええ。お恥ずかしながら、泳ぐことができなくて」


上体を起こして、改めてお礼を言いつつ・・・会話の中に入り込んでいく

けどやはり、話は俺の話題が中心だ

・・・恥ずかしいな、これ


「さゆくんは、私が引っ越してからも泳いだりした事あるの?私が知る限り、泳いだことがないと思うけど・・・」

「一応ある。ここに来る前、師匠に特訓をつけてもらった」

「それだけ?」

「ああ、それだけだ。その時も溺れてな・・・訓練は中止だ」

「・・・しかもそれ、推定三ヶ月前だよね?それってさ、本当に入学ギリギリぐらいの時じゃないの?」

「・・・仰るとおりです」


「まあまあ、穂積さん。安心してください。そういう事情があるのなら、突貫ではなく、しっかりとカリキュラムを組んで練習をしていきましょう。苦手意識は、できてしまったかもしれませんが・・・わ、私も・・・お付き合いしますので」

「お嬢が?」

「え、ええ。私は、私ができることをしていきたいので。穂積さんに泳ぎを教えることなら私にもできます。一緒に、頑張ってくれますか?」

「・・・ありがとう。じゃあ、後で特訓、お願いします」

「任されました」


人と目を合わせて話すのは基本

そう思って、いつもどおりお嬢と目を合わせて話そうとすると・・・


「・・・ふぇ」

「どうしたの、お嬢。顔真っ赤だよ。焚き火の熱にやられた?」

「な、なんでもありませんから。なんでもないんです。なんでもなんでも・・・」


いやいや。そんな状況でなんでも無いはずはないだろう

お嬢が落ちつくまで、俺は必死に彼女の変な反応に狼狽えることがなかった


「・・・さゆくんと岩滝様から嫌な空気を感知」

「へ・・・」

「ら、ラブコメの空気なんかにさせない!」

「えっ、ちょっと」


そんな俺達が狼狽える後ろで、後ろもなにか話している様子だった

一体、何を話しているかわからなかったが


「・・・唯乃、発見当時の穂積さんの状況、そして私達が戻るまでにあった「予想」・・・彼女には絶対に言わないほうがいい気がしてきました」

「ええ。私も同意見です。厄介な事が起こりそうですからね。しかし、穂積さんには?」

「私からはノーコメントです。唯乃も言わないように」

「承りました」


「ふむ。この幼馴染と新米主従コンビ。本人たちも気がついていない三角関係に突入しやがりましたね。軍配は人工呼吸という名の接吻を済ませた岩滝のお嬢かなぁ・・・男として意識しているのはポイント高い。うちのお嬢様は完全に幼馴染のお兄ちゃんとしか見てないし・・・好きならもう少し頑張ってくださいよぉ。楽しめないじゃないですかー」


ずっと傍観していた冷泉さんは何をしているかと思えば焚き火でスルメを焼いていた

本当に自由だな、この人


「負けるなお嬢様。希望は・・・属性的に負けそうだからなぁ。あ、そちらのメイドさん。お疲れでしょう?スルメ食べます?」

「結構です・・・貴方は自分のお嬢様を止めたらどうですか?」

「面白いからヤダ。あーんっ!」

「・・・」


真面目な異羽さんと自由人な冷泉さんで火花が散り始めたのは・・・中心で巻き込まれた水仙様には悪いが、見なかったことにしておこう

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