17:バイト使用人と膝枕の夢

お嬢いわく、俺が意識を失っている間

俺は過去の夢を見ていた

俺が、犬嫌いになったあの日の夢だ


寝台列車「夜想号やおもいごう

有名な温泉地である「夕霧峡ゆうぎりきょう」に向かう唯一の交通手段であるそれにかけられていた年齢も経歴も不問な「人運び」のバイト

それに参加した俺は、その日・・・厄介な御一行に遭遇してしまったのだ


「・・・天霧さん、大丈夫ですか?」

「ん?ああ、砂雪か。大丈夫だよ。平気だ」


その列車で、正社員?として雇われていた「天霧幸生あまぎりこうせい」さんは、その御一行の一人に脅されて、胸に大きな刃物傷を負った


「・・・乾とかいう女にやられたんでしょう?」

「ああ。乾聡子いぬいさとこな。まあ、あいつらはあいつらで色々と目的があるわけだ。ここにいる連中の大半は、あいつらが目的を成し遂げてくれることを願っているよ。少なくとも、俺はあいつらに目的を果たしてほしいと思っている」

「・・・けど、怪我をさせていい理由にはなりません」

「まあ、あいつらとしても・・・俺たちがどういう手口で対抗してくるかわからないから、最初っから飛ばしてきたと思う。まあ、鉤爪で胸を切ってくるとは思わなかったけどな!あはは!」

「笑い事じゃないんですけど!けど、どうして治してもらわなかったんですか。あの緑髪の人が「治療できる」って言っていたじゃないですか」


遠くにいる、件の緑髪の不思議な女性

彼女の手からは温かな光が漏れ出し、その光を浴びた怪我人はあっという間に傷口がふさがっていた


こういうのを奇跡というのだろうか。俺には無縁な話だと思っていた

この世界には、そういう魔法やら能力やら、奇跡やらの物がある。人ならざるものと共存して生活を営んでいることは知ってはいた

けど、実際に対面すると凄いとか思う前に・・・ちょっと、怖かった


「ああ。神様の力な。実際目にすると凄いし、痛いから治療してもらいたい気持ちはある。けど、俺はあいつと約束してきちゃったから」

「何をです?」

「あの女に、事の顛末を聞くために。再会を約束した。その証明としてこの傷を残しておくってな」

「馬鹿じゃないんですか」

「かもな」


あの日、天霧先輩はケラケラと笑いながら、痛みに耐えつつ列車内の仕事を終えて夕霧の病院に担ぎ込まれていたのは・・・言うまでもない話


後日、乾聡子と本当に再会して、事の顛末を聞き・・・

必死に勉強して、彼女の親が経営している建築会社に就職

今じゃ社長に就任した乾聡子の秘書をやっているそうだ。人生何があるかわからない


ちなみにラブコメ的なことは一切なかった。乾聡子には、彼女が勝手に人生を捧げたらしい既婚者男性がいるから

勝手に一人の女の人生を押し付けられ、無自覚に背負っている系・・・まあ他にも勝手に人生押しつけている女が三人ぐらいいるそうだ。人生背負わせるのは嫁だけにしてやれよと思ったのは記憶に新しい

そんな彼・・・とある会社の事務部長をやっている巽夏彦たつみなつひこさんには、何度かバイトを斡旋してもらったので面識はあったりする


なんならこの列車の中で遭遇したし

てか、真純さんの後輩とか思ってなかった。世間は狭い


さて、これはそんな天霧先輩が眠った後の・・・俺の悪夢な話だ


「よっす、チビ助」

「・・・なんすか。犬女」


水色の髪、それを暗くした青に近い水色の瞳

どういう目的かわからないが、バイト先の秩序を乱し、脅迫尋問等色々とやらかしてくれた犬耳女こと乾聡子が俺の寝床にやってきていた


「いやぁ・・・僕達だけ寝るところなくて!」

「・・・寝床がないから俺を追い出して寝床を強奪?」

「いやいや。そんな酷いことしないよ。こんなところに小学生ぐらいの男の子がいれば気になるわけだから。しかもまだ起きているのなら、話でも聞いてみようかなって」

「特に面白い話とかないんすけど」


「なにか事情がお有りで?」

「金がいるんだよ」

「なるほど。至ってシンプル。それは普通の人としてはまともな解答で、君から飛び出る解答としては、一番狂っている解答だね」


目が一瞬だけ、獲物を狙う目になった気がする

天霧先輩と襲った時の変化と同じだ。一瞬だけ背筋が凍ったが、彼女はそんな俺を紀にすることなく会話を続けていく


「・・・僕にも色々と事情がある。深くは聞かないよ」

「そ・・・。一つ聞いていい?」

「何かな」

「あんたはなんでここに?目的があるように見えないんだけど」

「夏彦と立夏さんの手伝い!僕としてはなんの目的もない。強いて言うなら、二人のサポートをしに来た。それが、僕がここに来た目的かな」


「・・・どうしてそこまでできるの?」

「二人が大事だから。大事だから、何でもできるし、力になってあげたいと思える。君は?」

「俺?」

「そう。君がその年齢でバイトをこなすのにはなにか大きな理由がある。それってきっと大事な人のためだよね」

「・・・まあ、そうだね。妹のために」

「お兄ちゃんなんだ。偉いじゃん・・・いや、偉いのかな?むしろその年齢の子供を酷使している親に文句言うべき?」

「・・・まあ。ね」


褒められたのはあれが初めてで、少し照れくさかったのを今でも覚えている

それに気を良くして、心を許してしまった

それが、あの日の俺が犯した最大の罪だ


「・・・乾聡子。寝るところないならここ使えば?俺、小さいから少しのスペースでいいし」

「ナイス!ありがとう、感謝だよ。ところで、君の名前は?」

「穂積砂雪。まあ、一晩仲良くしようよ」

「うんうん。一宿いただくね。一飯の恩義は返せないから、またいつか君が望むもので返してあげるよ」

「そ。じゃあ後で誓約書書いてよ。口約束なんてゴメンだから」

「・・・しっかりしてるな。この子」


その日俺は乾聡子と共に一晩を過ごした

小学生ほどの年齢の俺。普通の子供より小さいし・・・大人の女性と子供、ベッドに二人で眠るなんてさほど問題ではないと思っていた

あの時までは


・・・この女、異様に寝相が悪いのだ

そしてトドメには、彼女自身が持っている特殊な力が無自覚に外に出ており・・・


「・・・わん」

「ひっ・・・」

「がうがう」

「俺の腕は骨じゃない・・・俺の腕は骨じゃない。痩せてるから皮と肉がちょっとだけついている感じの骨と勘違いしているかもだけど、俺の腕は骨じゃないから、噛まないでくれ・・・」


あの日、俺は世間的に言えば「特殊能力者」と呼ばれるような人間と遭遇した

それは乾聡子も同類。彼女はよくわからないけど「戌の神様」の力を持っている

そしてよくわからないけれど・・・


「・・・ん、この肉、ちょうおいしそー・・・」

「ぴぎゃぁ!?」

「いいこだね、いいこだね。じゅるり」


犬の習性が、何故か彼女自身に反映されていたのだ

結果として、俺は一晩おやつの骨扱いされたり、子犬扱いされて、綺麗にするためか首筋等舐められたり、トドメには頭を齧られた

そして定期的にわんわん吠えるものだから眠れもしない

そんな地獄を十時間程度味わえば・・・嫌でも苦手になる

乾聡子と、犬という存在が・・・


・・


しかし残念ながら、彼女との縁は切るに切れないままここまで来てしまった。なんだかんだで友達を続けている

しかも彼女は定期的に・・・


「よっす、さゆ。金稼いでるぅ?聡子お姉さんがバイト斡旋しちゃうぞぉ?」


「さゆ。今日は僕の給料日。だから飯行くべ。妹も連れてくるべ。今夜は焼き肉だべ〜!」


「さゆ、今日の占いで僕は最下位でした。ラッキー上昇行動は「他人に奢る」らしいので、冬物の服を買いに行こう。僕の幸運の為に糧となれ・・・!」


「さゆへ。僕は最近両親から「孫の顔がみたいな聡子ちゃん」「いい人いないの?」と聞かれるのにうんざりしています。つきましては、孫の代わりがいれば小言言われないんじゃね?と思ったので、両親相手に孫活してきてください。バイト代は払います。仕事中にもらった小遣いは懐に入れていいから。頼む」


・・・等ふざけたメールを送ってきてくれた

なんだかんだで、優しい人ではあるんだよな


しかし彼女にされたことはまた別だ。夢に見るほど、今でも地獄だと思える光景

それは死にかけた時、走馬灯としても現れてくれるらしい

しかも一番だ。最悪にも程がある


・・・犬の性質は嫌いだけど、人間としては嫌いじゃない。むしろ好き

それが、今の俺が抱く乾聡子の現状での感情と言ってもいいだろう


「穂積さん、具合はいかがですか?」

「あ、ああ・・・少しは落ち着いた」

「それはよかった」


夢はここまで。そろそろ現実に目を向けなければならない

溺れて、お嬢に助けられてから数分

水仙様が毛布を、異羽さんがマッチと燃やせるものを持ってきてくれたので、それで俺たちは少しの間、暖をとっていた


まさか二人が協力してくれたとは思わなかった

俺が意識を失っている間、ゴールはもうすぐだからと俺たちを切り捨てて行くと思ったし

・・・疑いすぎたかな。もう少し、信用しても良かったのかな


「しかし、お嬢・・・俺としてはこれ、恥ずかしいんだけど」

「嫌ですか、膝枕。頭、床ではきついと思いまして」

「これはこれで恥ずかしいと言うかなんというか」

「そうですか?でもだめです。万全な状態になるまでこのままでいてくださいね」

「・・・はい」


現在進行系で、俺はお嬢の膝の上に頭を載せている

何度か頭を撫でられて安堵しきって、最悪な事にまどろみ始めても、お嬢は何も言わない

時間制限があるんだぞ。なんで・・・


「大丈夫ですよ。穂積さん。眠っても」

「んー・・・」

「後もう少しでゴールのようですから。私でも、穂積さんを運べます!」

「それはそれでどうなのよ・・・」


「お疲れですよね。けど、後でお話は伺いますからね」

「んー・・・」

「だから今は」


休んでいて欲しい、という声に被せるように、俺たちの背後で大きな水しぶきが上がる


「ぶべほぁ!?」

「お嬢様、息継ぎが必死すぎでウケる。てか汚い」

「はぁ・・・はぁ・・・ぎゃ、逆に紫乃さんは得意げに泳いでたよね!?少しは助けてくれてもいいんじゃないかな!?」

「命じられていませんので。キリッ」

「命じられていなくても少しは気を遣ってほしいなぁ!」


大量の水とともに現れたのはどうやら加菜と冷泉さんのようだ。二人もこのルートだったらしい

濡れた髪をかきあげて、息を整えていた彼女は俺の姿を見つけた瞬間、側に駆け寄ってきてくれた


「さゆくん、やっぱりこのルートだった・・・」

「加菜」

「大丈夫だった?さゆくん、昔から全く泳げないし・・・それに、向こう岸には犬もいたんでしょう?」

「なんでそれを・・・」

「道中で犬を探しておられたお嬢様にお会いしたのです。それを聞いたお嬢様が血相を変えてここまで到達したら・・・」

「迷子になったジャミー君・・・あの時、さゆくんがビビってたわんちゃんを見つけてね。もしかしたら、さゆくん驚いて大変な目に遭ったかなって思ってさ」


なんで見てきたように状況を理解しているんだ

まあ、そういう予想が付きやすい俺にも原因はあるんだろうけど


「けど、対岸までたどり着けたようでよかったよ・・・あ、でも溺れたでしょ」

「まあ・・・」

「・・・せっかくなので、お二人も暖をとられてはいかがでしょう。寒かった、ですよね」

「・・・へぇ。うん、じゃあお言葉に甘えようかな」


加菜の目は俺の頭に一瞬だけ向けられ、そのままさりげなく合流を果たす

なんか空気が重いな、と異羽さんと目配せする

冷泉さんは我関せずだ。この人本当に凄いな。割り切り方とか


若干不貞腐れたお嬢と、怒りを隠せていない加菜

そして事情を全く理解していない水仙様とそれぞれの使用人

悪夢はまだ、始まったばかりだったらしい

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