16:バイト使用人と不慮の事故
水仙様たちと俺たちは地図を元に船内を進む
「・・・」
「・・・」
「・・・唯乃、先程から岩滝様たちがだんまりだよ。どうしたんだろう」
「さあ?そんなことは気にせずに進みましょう」
「気にしないなんて、そんなことできないよ!だって・・・」
「おそらく、二人の問題です。・・・触れないほうがいいのですよ」
「・・・本当に、なにも出来ないのかな」
「ええ。こればかりは何も。私達が立ち入るべき問題ではありませんから」
「・・・」
俺とお嬢は互いに無言のまま廊下を進んでいく
喧嘩したわけではない。ただ、互いに何を話したらいいかわからないだけなのだ
少なくとも、俺はそう思っている
さっきはちょっと言い過ぎた
しかし、その話を水仙様達の前でするわけにはいかない
だが、それが解消できないとお嬢と上手く話せないのも事実
どうしたものかと考えていると、もうすぐ目的地である地下に到着する頃になった
地図によると、そこにある道を進まないと行けないようだ
・・・とりあえず、試験の時は話せるだろう
その時にさりげなく会話を続けて、普段の調子を取り戻そう
そうしないと、後ろの水仙様たちが不安がるだろうから
・・
一方数分後、砂雪たちが辿った道を加菜と紫乃が歩いていると・・・
「わっ・・・」
「す、すみません・・・!」
一人の女子生徒とぶつかった
薄茶髪のほんわかとした印象を持つ女の子。ネクタイは加菜と同じ「鳥」
互いに上手くいけば、同じクラスの同級生になれる存在だ
しかし、加菜的にはこの少女・・・どこかで見た気がするのだ
それも先程の集合以外・・・それ以前で
「こちらこそすみません。どうかされたのですか?」
「ジャミーが・・・」
「「ジャミー?」」
「は、はい。私、ジャミーとはぐれてしまって・・・」
「探すの、手伝いますよ。特徴はどんな方ですか?」
「茶色で、愛くるしい・・・これぐらいの」
「「これぐらい・・・?」」
その瞬間、加菜が抱いていた違和感がある結論へ繋がっていく
彼女を見たのは、正確には「見つめていた」が正当表現だが・・・とにかく、彼女を見たのは自由時間の間だ
それも「砂雪と一緒にいた時」なのだ
互いに名前すら知らない、顔見知りでもない女の子
そんな彼女を知っている理由は・・・
・・
私たちはおそらく乗り越えないといけない地下水路まで辿り着いた
轟々と波音の響くその空間で、会話すらままならない状況
それに、この荒波では向こう岸に向かうのも一苦労だろう
「・・・かなり冷たいな。しかもこれ、海水か・・・?」
穂積さんが指先で水温を確認する。もちろんそれは春の夜らしく、凍てついたもの
それでも先に進まなければならない
私達がきちんと生き残るために、今は命を懸けないといけないらしい
・・・一応ここ、お嬢様学校なんですよね?
「この先を進むしかないようですね。お嬢様」
「う、うん!」
「お嬢様。私に、命を預けてください。必ず向こう岸までお連れします」
「もちろん!お願いね、唯乃!」
「・・・岩滝様、穂積様、私達は先に進みます」
「使えそうな物があれば持ってきますから!お二人は無理をされないように!」
そういって水仙様と異羽さんは冷たい海の中に入り込んで、海の中を進んでいく
私達は会話がなくても、互いに目を合わせて・・・どうするか読み取る
進むしかない。進もう。後に続こう。止まっている場合ではないから
そう互いに意を決し、水中へ突入しようとすると・・・
「わんっ!」
「ひぃっ!?」
なぜか、犬がいた
穂積さんは驚いた拍子に、大きな音を立てて水中へ飛び込んでしまう
もちろん、なんの準備もなしに
「なんでこんなところに犬が・・・って、穂積さん!?」
「あばばばっばばばっばばばっばっばばっばば」
「穂積さん、落ち着いてください!ゆっくり力を抜いて、浮くように・・・あ」
そういえば・・・
『咲乃ちゃん。すまん!僕、こればっかりはどうにもできへんやった!』
『砂雪クン、とんでもないカナヅチやから、足のつかないところにはつれていかんようにしてあげてほしいんや』
「穂積さん、泳げない・・・」
「あばば・・・ぶくぶく」
「ああああああ!穂積さん!穂積さん!私の手を握ってください!」
「ぶく・・・」
あっという間に穂積さんは海の中に沈み、空気の泡も波に飲まれて消えてしまう
・・・これ、非常にまずいのでは?
そう理解した瞬間、私はトランクと共に穂積さんが沈んだ位置へ飛び込む
着水と同時に、トランクから手を離しておく
それは波と共に漂い始めてしまう。一見意味のなさそうな行動だが、今回は「これ」と一緒に飛び込むのが重要なのだ
これは穂積さんを引き上げた後に使うものだから
水中を探り、意識を失った穂積さんを見つけだす
意外とまだ浅いところにいてくれた。けれど・・・
「穂積さん」
「・・・」
「だめだ。反応がない・・・」
ぐったりとした彼を支えつつ、私はトランクに向かって泳いで、それを掴む
重そうに見えるが、浮くように作られているのだ、こういうものは
トランクを浮き輪代わりにして、彼と共に向こう岸まで到達する
そこには先に対岸へ到達し、服の水気を落としていた水仙様と異羽さんと合流する
二人共、まさか私がこんなにも早く来るとは思っていなかったのだろう
しかも「穂積さんが私を支えてやってきた」のではなく・・・「私が穂積さんを支えてきた」のだから、尚更目を丸くして、私を凝視していた
「・・・音がしたとは思っていたのですが、まさか岩滝様が」
「あの、お二人共・・・お疲れのところ申し訳ないのですが、毛布を客室から持ってきて頂けませんか。穂積さん、溺れちゃって・・・意識がないのです。体温の低下を防がないと・・・」
「っ・・・!承りました。お嬢様、緊急事態です。どうか、ご助力を」
「わかってる。唯乃、急いで。人命の関わることだから。私にも遠慮なしに指示をして」
「ありがとうございます。では、お嬢様は客室から毛布を、私はなにか他に暖を取れるものがないか確認してまいります」
「お願いします。私はここでできることをしていますので」
できることは応急処置ぐらいだ
・・・呼吸が止まっている今、やらないといけないことはたくさんある
「・・・穂積さん。少しだけ、耐えてくださいね」
肺を何度か圧迫して、口を通して息を吹き込む
・・・これは人命救助です。初めてとか、とやかく言っている場合ではありません
「げほっ・・・」
何度かそれを繰り返しているうちに、穂積さんに反応が現れてくれました
ああ、良かった。きちんと助けられた
「穂積さん、穂積さん。聞こえていますか?」
「あ・・・?ああ、お嬢・・・あれ、俺・・・」
「大丈夫ですよ。もう大丈夫ですからね」
彼の手をしっかり握りしめて、何度も言い聞かせる
不思議そうに、ぼんやりとした目を向ける穂積さんはまだ状況がわかっていないようでしたが、しばらく周囲を見渡して、のんびり意識を覚醒させていきます
水仙様と異羽さんが戻ってきた頃には、穂積さんの意識もまだぼんやりとされていましたが、元通りに近い状態になっており・・・
そこから軽く事情を説明してあげると、彼はやっと自分が対岸に辿り着いたことを理解してくれました
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