15:バイト使用人と同じ少女

「最後の問いです。貴方はどうして法霖に行かなければならないのか、教えて頂けますか?」

「・・・す、水仙家は、代々政界に関わる家、なのですが」

「ええ。それは知っています。現在、岩滝に指示を出している家は水仙家なのですから。お二人の兄妹とお聞きしています」

「あ、岩滝様はご存知でいてくれていましたか?」

「え、ええ・・・もちろん。何を言っているのでしょうか」

「うれしいな」


お嬢は知っているのが当たり前だと思っているみたいだな

けど、彼女は知られていない前提。知られていることに嬉しがっている

・・・なにかあるのか、この子にも


「実家の関係で私のことを知っていたのですか?」

「そ、それも、あります!」


へぇ。お嬢の家に暗殺を指示しているのはこの子の家なのか

まさか同世代で同級生とは。世間は狭いな

・・・しかしこの子も月、なんだよな

お嬢と繋がりがある家で、月

もしかしたらこの子・・・「同じ」か?

いやいや。まさかな

流石にお嬢と同じ立場の人間が複数いるのはどうかと思う

・・・流石に、違うよな


「ならもう一つ追加で聞かせてください。私がなんと呼ばれているか知っているのでしょう?それでもなぜ声をかけたのですか?」

「そ、それは・・・こんな機会ですが、会ってみたかったんです。岩滝咲乃さん。私と同じ呼ばれ方をしている、同い年の女の子」

「私と同じって・・・貴方、まさか」

「なんとなく、お察しかと思いますが・・・私も、水仙家から落ちこぼれ扱いをされています。兄は立派なのに、私だけ、一族でこんな性格で、気弱、ですから。あはは・・・」

「そうですか・・・」


「だから、なんとなく、岩滝様もわかると思いますが・・・法霖に行かなければ、私、家から追い出されちゃうんです。水仙家に、国の核を支えられない人間はいらない。小さい頃から何回も、そう言われて育てられました。今の私は、水仙家が望んでいる人間にはなれません。いらない人間は切り捨てられる。貴方も、ご存知だと思います」


どこまでも同じな彼女とお嬢が置かれた立場

唯一異なるのは、ついてきてくれる使用人がいたかいないかぐらいの些細な差ぐらいかな

異羽さんの忠誠心的に、俺みたいにポッと雇われた人間ではなさそうだし

・・・理由を告げた水仙さんの隣で、俺とお嬢に対して「言わせたな!お嬢様にいいにくいことを言わせたな!」と睨みつけてきているんだ


・・・彼女は、そんな彼女を主と慕い、ついて行きてくれる存在だろう

だから、完全に同じではない

けれど、置かれた立場は・・・


「同じ、ですね。嫌になるぐらい同じ」

「ええ。同じなんです。だからこそ、貴方に会ってみたかった」

「けれど、私は家から外に出るなと言われていました。だから、表舞台には現れませんでした」

「へへっ。私も同じだったりします。私は表舞台どころか、存在すらあまり公表されていなかったようですし・・・水仙家の人間と言っても「妹さんがいらっしゃったの?」から始まっていましたし」


水仙さんは調子を掴んだようで、先ほどみたいに緊張した口調ではなく、普通にお嬢と話を続ける

普段の彼女はこうなのだろう

けれど、会話の始めは話を続けられるように緊張して、あの口調になってしまうのだろう。大変な癖だ


「岩滝様と取引をしたい、というか・・・協力をしたいな、と。私も貴方も法霖に入らなければ後がない。だからこそ、ここで手を取り合って一緒に困難に立ち向かえば、合格率はちょっと上がるかな!と」

「た、確かに悪い話ではありません。けれど、それだけで取引を、協力をしようと思いません」

「で、ですよね・・・取引は、互いの利益が必要ですものね」

「私が提供できるものは船の地図。水仙様は何を提示できますか?」

「私が提示できるのは・・・私自身、でしょうか」

「はい?」


お嬢が驚くのもわかる。俺だって驚いたからだ

この場で驚いていないのは、水仙様ただ一人

隣の異羽さんもびっくりしている

それほどまで、彼女の言葉は唐突で、そしてとんでもない言葉だったのだ


「私と唯乃は、身一つでここに来ました。出せるものは自分自身だけです」

「・・・まだ、終わりたくないということでしょうか」

「はい。私は、こんな性格ですが、いつかは水仙家を見返してやる。そう思いながらいきています。だから、こんなところで終わるわけには行かない」

「・・・わかりました。行きますよ、水仙さん」

「へ?」

「取引は成立です。私達についてきてください。私達は荷物、ありますから」


「お嬢様」

「・・・唯乃」


異羽さんは呆然と立ち尽くしていた水仙様の肩を叩きながら声をかける

その姿は主従というよりは友達らしく思えた


「これ、夢ではないのよね?」

「ええ。夢ではありません。いきましょう。取引、出来たのですから。頑張らないと」


小さな声で、二人の少女は嬉しそうに笑い合う

信頼関係がしっかり築けているのは

環と茨様・・・異羽さんと水仙様と見続けて

憧れを、抱いてしまう


「そうね。頑張らなきゃ。岩滝様、よろしくお願いします!水仙冬花、誠心誠意務めさせていただきます!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


笑顔ではしゃぐ、二人のお嬢様

とても微笑ましい光景だ

俺だって、異羽さんのように心から安堵しながら笑いたいよ


でも・・・甘い。甘すぎるよ、お嬢

どうするか判断を委ねたのは俺だ

けど、本当は・・・彼女を切り捨ててほしかった

そんな甘さを見せていたら今後生き残れないよ。なんて、言えない


これは彼女が決めたことなのだ

俺が口出しなんて、許される話ではない

良くも悪くも俺たちは「主従関係」

彼女たちのように本物の信頼関係を築けていない俺たちは


「・・・」

「・・・」


近いように見えて、何もかもが遠い


・・


部屋に戻ってから、外に出していた荷物をトランクに詰め込んでいく

外に水仙様たちを待たせている関係、急がないといけないのはわかっていた

幸いにして、荷物はあまり外に出していないからすぐに準備を終えることが出来た


「穂積さん」

「なあに、お嬢」

「先程は、後押しありがとうございました」

「別に、俺は特に何もしてないよ」

「・・・あの、私の選択はあっていたと思いますか」

「今更、それを聞くのか?」


つい、本音が出てしまう

少し言い方に棘があっただろうか。お嬢が少しだけ表情の中に怯えをみせた

けど一度出てしまったものを抑え込むことは難しい


「・・・お嬢が決めたことだ。それが正しい。あんたがそう思ったからこそ、この選択になったんじゃないの?」

「・・・そう、ですね」

「自分の意志ぐらいしっかり持ってくれよ。決めたことに、迷わないでくれよ」

「すみません・・・」

「ほら、行こう。水仙様たち、待たせているだろう。荷物は俺が持つ。地図はしばらく手帳を使ってくれ。スマホは最終手段だ」

「・・・はい」


お嬢に手帳を預けて、部屋から出る

その先で待っていた水仙様と異羽さんと合流し、互いに行き先を確認する

幸いな事に、俺達のゴールは一緒のようだ。しかもここから近い


「早く行こう。早く到着してそんなことはないだろうし」

「そう、ですね」


ぎこちなくお嬢が指示を出しつつ、俺達は進むべき方向へ進んでいく


「・・・あれ?さゆ君?」

「お嬢様、偶然先を進む穂積さんを見つけるのに定評がありますよね」

「そそそそそんな定評ないもん!このルートなら一緒のゴールっぽい!行こう、紫乃さん!」

「そんなに急がなくたっていいじゃないですかぁ・・・まだ時間あるんだしぃ・・・」

「適当すぎます!ほらぁ!こっちにいきますよぉ・・・!」


面倒くさがり屋のメイドを引きずりながら、もう一人の少女も同じ道を歩いていく


三人を待つ舞台装置は、廊下に設置されたセンサーで通過を確認した後

到着時には万全な状態で待ち受けられるよう、ゆっくりと稼働を始めた

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