13:バイト使用人と交渉テーブル
「申し訳ありません。私は、
異羽さんは無言で会釈する
お嬢も同じく自身と俺の紹介をした後、水仙さんは本題へ入ってくれる
「単刀直入に申し上げます。地図を、譲って頂けませんか!」
「はい?」
「も、もちろんそれ相応のお礼もいたします。だから、どうかどうか・・・」
「ちょっと待ってください。確かに私達は地図を持っています。だけど、私達が貴方達と取引をしたところで、曖昧なメリットしか無いのは・・・正直、意味を見出せません」
「は、はい・・・」
「・・・何か、事情があるのですか?」
「事情も何も。私なんです」
水仙さんは震えた声で、そのままうつむいて・・・口を震わせる
上手く話せなくなった彼女の代わりに・・・異羽さんが続きを述べてくれる
「・・・現在時点での最下位は、お嬢様なんです」
「暫定クラス分けの都合上、試験の順位は公表されていましたが・・・貴方が」
「お嬢様には、法霖に入らないといけない理由があります。必ずです」
うちのお嬢のように、必ず法霖に入らないといけない理由があるのかな
・・・お嬢が不安そうにこちらを一瞥する
なんとなくだけど、お嬢はその理由を聞くべきか、聞かないべきか悩んでいる
お嬢は、自分と同じような境遇にいる彼女を放っておけないと俺は推測する
今すぐにでも地図を出したいが・・・けど、出会ったばかりの彼女を信用していいのか
その理由を、欲しがっているように感じるな
「その理由は、取引相手に教えてもらえますかね?」
「・・・話せません」
「じゃあ「なし」だ。いきましょう、お嬢」
「穂積さん、ちょっと・・・」
「・・・いいから。そのまま」
あえて部屋を出るために出口の方へ向かう
いつもより、歩く速度は緩やかに
・・・出ていくまでの間に、彼女が動くのを待ちながら
天樹様や春小路様のように少しでも関係を構築できていたら少しは違ったと思う
お嬢は彼女を信用して、情報を与えた
けど、今は信用する材料も、状況も揃っていない
隠し事・・・弱みを隠しているうちは、彼女は信用できない存在だ
いつ裏切られるかわからない
だから、裏切らない材料が欲しいのだ
「待ってください!」
やっと、叫んでくれた
使用人の影に隠れていたお嬢様・・・水仙様は俺たちをまっすぐ見つめて
自分から、交渉のテーブルに座ってくれた
そう、この状況が欲しかった
今の交渉テーブルについているのは異羽さんだ
水仙さんじゃないと、このやり取りは意味がない
「・・・まだ何か?」
「と、届いた成績表をお見せします!法霖の印が押されているので、偽造はありえません」
水仙さんはやっと第一の材料を出してくれる
ここから俺たちは彼女と交渉を始めていくのだ
もちろん、ここから先のテーブルに俺は同席しない
俺は同席しようとする異羽さんを止める役目だけをこなしていく
水仙さんと交渉をしていくのは・・・
「お嬢」
「は、はい。確認させていただきます・・・うん。確かに、法霖が発行しているものですね。私も同じものを確認しています」
「これで取引をしていただけますよね?」
「まだですね。水仙様はまだ咲乃様に提示していないものがあります」
「な、なんでしょうか・・・」
「・・・「なぜ」法霖に入らなければ行けないのですか?その理由を聞いていない」
「っ・・・!」
水仙様を追い詰めたと同時に、焦った異羽さんが前に出てくる
次に彼女を捕まえておくのが俺の仕事だ
「先程からでしゃばって、使用人のくせに!」
「そちらも同じでしょう?これはお嬢様たちの交渉・・・俺たちの干渉はもう抜きだ」
「っ・・・!」
異羽さんを抑えておくのが、残った俺の仕事になる
水仙さんの頭になっているのが彼女だ
正直その関係こそ、水仙さんが最下位になった要因の一つでもありそうなのだが・・・まあ何も知らない俺たちがそこまでいう権利はないだろう
「・・・お嬢」
「はい」
「ここからは自分で交渉して。俺はあんたがきちんと選べるように情報を引き出して、状況を作り出せたと思う」
「穂積さん。私は・・・どうするべきかと思いますか?」
「それを決めるのはあんたの役目だよ。俺の役目じゃない」
「・・・じゃあ、一つだけ聞かせてください。穂積さんは、何が正しいと思いますか?」
「さあね。俺には全くわからない。けどこれだけは言えるよ。俺はあんたの選択があっていようが、間違っていようが・・・俺はあんたについていく」
たとえそれが最悪の選択肢で、お嬢が「絶縁」される未来に辿り着こうとも
俺とお嬢の契約が有効な限り、俺は使用人として彼女についていくだけだ
「ありがとう、ございます」
「何いってんの。御主人様の側で力を貸すのが俺の仕事でしょう?ま、ただついていくだけじゃないからそこのところは安心してくれ。俺にできる最善をしながらついていく。それが仕事だから」
「はい」
お嬢を交渉のテーブルに座らせて、俺は少しだけ距離を取る
一人で戦いに向かったお嬢様達
俺たち使用人は互いに互いが邪魔しないようににらみ合い、交渉が終わるのを待つ
時間制限がある中で、悠長にしている暇がないことは二人共理解しているだろう
それでも、彼女たちは初めていくのだ
互いに有益な、交渉という名の取引を
・・
一方、天樹茨と鉢田環
準備を終えた状態で先行スタートを行えた二人は、既に最初の関門に到着していた
「環、降ろしてほしいのです」
濁音が響く空間を、二人は見下ろした
暗い空間の中に溜まった波打つ水
地図を見る限り、この水路の先に行かなければ・・・茨たちはゴールにたどり着けない
「あ、ああ・・・しかし、茨。ここ、どうやって」
「困ったのです。私の荷物は画材だらけ・・・水に濡らすのは、ちょっと困るのです」
「消耗品は買い替えたらいいと思うけど・・・濡れたらまずいものがあるんだよな」
「はい」
この時ばかりは、いつも持ち歩いているそれを持ってこなければよかったと茨は後悔した
宝物であるポケットサイズのキャンバス
その中に書かれたぐちゃぐちゃな絵は、価値がない絵だけども・・・茨にとって世界で一番大事なものであり、彼女の原点でもある
濡れて、壊れて、消えてしまうのはどうしても避けたい
「・・・濡れるのは仕方ないにしても、長時間浸けているのは避けたいです」
「俺がおんぶして・・・」
「ダメです、環。ここは泳ぎが前提のルートです。歩いて移動は無理です。環が溺れてしまうのです」
浮遊物らしきものは見当たらない
乗り越えるには、泳ぐしか無い
身体の弱い茨にはその道は険しく、荷物の多い環には既に諦めるしか無い道のりだった
「じゃあどうしたら・・・」
「・・・消耗品は、置いていくのです。悔しいですが・・・大丈夫。この絵以外は、もう一度買い直せます」
そうはいうけれど、それは茨が絵を描き初めてからずっと使用している道具だということは長年付き合いがある環も知っている
だからこそ、置いていくのに気が引けた
茨にとって大事なそれは、環にとっても大事なものなのだから
・・・仕方ないと割り切ろうとしても、難しい話
小さい頃からずっと連れ添ったそれらとお別れするぐらいなら、法霖に行かなくてもいいのではと思ってしまいぐらいだ
茨には、咲乃のように「法霖に行かなければならない理由」がない
だからこそ「諦める道もありかな」なんて二人共思ってしまうのだが・・・
彼女は、彼女たちはそうさせてくれなかった
「あら、置いていってしまうの?大事なものでなくて?」
「・・・誰です?」
「私、春小路文芽と申しますわ!」
「俺は
咲乃を中心とした縁を結んだ二人は、彼女の知らないところで混ざり合う
交渉のテーブルがまた一つ、開かれる音がした
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