12:バイト使用人と手帳

そういえば、一つやることを忘れていた


俺は手帳を取り出す

自由時間の時に歩いて得た船内の見取り図。その詳細だ

俺はスマホで撮影したデータがある。だから俺は環に手帳を手渡した


「環、これ。船の見取り図と医務室の場所。今ぐらいしか渡すタイミングなさそうだったし渡しておくよ」

「本当に助かるよ。ありがとう」

「いいって。何かあったら大変だし、側を離れられない理由もわかるからさ」


自由時間になる前に約束した事をしっかり果たし終えた俺達

もう忘れていることはないだろう


気持ちを仕事モードに切り替えて、周囲の様子を伺い始める

俺達が到着してからの動きは一切ない

十五人。これで全員だと思うのだが・・・まだ誰か来るのだろうか


「・・・誰も動かないね」

「そうですね・・・」


全員が全員の出方を伺っている感じ

緊張感が漂うこの場所でまだ寝ぼけていられる天樹様以外は・・・だけど


「むしろこの状態で、自ら行動を起こす人なんていないだろ・・・交流会のはずなのにテーブルも椅子もなにもない部屋。違和感を覚えない人間なんていないだろう」

そう。この月の間はモニター一つあるだけのホールなのだ

「こんな違和感バリバリの空間・・・なにかあるに違いない」

「警戒していきましょう。お二人共。茨は・・・そろそろ起きてください」

「むにゃ・・・」


おんぶされたままの天城様が大きな欠伸をしたと同時に、モニターの電源がつく


『皆様、こんばんは。岩滝高嶺です』

「あ、咲乃のお姉さんなのです」

「・・・お姉ちゃん」


モニターに映された人物はお嬢のお姉さん

画面越しでも伝わる冷たい空気を纏わせた彼女は、表情を変えずに淡々と用意された原稿の続きを読み上げる


『皆様は三次試験までの結果で「月」・・・法霖では一番階級が低い存在である貴方達の大半は「ここで切り捨てられます」』


その言葉が何を意味しているのか理解した者はぱっと見て半分ってところか

時は来たらしい


『これより、法霖学院新入生選抜試験。最終試験を執り行います』

「やっぱり来たよ、お嬢。予想していたタイミングじゃなかったけど」

「頑張りましょうね」


「・・・何をさせられるのですかね、環」

「さあ。もう合格だと思っていたから・・・うわ、何も対策してない」

『試験内容はこの船からの脱出。各自の脱出ポイントが存在する扉と鍵がある部屋の位置は提供しましょう。ただ、それが「どこなのか」は・・・自由時間で得た情報を元に探し出してください』


同時に部屋へ入室した黒服から俺たちは、それぞれ鍵がある部屋と脱出口のポイントが示された紙を渡される

なんだこの棒線と点。何を意味しているのかさっぱりだ


・・・簡単に言うけどかなり厄介なんじゃないか、この試験

船内は広い。移動するだけでもかなりの時間を要するここで、指定された部屋にまっすぐ突き進むのは不可能だろう

それこそ、事前に調べていない限り

だから妙に長い自由時間か。ただ交流を深めるだけじゃない

あの時間は「試験の前準備をさせる時間」でもあったのだ


「・・・茨、お願いが。試験要項は俺が聞いておくから」

「わかっているのです。それ、貸すのですよ。環」

『道中には様々な課題を用意しております。それをこなしながら出口にたどり着いてください。それから試験の公平さを期すために、皆様が使用している通信端末「A-LIFE」の使用は禁止とさせていただきます』


説明と共に、お嬢たちが身につけている通信端末「A-LIFE」がエラーランプを点滅させる

腕につけているそれの電源をお嬢は落とし、周囲もまた同じようにそれぞれの通信端末の電源を落とす


『ネットワークの接続もすでに切断しております。それ以外の電子機器は認めますので、持ち込まれている方はご安心ください』


じゃあ、これは使用可能なのか

ポケットの中にいれた「それ」に手を触れながら、俺はお嬢と目線を合わせる

お嬢もこれの存在は覚えていてくれている

旧式の通信端末とか言われているけど、今回は役立てそうだ


『試験は本日まで執り行います。試験の辞退を申し込まれる方は近くにいる係員へ申告をお願いします。なお、船内に残った荷物は合格不合格問わず返却ができませんので、予めの回収をお願いします』

「・・・先に荷物の回収をしてこいってことか」

「スタート地点はここではなく、自分の客室ということですね」

『説明は以上となります。それでは、試験を始めてください』


モニターの電源は落ち、それぞれが颯爽と動き出す

慌ただしい人混みに飲まれた俺はお嬢が怪我をしないように覆いかぶさり、それをやり過ごす

そして、月の間に残されたのは三組

俺達と、天樹様と環、そして初対面な女の子コンビだ


「砂雪、これ・・・お嬢様がスケッチブックに書き写したから返しておく。ありがとう」

「いや、でも本当にいいのか?」

「いい。それにこの試験、協力や取引が禁止されてはいない。あの幼馴染の子、心配だろ」

「まあ・・・」


鳥組という上位陣にいるとしても、やはりこの試験何があるかわからない


「その子達に会えたら渡してやれよ。俺たちが会えたら複製を渡しておく」

「ああ。ありがとう」

「こちらこそなのです。私達はもう先に行くのです。咲乃、また会いましょうね。今度は銀花島で」

「うん。またね、茨」


「・・・環、私達はもう荷物を全部持ってきているのです。スタートダッシュ、できますね?」

「ああ。それじゃあ、またな。砂雪」

「おう。お互い頑張ろうな」


あれ、全荷物だったのかよ・・・移動のたびに持ち歩くとか環タフすぎでは?

なんて思いつつ、彼の後ろ姿を見守った

そんな終わりを見計らい、今度は彼女たちが俺たちに声をかけてくる


「こんばんは」

「こ、こんばんは・・・」


制服を着用した銀髪のショートカットを揺らす、タレ目の女の子

茶髪を三編みにしたメイドさんは数歩後ろで不安そうに周囲をキョロキョロしながら主人である銀髪さんの動向を見守っていた


「単刀直入に申し上げます。取引を行いませんか」

「失礼を承知で申し上げますが・・・まずは名乗るのが筋では?」


お嬢が訝しそうに二人組へと視線を向ける

・・・地図がある俺たちにはまだ余裕がある。だから二人と話していても十分試験の攻略は可能だと思う

環から返された手帳の中身が地図だとはこの二人も知らないはずだ

・・・二人の目的は一体何なのだろうか

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