11:バイト使用人とブーメラン

夜七時

俺たちは船内放送で指定された部屋へと向かっていた


「・・・大ホールではないようですね」

「そうだね。やっぱり、そういうことなのかな」

「かもしれません」


花は、花の間へ

鳥は、鳥の間へ

風は、風の間へ

月は、月の間へ

胸元に向かうべき場所は記されています・・・


船内放送の通りに考えると、お嬢は月の間

残念ながら金髪ドリルさんと加菜とは別行動のようだ


「自由時間で加菜と少し話したんだ。さっきのこと、気にしているみたいだったから交流会の時、少し話を聞いてほしいな」

「先程お話した時、文芽は穂積さんにお礼を改めてと言っていました。交流会の時、そのお話をしようと思うのでよろしくお願いします」


・・・と、放送前に交流会での立ち回りと、自由時間で得た情報の整理等、今後の打ち合わせしたのに全部無駄になったなぁと思ったり


「文芽、せっかく仲良くなれたのに別行動だなんて。残念です。茨にも紹介をしたかったのですが・・・」

「大丈夫。後でまた会えるさ」

「そうですよね。まずは交流会。クラス単位かもしれませんし・・・」


最後の試験の始まりかもしれない

俺とお嬢の予想は油断した深夜に行われると思っている

そうでもないと、主人と使用人を階で隔てることに理由を見いだせないから

しかし、あくまで予想だ

今すぐ行われる可能性だって捨てられない。警戒に越したことはないだろう


「おーい」

「あ、環・・・おい、それ」

「くかー」


後ろから声をかけてくれたのは環

両肩には何が入っているかわからない大きな鞄、背中に眠る主

その体格からは想像できない力で動き回る彼は、重いものなんて何も持っていないような口ぶりと身軽さを見せつつ、俺たちと合流してくれた


「茨、まだ寝ているのですか?」

「ええ。薬、結構強くって・・・いつも長時間眠ってしまうんです」

「薬って・・・茨、病気かなにかなんですか?」

「・・・ええ。詳しくは言えないのですが」


環は俺とお嬢を交互に見た後、顔を近づけてくる

こそこそ話をするように円になった後に、彼は語ってくれる


「昔から血の巡りがかなり悪くて。薬を飲んで調整しないといけないんだ」

「昔からっていつから」

「わかったのは九歳ぐらいの時だな。それからは運動とか禁止で・・・あ」


そういえば、環・・・お嬢の前でも敬語抜きだったな

それに気がついた真面目な彼は、無礼を働いたと動揺してしまい、話が止まってしまう

が、うちのお嬢はそんなことを気にするような人ではない


「あ、口調は気にしないでくださいね。茨が九歳ということは・・・鉢田さんはいつから茨と一緒なのですか?」

「ありがとうございます。俺は産まれた時から茨と一緒に育ったんだ。産まれて最初に見たのも母親の顔じゃなくて茨の顔だしな」

「「産まれた時から!?」」


え、どういうこと?茨様と同じ年の同じ日に同じ場所で産まれたのか?


「・・・せ、正確には俺が産まれた時、茨は一歳だ」

「あ、なるほど。そういう関係なのですね。だから距離感が・・・え、ということは鉢田さん、十四歳でここに!?」

「まあ。茨の付き人を務められるのは、天樹との歴史が長い我が家でも俺しかいないんで。中学三年生さいごのぎむきょういくは捨てた」


お嬢が驚くのは無理もない

ここは一応高校。使用人も十五歳から十八歳の間であれば一般的な高校生と同じ教育を受けさせられると聞いている

しかし、彼は十四歳。本人も言っていたがまだ義務教育の範疇であり、彼は俺のように規定年齢ではないので、同じように授業を受けることはない

なんならここにいる使用人の中でも最年少になるだろう


「・・・凄いな」

「一応、両親も茨のことは気にしているし、頼んだら家庭教師をつけてもらってな。義務教育の範囲で習うことはきちんと学んできている。法霖は規定年齢じゃないからまだ授業は受けられないけど・・・。一年間はまあ・・・自主学習にでも励んでいるつもりだ」

「しっかりしすぎだろ、環」

「まあな。これも何もかも、茨の為だ」


とてもしっかりしているから同い年、または年上と思ったのだが・・・予想は大外れ

まさか二歳も年下だったなんて・・・最近の子はしっかりしてるな


しかし、なぜここまで誰かの為に頑張れるのだろうか

自分の人生を犠牲にしてまで天樹茨に尽くす

彼女は鉢田環にとってどんな存在なのだろうか

同時に天樹茨は当たり前の時間を犠牲にして自分についてきた鉢田環にどんな感情を抱いているのか・・・知る由もない


けれど、これと似たような感情は知っている

記憶の中で、無邪気に笑う雅日

思い出したらつい表情が重くなってしまう・・・けど、すぐに切り替えていつものように振る舞った


「けどさ、環。お前義務教育の途中じゃねえか・・・きちんと受けろよな。貴重な時間なんだから・・・茨様が心配なのはわかるけどな」

「穂積さん、貴方が言うとそれは完璧なブーメランです」


うぐっ・・・確かに一応中卒扱いだけど、実質小卒以下な俺には痛い言葉だ


「・・・俺はそもそも茨が法霖に行くと事前に聞いていたから、年齢のことも考えて、三年部分は捨てる気でいたから別に気にしてない。不本意なら家庭教師をつけるように頼まないし、ここに来たりしない」

「すげぇな・・・」


学生生活を捨てて、ここに来る

それは彼が茨様のことを大事に、心配に思っている証拠でもあるし・・・彼女の側にいる覚悟でもある

いわばそれは「本物の忠誠心」

キレイで、眩しくて、目を逸らしたくなるほど純粋に思えた


「まあこれぐらいはな。むしろ茨を一人で放置するほうが心配だ。しかし、砂雪。ブーメランって?」

「穂積さんは学校に通われていないんですよ」

「中学だけ?」

「小学校も通った記憶ないな」

「そうだったのか・・・バッタの時点でなんか変だなと思っていたが、お前の家は中々に狂っているな」

「かもね・・・」


「ふわぁ・・・」


月の間に近づいた頃、眠り姫をやっていた茨様がやっと目覚めてくれる


「おはよ、茨」

「おはようなのです、環・・・うー、頭が働かないのです」

「もう少し、おんぶしとくからな。完全に起きるまではゆっくりしていてくれ」

「わかったのです・・・」


背中の上で、のんびりくつろぐ茨様と、嬉しそうに笑う環

俺とお嬢は互いに顔を見合わせて、その可愛い光景を眺めながら月の間の扉を開いた


そこには、同じような組み合わせが、俺たちを含めて十五組ってところか

誰もが異なる輝きと美しさを纏う、法霖に集う乙女たち

全員の共通点は、その胸元に月の刺繍が施されたリボンやネクタイを身に着けている事


ここは月の間

法霖の中では落ちこぼれな面々が揃ったこのクラス・・・今から何が行われるのか

知るものは、この場に誰もいなかった

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