10:バイト使用人と生き残る理由
時刻は夕方の五時
そろそろ交流会の準備の為、周囲の生徒も動き出す時間帯になった
俺も船内の調査を終えてお嬢と合流するために、おそらくまだいると踏んだラウンジまで向かおうとしたのだが・・・
「どうして「あれ」がこんなところにいるんだ・・・」
船だぞ。普通はあんな風の持ち込みは禁止だろう
せめてキャリーか何かに入れるのがマナーなはずだ
けどここは法霖の生徒しかいない船だ。普通は禁止されていることも押し通してくるような方々ばかりだろう
あの子も、きっとそんなタイプだ
俺の視線はラウンジの前にいる少女に注がれていた
少女と面識があるわけではない。今後関わることはあるだろうが、今は赤の他人だ
問題は・・・その少女の腕に抱かれている存在だ
「さゆくん」
「あ、加菜・・・」
背後から加菜に声をかけられる
どうやら一人らしい。冷泉さんとは別行動のようだ
さっきのことがあるし、どうやって話したらいいか考える
加菜も声をかけたはいいが、この先どうするか・・・考えているように見えた
「あ、あのさ。さっきはごめん。後になって冷静にしっかり考えたの。自分でも言ったらまずいなって・・・思って。後で、正式に岩滝様に謝罪に行く予定だから、その時は、止めないでほしいな」
「・・・わかった。でも、これからは気をつけろよ。うちのお嬢だったから今回はこれぐらいで済んでいると思うけど、他の人にしたら絶対にやばいことになるからな」
「うん。絶対に気をつける」
まだ完全に許せたわけではない。彼女をきちんと許すのはお嬢への謝罪を確認した後だ
うちのお嬢だったから、今はこうして済んでいるけど・・・他の人だったらもっと大変なことになっていただろう
加菜には今後、しっかり気をつけてほしいと・・・
「わんっ!」
「ひっ!?」
その声で身体の全神経が一瞬止まった感覚を覚えてしまう
視界は見えているのにぐらついて、一点に定まってくれなくて
自分でもわかるぐらいの動揺は、隣りにいる加菜にも伝わってしまったようだった
「・・・どうしたの、さゆくん」
「あ、あれが・・・」
「あれ?ああ、犬じゃん。それがどうしたの?」
「ダメなんだ」
「へ?」
「俺はあれがダメなんだ!視界に入れたくもない!」
「えぇ!?」
八歳ぐらいの時、俺はとあるバイトで・・・犬に襲われた
正確には犬みたいな女に、だけど・・・
欲しい情報を引き出すため、先輩を脅す彼女の姿は今も脳裏に焼き付いている
・・・いつしか犬みたいな女から、犬全般が苦手になり、今に至ると言った感じだ
「さ、幸いなことに、わんちゃんの飼い主さんが抱っこしてるから・・・さゆくん?」
「・・・いなくなったら、教えてくれ」
「わかった」
それから、加菜が物陰からラウンジ前の様子を伺い、俺は犬が見えない位置で呼吸を整える
正直加菜には時間を使わせてしまい申し訳ない
が、犬を見た瞬間に身体が固まってしまうのだ・・・今は一人でいると大変なことを招きかねない
「でも驚いた」
「何が?」
「見ない内に犬が苦手になっていたんだね」
「加菜が越す前にはもう苦手だった。けど、その時にはもう犬と関わる機会もなかっただろ」
「そうだね。だから気付かなかったのかな」
「かもな」
昔は、加菜と雅日の三人で、近所にいた野良犬とよく遊んでいたっけ
けど、その野良犬も保健所に連れて行かれて・・・どうなったのか
・・・嫌なことを思い出してしまったな
「・・・さゆくん」
「どうした」
「さっきのお詫びってわけじゃないんだけどさ・・・聞いていて欲しい「私の独り言」があるの」
「・・・詫びって。俺は何もされてないぞ。そんなの」
「いいから、聞いていて。独り言。終わる頃には絶対に犬もいなくなっているだろうから、暇つぶしもかねてさ」
独り言と念押しするんだ。質問はなしなんだろう
けど、なんでそんな前フリをしないといけないのだろうか・・・
「・・・雅日ちゃんからさゆくんには黙っていてほしいって言われたことがある」
「は?」
「雅日ちゃん、最初は瀬羽の養子になる話を断っていたの。けど、さゆくんに関することで瀬羽に何かを伝えられたらしいの。それを聞いた雅日ちゃんは「契約」を結んで・・・養子になった」
雅日が、借金とか関係なく俺のために養子になったって・・・どういうことだ
瀬羽なんて、雅日が養子になるまで一度も聞いたことがなかったような家だぞ。会社も心当たりはないし、バイトで一緒になった記憶もない
「・・・本当は、来年の四月にさゆくんも養子にして、雅日ちゃんと瀬羽の「契約」を果たそうとしたらしいんだけど・・・」
「その前に俺がバイト先を見つけて、お嬢と出会ってしまった」
「・・・それで契約に狂いが出た。さゆくんが法霖にいる今、外部から接触することはできない。自身も法霖に入り込まないといけない」
「それって・・・つまり」
「今、雅日ちゃんはさゆくんを追いかけて法霖に来ようとしている」
雅日がここに来ようとしている
今、雅日は中学二年生になったはずだ
順調に行けば・・・
「二年後、私達が三年生になれたらきっと会える。退学するわけにはいかないよね。雅日ちゃんがなんで瀬羽の養子になったのか。さゆくんは知らないといけない」
「・・・」
「あの子は「お兄ちゃんにしか話すつもりはない」らしいから。私も知らない。でも、会えたらさゆくんは知れるよね。本当の理由」
加菜の独り言は、俺にとって大きすぎる情報源
俺にしか話すつもりはないらしい、本当の理由を知るためには・・・俺はこの法霖でお嬢と生き残り、三年生になって
一年生として入学してくる雅日と再会しないといけない
「ありがとう、加菜」
「何言ってるの。私、独り言を言っていただけなんだから」
・・・雇用関係だけじゃない
俺にも、ここで生き残らないといけない理由ができてしまった
「加菜」
「なあに」
「雅日に伝えておいてくれ。「お兄ちゃんは、俺を雇ってくれた人と待ってる」って」
「・・・うん」
「あ・・・お嬢だ」
気がつけば犬はいなくなり、ラウンジから出てくるお嬢の姿が見える
その隣には金髪ドリルさん。二人の表情を見る限り・・・どうやら上手く関係は構築できたらしい
「そろそろ行くよ」
「うん。あのさ、さゆくん」
「ん?」
「もしも・・・ううん。なんでもない。頑張ってね。私も、負けないから!」
「ああ!」
加菜と別れて、ラウンジ前にいるお嬢の元へ合流しに行く
交流会まで、もう少しだ
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