8:バイト使用人とテンプレ

天樹様と環がいるフロアの非常口、それから天樹様に何かあってもすぐに向かえるよう、天樹様の部屋から医務室への行き方を確認した後

俺たちは金髪ドリルさんとの待ち合わせの為、ラウンジへと向かっていた


「ラウンジというのですから上階にあると思っていましたが・・・」

「まさか入口近くにあったとは・・・盲点だった」


余裕を持って探索を一度切り上げたけど、中々ラウンジを見つけることができず、時間ギリギリの到着になってしまった

金髪ドリルさん、怒らないといいんだけど


「でもさ、ここ。あの時はゆっくり見る暇がなかったけど、かなり広いよね」

「そうですね」


フロアに立ち入り、金髪ドリルさんを探してみる

周囲には、いくつかテーブルが設置されており、制服を着た少女たちは小鳥が囀るような声で談笑をしていた


時折向けられる冷たい視線は、お嬢じゃなくて俺に向けられているようだな

確かに、制服を着た子たちはいるけど、俺と同じ立場の人間はどこにもいない

どうやらここはお嬢様たちだけが利用できる場所なのかもしれないな


「岩滝様」

「あ、先程の・・・お体は平気ですか?」


金髪ドリルさんがお嬢を見つけてくれたようで、向こうから声をかけてくれた

助かった・・・しかし、この子も制服。やっぱり生徒側だったか

・・・むしろ生徒側じゃないと困惑するのだが


胸元のリボンは、風のようだな。お嬢と天樹さん、加菜とも違うクラスのようだ

よかった。これからどうなるかわからないが、他クラスの人間と交友関係を持っておくのも大事なことだ

このチャンス、無駄にしないようにしなければ


「ええ。向こうで席を取ったから、そちらでお話しましょう」

「はい。あ、穂積さんは・・・」

「・・・貴方も?」

「いえ。私はここで」

「・・・知っていると思うけど、ここは生徒以外の立ち入りが原則禁止よ」

「承知しております」


お嬢は隣で驚いていたけど、空気からしてそんな感じはしていた

しかし原則禁止。完全に禁止ではない

本当は何も知らずにここに立ち入ってしまったが、何か理由があって立ち入った風に話を作れば、事は円滑に進みそうだ

お嬢には後で迷惑をかけるかもしれないが、まあお嬢ならどうにかしてくれるだろう


「何か理由があるのかしら。無知なら・・・」

「いえ。お嬢様はここに使用人が理由もなく立ち入っては行けないことを承知しておりました」

「それなら・・・」

「私としては、先程まで青白く震えていた貴方様の具合が戻られたのか気になりまして」

「えっ・・・そんなこと、いつ」

「・・・ここは話を合わせて」


嘘をでっち上げた俺は、そのまま金髪ドリルさんの前に立つ

こういういかにもな子こそ、男性慣れをしていない

ツンデレな可能性もあるが、この子は結構物事を素直に受け入れてくれるタイプのようだなから・・・あえてこの策に出る


多方面にいい顔をして、物事を円滑に進める策だ・・・派閥が分かれていたバイト先でよく使っていた俺の生存戦略

まさかこんなところで使うことになるとは思っていなかった


「いち早くご様子を確認したかったので、お嬢様に無理を言って立ち入らせていただきました。無礼なのは承知ですが、風邪を引かれていないか心配で・・・」

「あ、あら・・・そうだったの。ご心配ありがとう。岩滝様と貴方の対応で、体調は元に戻ったわ。安心して」

「そのようですね・・・お顔の血色が良くなられています。こちら方が、可愛らしい」

「なっ・・・」

「・・・穂積さん?」


後ろからお嬢が軽く睨みつけてきている気がする・・・!

けど、もう止まれない。それに次で最後の締めだ


「しかし、本来なら立ち入っては行けない場所に立ち入り、貴方様や周囲の皆様に不快な思いをさせたのは事実です。申し訳ございませんでした」

「い、いいのよ・・・私のことを考えてのことでしょう?今回は、不問にするわ」

「ありがとうございます」

「け、けれどね。あまり主人にワガママを言って立場を悪くするようなことをしないほうがいいわよ。岩滝様も、主従関係をしっかり確立させるべきです」

「・・・以後、気をつけますね。穂積さん、後は私に任せてください。貴方は仕事に」

「はい。それでは、失礼いたします」


短い返事をした後、俺はラウンジの外に出ていく

それからお嬢が金髪ドリルさんと話している間、船の探索を続けていく

とりあえず、丸く収まった・・・んだよな?


・・


全く、穂積さん。何をするかと思えば、初対面の女性にあんなに近づいて・・・

しかし・・・


「い、岩滝さん」

「はい」

「あ、あの彼・・・お、おほん!貴方の従者の名前、聞くのを忘れてしまったの。教えてくださらない?」

「ほ、穂積砂雪さんです・・・」


なんでだろう。あの穂積さんはとてつもない利益と、とんでもない事態を招いた気がする

その利益はきっと、彼女や周囲の反感を買わずに事態を収束できたこと

その副産物と言ってもいい、とんでもない事態は・・・


「お、お年は!」

「へ?」

「わ、私達とご一緒なのかしら?」

「私達の一つ上ですよ」

「・・・問題ないわね」


「あ、あの・・・」

「ほ、穂積さんはその、特定のお相手がいらっしゃったりするのかしら・・・」

「・・・いないと、言っていました」

「まあ。プライベートのことまで話し合うの?」

「穂積さん、気さくな方ですから・・・話題を色々振ってくださって。その時にさりげなく教えてくれた話なので」


多分この言葉が正当な気がする

私達の関係性がたったの三ヶ月という情報は、ここでは変な疑問を生んでしまう可能性がある

だから、彼の性格がそういうプライベートも軽いノリで話す・・・ということにしたのだが

完全に、悪手だったかもしれない


「まあ、まあ・・・やはり私の目に狂いはありませんでしたわ。うさぎのような風貌、気さくでお優しい方・・・私の好みどストライクですわ。お茶にお誘いしたら、来て頂けるかしら・・・」

「・・・うさぎ?」

「はっ・・・!?」


ここで彼女は内心を外に出していたことに気がついたらしい

軽く咳払いをした後、照れくさそうに頬を赤らめて私との会話を再開してくれた


「失礼いたしました。岩滝様、先程はお見苦しいところお見せして申し訳ございません」

「いえ、お気になさらず」


・・・お見苦しいところって、具体的にはどこからどこまでなんだろう

水着のところ?それとも、さっきの事?

何がなんだろうと考えつつ、彼女が先程までいた席に案内してもらう


「・・・改めて、先程はありがとうございました。私、春小路文芽はるこみちあやめと申します。以後、お見知りおきを」

「春小路様。何度も聞いて申し訳ないのですが、本当に具合は大丈夫ですか?先程、肌が青白くなられていたので心配で」

「ええ。貴方様と・・・穂積さんのお陰で何事もなく。今は健康そのものですわ」

「それはよかった」


金髪ドリルさん改め、春小路さん。覚えました

彼女は風組のようですね。別クラスになりますが、こうやって交友関係を得られたのはいいことだと思う

けど、それだけじゃないようだ


「・・・今晩の交流会、改めて使用人を連れて挨拶に伺いますわ。ほ、穂積さんにも改めてお礼を申し上げたいですし」

「わかりました。穂積にもお伝えしておきますね」

「あ、ありがとうございます!・・・やった。またお話できるわ」


小声で告げたことは、私にはしっかり聞こえていた

この方、どうやら隠し事が苦手なようです

なんというか、単純でわかりやすい方・・・ですかね

なので、他人のこういう瞬間をあまり見ない私にもわかる

春小路さんは先程の穂積さんにかるーく心を奪われたこと

・・・穂積さんは、罪作りな男だということ

流石にわかってしまいました


用意して貰った紅茶を飲みつつ、話はまだまだ続いていく

この時間も必要な時間なのです

だから、疎かに、適当になんて絶対にあってはいけないと思ってはいるのですが・・・

・・・なんでしょう。緊張か疲労か。味があんまりわかりません


穂積さんが淹れてくれた紅茶が、少しだけ恋しくなりつつ・・・私は彼女に問いかけを続けていく

まだまだ、得られることはたくさんあるのだから


こちらは任せてくださいね、穂積さん

・・・そちらは、貴方におまかせしますから

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