7:バイト使用人とプールサイド

デッキに到着した俺達は、周囲を見渡しながら海風が強く吹くデッキを歩いていた


「・・・誰もいないな」

「そうですね。やっぱり、寒いですからね。港にいた時よりも冷えるような気がします」

「海上だからかな・・・」


景色を見ようと思えば、客室からでも十分見れる

それに、ここにいるお嬢様たちはこんな日本近海の景色よりもっと凄いのを見ていると思う

ハワイとか、ハワイとか・・・ハワイしか思い浮かばないのがあれすぎるけど、とにかく!そういう海が綺麗に見える場所での船旅なんて夏休みはしょっちゅうしていると思うし、わざわざこんな寒い中、景色を見に来る物好きはそうそういないと思う


「お嬢、軽食を売っているお店があるよ。今は閉まっているけど、夕方は開くみたい」

「バーエリアみたいなものでしょうか・・・」

「学生が乗る船でバーって・・・」

「こ、この船、民間の客船かもしれませんよ。それなら、そんな物があるのも説明ができますし・・・」

「この船、校章が船内の至るところにあるよ。多分これ、法霖が持っている客船だと俺は思うけど」

「そうなんですか!?よく見ていますね・・・」

「注意深く見ないとわからないぐらい。けど、ここにも何か意味があるのかもね」


たとえ今使わない場所だとしても、きちんと入学ができればここを利用する場合もあるだろうから、覚えておいて損はないだろう

今は、ここに来る「またの機会」があるように頑張るだけだ


「この周辺はこんな感じですね。反対方向に行ってみましょうか」

「反対方向は・・・プールみたいだ」

「流石にこの寒さです。誰もいら・・・」

「どうし・・・」


先行したお嬢が固まるほど、目の前にある光景は異様なものだった

何度でも言うが、このデッキスペース・・・めちゃくちゃ寒いのだ

それなのに、何ということでしょう

水着だけの女の子がビーチチェアで、いかにもバカンス中みたいな感じでグラサンをかけて過ごしているではありませんか


「ほほほほほ穂積さん、今気温は何度でしたっけ・・・?」

「じゅ、十度・・・」

「嘘でしょ・・・」


嘘でしょ、は全て気温が低いことに向けられてはいない

そんな気温の中、水着で過ごしている彼女に全て向けられていた


「・・・てかさ、お嬢」

「なんでしょうか」

「あれ、水着って言えるの?どう見ても紐を全身に巻いたようにしか見えなくて。かろうじて大事なところは隠れてるけどさ」

「・・・先程から、穂積さんは変なところばかり見ていますね」

「だってお嬢も気にならない?あれ動いたら絶対ズレて見えちゃうって」

「た、確かに・・・それに、どうやって着用したのかまず気になります」

「でしょ?」


物陰から彼女をのんびり観察してみる

寒さに震える全身・・・遠目からだからよくわからないけど、青白くなってないか、肌


それになんだろう。あの髪型

金髪ドリルって漫画の世界にしか存在しない髪型だと思ったが、彼女を見る限り実在していたみたいだな

・・・髪型が崩れていないところを見るに、流石にプールには入ってはいないらしい


後頭部にひっついた巨大な赤いリボン。どこからどう見ても、典型的なお嬢様って感じの人だ

これで法霖の生徒じゃないって言われたら困惑するぐらいだよ


「お嬢は、あの人学生だと思う?」

「流石にあの風貌ですし・・・同級生だと思うのですよ。でも・・・」

「でも?」

「と、とてもじゃないのですが、あの体つきは同級生だとは思えなくて・・・大人びていますよね」

「んーいわゆる「ぐらまらす」ってやつ?」

「そうと言えますね」


覚えたての言葉の通り、水着の彼女はとてもじゃないが十五歳とも思えない

けど、見えないだけで実際は十五歳のはずだ

流石に使用人が主人をほっぽって、こんなところにいるなんてあり得ないだろうし


「・・・」

「どうしたの。お嬢」

「い、いえ・・・なんでも・・・遠目からもわかるぐらい大きいですね、私なんて・・・もにょにょ・・・」

「・・・お嬢は平均だと思うけどな。D寄りのCぐらいかな」

「なっ・・・なんでっ、目測でわかるんですか・・・!」

「デパートの販売員やってた経験かな」


「・・・女性下着の販売員をしていたんですか?」

「いや。裏方で品出しをしていた時にさ、販売員をしていた通称「目視のヤマエ」って人が将来彼女ができたら役に立つからって俺に仕込んでくれた目視で人の体格を見抜く術」

「なんでそんな質の悪い技を習得したんですか・・・」

「意外と役に立つよ。偽乳の判別はできるし・・・」

「そんなものを判別できて、何の役に立つんですか」

「ふっふっふ・・・お嬢。これは服の上から人の体格を見抜く術だよ」


・・・服の中に何か仕込んでいたらすぐに分かるんだよ。これが

その事実をお嬢にこっそり耳打ちしておく

いつかこの特技?が役に立つだろうから


「・・・なるほど」

「最初こそ俺もこんなのいつ使うんだよって思いながら習得したけど、今の環境ならきっと役に立つ時が来るはずだから」

「話はわかりました。しかし、穂積さんのバイト遍歴がだんだん恐ろしくなってきました・・・」

「これでも色々やってきたからね」

「それはわかるのですが、普通にアルバイトってわけでも無いようですから。行く先々で色々な人に気に入られて、恩恵を受けているような気がします」


社会で生き残るには必要なことばかり

先に務めていた人たちに気に入られることも、気に入られるように立ち振る舞うことも、波を立てないことも・・・

大変だけど、そのお陰で色々と知識をつけさせてもらったし、こんな特技まで身につけた


「でも、そうですね。その不思議な特技は穂積さんの言う通り、今後は役に立ちそうです。けど、悪用したらダメですよ」

「わかってるよ。約束ね」

「はい。約束ですからね」

「ん」

「・・・なんですか?」

「指切りしないの?俺、雅日と約束する時はいつも指切りだったから」

「・・・初めてします。どうするんですか?」

「こうやって、指を絡めてね・・・ゆびきりげんまん、嘘ついたらハリセンボンそのままくーわす。ゆびきった」


軽く指切りをして、約束を交わす

お嬢は初めての指切りの余韻に浸っているのか、離された小指をじっと眺めていた


「・・・嘘を吐いたらハリセンボンを食べるのですか?」

「俺と雅日の特別ルール。本当は針を千本なんだけど、それはお金がかかりそうだから。ハリセンボンはたまに釣れるから、それを口に突っ込むことにしたんだ」

「それはそれで痛そうです。しかし、いいのですか?」

「何が?」

「それは、穂積さんと妹さんの「特別」なんですよね。私が、それに混ざっても」

「いいに決まっているだろ。なんで?」

「で、でも」

「ん?」

「なんでも、ないです・・・」


これ以上聞いても、彼女は何も話してくれなさそうだ

だから、この話は適当に受け流しておこう

それよりも、金髪ドリルさんのことに話を戻さないと


「まあいいや。でもさ、流石に物陰でコソコソ話すのもなんだしさ、せっかくだし話しかけて見ない?」

「だ、大丈夫ですかね」

「へくちっ・・・」

「羽織るものを持っていけば絶対大丈夫だと思う」

「そ、そうですね・・・!急いで持っていってあげなければ」


くしゃみをした金髪ドリルさんのために、近くにあった倉庫の棚から身体を覆えるだけのタオルを持った俺達は、水着で震える金髪ドリルさんの元へ向かう

不安そうにこちらを一瞥するお嬢に、大丈夫と言うように背中を押して、お嬢から金髪ドリルさんに話しかけて貰った


「あの、これ・・・」

「へ?」

「身体、冷やしますよ。使ってください」

「まあ、ありがとう。ありがたく使わせていただくわ。ええっと・・・」

「申し遅れました。私、岩滝咲乃と申します」

「岩滝様ね。私は・・・へくちっ」

「先に着替えられてはどうですか?流石にそのままと言うわけには行きませんから」

「ええ。何から何までありがとう。三十分後にラウンジスペースに来て頂けるかしら。そこで改めてお礼を言わせてほしいわ」

「は、はい!」

「ではまた後で」


優雅な所作で立ち去る金髪ドリルさんとまた会う約束をしつつ俺たちは彼女の背中を見送る

何度もくしゃみを繰り返す金髪ドリルさんを心配しつつ、背中が見えなくなるまで手を振っておく


姿が見えなくなった後、俺とお嬢は顔を見合わせる


「・・・性格は、まともそうに見えたけど」

「なおさらなぜあんな格好でここにいたのかが理解できません・・・」


けど、その疑問は後で金髪ドリルさんの口から語られるだろう

今は気にしないで、俺たちは予め決めていた次の探索場所へと向かっていく

待ち合わせに間に合うように、時間配分に気を遣いながら

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