5:バイト使用人と在校生挨拶

壇上にいる人物に向かって、お嬢は「お姉ちゃん」と言った


「・・・真純さんから軽く聞いてはいるけど、あの人がお嬢のお姉さん?」

「はい。彼女が岩滝高嶺。私の二つ上の姉です」

「こういっちゃなんなのですが・・・咲乃と全然似ていないのです。雰囲気?」

「そう、だね」


使用人として務める以上、知っておいてほしいと真純さんから軽く話された岩滝家の事情が一つある

・・・お嬢とお姉さんは「腹違い」だという話

お母さんが異なる二人の娘。姉の方が本妻の娘だそうだ


妹は・・・お嬢が、妾の子にあたる

使用人との間にできてしまった子らしい。道理で家での立場が悪いはずだよ


その事実は、家の人間以外知らない

けど、目の前のお嬢はその事実を知っているそうだ

親からではなく・・・岩滝高嶺の口から、その事実を聞かされたそうだ


「・・・しかしどうしてお嬢のお姉さんが」

「あら、知らないのですか?」

「うわっ・・・冷泉さん。なんでここに」

「様子を見に来ました。お嬢様言い過ぎだったので。岩滝様・・・ここでは咲乃様の方がわかりやすいですね。咲乃様が泣いていらっしゃらないか心配で」

「そうだったんですか」

「泣いていたらお菓子を上げてわい・・・励まそうかと思ったのですが。天樹様のおかげで大丈夫なようなので、少しほっとしました」

「本音が漏れてますよ・・・で、加菜はどこに?」


冷泉さんの近くにいるはずの加菜がどこにもいない

彼女がいるということは、自然と加菜も近くにいると思ったのだが・・・どうやらいないようだ

それならそれでどこにいるのか気になる


「ああ。お嬢様なら反対側の壁で反省会中です。そういうことですから、会話をする人もいなかったので・・・」

「・・・いなかったから、こっちに来たんです?」

「そういうことですね」

「好き放題しすぎだろ!?」


一応使用人のはずなのに、主をほっぽって好き放題

常識を無表情で吹き飛ばす冷泉さんは、近くに設置してあった学生向けのケータリングを皿いっぱいに乗せてこちらに戻ってくる

傍から見たら、主人の為に食事を持っていく健気なメイドだろう


しかし、本性を垣間見た俺達は全員こう思ったと思うし、冷泉さん自身も俺たちの予想通りにケータリングを自分の口に放り込んでいく


「んー。おいしい」

「・・・自由人過ぎて、こっちのほうが「おもしれーおんな」なのです」

「今回ばかりは茨の言葉を否定できない・・・」

「まあ、そんな感じでお嬢様が壁とお友達をやって暇なものですから。で、穂積さんたちが解説役を欲していそうだったのでひょっこり現れてみました」

「本当に予想外だな、あんた・・・」

「褒め言葉です。で、なぜこの場に高嶺様がいらっしゃるか、という質問の解答ですが、彼女が現在の「トップ」だからです」

「とっぷ・・・ええっと、一番ってことだよな。その一番は学年で・・・ってことなのか?それとも、法霖生の中で、なのか?」

「法霖生の中で、ですね。この立場を法霖風に言えば「ノブレスフルールに最も近い者」ですね」


ノブレスフルール・・・真純さんの話には出てこなかったな

環の方に視線を向けてみるが、彼も同じらしい

つい最近できた制度だったりするのかな


「あの、俺からもいいですか?」

「構いませんよ、鉢田さん」

「ノブレスフルールって、なんですか?俺も家族から聞いたことがなくて」

「法霖で「最も優秀な乙女」に贈られる称号です。評価基準は知りませんが、とにかく令嬢として完璧であればあるほどノブレスフルールに近づけると言われていますね」

「へぇ・・・学校側で決めていたりするのか?」

「いえ。学校側だけでなく、生徒で投票も行っていましたよ」


なるほど。じゃあ、そこにいるお嬢のお姉さんは法霖でも評価をされているらしい

学校側だけでなく、生徒からも支持された優等生

真純さんの話だと完璧超人らしいから予想はできていたけど、レベルが高い法霖でも一番とは想像していなかった


「・・・取るの、凄く大変なんですよ」

「なぜ知ったような口ぶりで」

「・・・かつて、加菜様に仕える前になりますが、目指していたことがありますから」


目指していた人に仕えていた事があるのかな

だから最近の法霖の事情にも詳しいのかもしれない


「お嬢は、ノブレスフルール取ろうとか考えている感じ?」

「私はそういうのには興味がないので・・・普通に卒業できるだけで十分です」

「・・・お嬢なら十分狙えそうなのにな」

「その言葉だけでも嬉しいです」


心からの本心を告げつつ、壇上の方へ再度目を向ける

お嬢みたいなくるくるのくせっ毛がないストレートの短髪を優雅に揺らし、壇上の光で映える黒髪を輝かせる

新入生たちに向ける優しい視線の中に、どこか冷たい感情を込めた夜色の瞳を周囲に向けつつ、彼女はやっと俺たちに語りかけてくれた


「皆さん、ごきげんよう」


彼女がそう挨拶すると、周囲から同じようにごきげんようと帰ってくる

ここでの挨拶はごきげんようなんだなぁ。使う人始めてみたや

お嬢も「こんにちは」だし


「この度は試験の合格、おめでとうございます。皆様が新たな法霖の仲間になれる日を、在校生一同、心よりお待ちしております」

「・・・本当ですかね」

「冷泉さん的には何か思うことがあったり?」

「まあ、過去を知っていますので。新たなカモが増えたことを喜んでいるようです」


・・・やけに不穏なワードばかり言ってくるな、この人

それから、俺たちは無言のまま在校生の挨拶に耳を傾ける

学校生活のこと、寮に関すること・・・そして、新カリキュラムの軽い説明

真純さんたちが雇われた理由になる新カリキュラム・・・今年から本格始動らしいが、前年までの三年間は試用期間として、一部の生徒を対象にこのカリキュラムが行われていたらしい

新カリキュラムでもたらされる結果は多く、そして生徒たちの実力を大きく伸ばしてくれるそうだ


・・・けど、なんだろう

冷泉さんの言葉や、真純さんたちが雇われた事・・・その新カリキュラムに対して不穏な気配しか感じない

それになんだろう。この違和感

背筋が凍るような変な違和感だけど、誰も不審感を覚えていない

気のせいだろうか・・・


在校生挨拶が終わる頃、一瞬だけ壇上の岩滝高嶺と目があった気がした

正確には俺ではなく、お嬢が・・・だが


「・・・っ」

「お嬢、大丈夫?」

「いえ。これもいつものことです。姉と私は・・・その、仲がよくありませんから」


壇上から去る前、一瞬だけお嬢を睨みつけた岩滝高嶺は舞台裏に戻り、ホールの照明が戻される

眩しさに目を細めながら、司会の声に傾ける

これからしばらく自由時間らしい

そして夜の八時から交流会がスタートといったスケジュールだそうだ


それぞれが動き出す中、いつの間にか消えた冷泉さん

おそらく加菜の元に戻っていると思いつつ、俺はお嬢たちに予定を聞いてみた


「お嬢、これからどうする?」

「そうですね。部屋に戻って予定の確認をしようかと。その後は船を見て回りたいと思います。一日を過ごすのですから、どこに何があるか確認しておくべきだと思いますので」

「了解。俺も船を見て回りたかったし、同行するよ」

「ありがとうございます。そうだ。茨と鉢田さんは?ご一緒にどうでしょうか」


「んー・・・申し訳ないのですが、そろそろお昼寝の時間なのです。咲乃と船の探索をしたい気持ちはあるのです。でも、自由時間はのんびり寝させてほしいのです・・・」

「そうですか」


そういえばさっき、ここに来るまで入院生活を送っていたと彼女は言っていた


「・・・もしかしなくても、今も薬とか服用しているのか?」

「・・・ああ。昼間の薬の効果が一番強く出る時間なんだ。だからいつもこの時間はお昼寝で、俺はお嬢様に何があってもいいようについていないと」


なるほど。じゃあ環も側を離れられないのか

自由時間の半分以上はおそらく寝ているだろうし・・・起きてから探索というのも大変だよな


「じゃあ後で二人の客室の場所を教えてくれ。非常口とか医務室とかの場所を確認しておくから。他にもあれば一緒に確認してくるよ」

「いいのか?」

「これぐらいお安い御用だ」

「助かる。後で端末に・・・」

「俺、スマホだけど連絡取れる?」

「スマホって・・・旧式の通信端末じゃないか。俺の端末じゃスマホと通信ができないから・・・後でメモを渡すよ」


あ、そういう弊害があるから早く最新の通信端末に切り替えろって通信会社からダイレクトメールがほぼ毎日来ていたな。買い換える金がないから無視したけど

環はささっと確認してほしいところをメモに記し、俺に渡してくれる


「手間を増やしてすまないな」

「いいって。でも早めに買い換えたほうがいいぞ」

「覚えておくよ」

「しかし、ここも不便だよな。客室に船のマップを用意してくれたら良かったのに」


「確かにな。ドアの前とかに非常マップとかあるものだと思ってたけど」

「だよなぁ・・・これも何か理由があるのかもしれない。探索は大変だろうけど、よろしく頼むよ」

「ああ。任せてくれ」


ホールを出た俺達は、廊下で分かれ、それぞれの客室へ向かう


不穏な気配を纏う船は近海の海を巡る

そして銀花へと続く道のさなか、俺が抱いていた違和感と不審感は

形を成して、法霖へと向かう乙女たちへと襲いかかる

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