4:落ちこぼれ令嬢と初めての友達

『でも・・・その子、家でも居場所がない「落ちこぼれ」なんでしょう?』 


水代様がおっしゃられたことは、紛れもない事実

慣れたと思っていた。落ちこぼれだと、言われることが

けど、今の私は・・・落ちこぼれじゃないと言ってくれる人が側にいる


「お嬢」

「・・・」

「水、貰ってきた。飲めそう?」

「・・・ごめんなさい。今は、少し」


こんな私を、そうじゃないと言ってくれる存在ができた

けど、私の評価は変わらない。長い間作り上げてしまったレッテルは、この小さな世界では中々消えてくれない

頑張ろうと思っていたけど、誰かから真正面に落ちこぼれと言われることが、ここまでしんどくなっていたとは

不甲斐ない。私らしくない

今まで通り・・・適当に受け流す。今までできていたじゃないか

笑って、受け流したように見せて・・・さりげなく、受け止めることぐらい


「咲乃」

「茨・・・」

「何を考えているか、私にはわからないのです。けど、その考えは良くない考えだと私は思うのです」

「どうして」

「勘なのです」


勘、か

でもどこか、茨の目は私の心を見抜いているような気がしてきて、少しだけ怖かった


「お嬢」

「・・・穂積さん」

「ごめんな、加菜が」

「いえ・・・・穂積さんが謝ることではないですよ。それに」

「事実なんかじゃない」

「・・・え」

「加菜が言ったことは事実じゃない。たとえ今そうであっても、お嬢はそれで納得するような人間じゃないって、俺は思ってる」


穂積さんは私を安心させるように、右手を優しく握りしめてくれる


「咲乃、さっきの言葉・・・受け入れるのですか?」

「それは・・・」

「・・・あんな低俗な言葉を受け入れることこそ、咲乃自身が自分を落ちこぼれと認める行為なのです」


空いていた左手を、茨がしっかり掴んでくれる

そして彼女はまっすぐに、私の目を見て彼女自身が抱く言葉を紡いでくれる


「咲乃は、自分が落ちこぼれだと思っていますか?」

「・・・そう、思ってる。ううん、思ってた。でも」


私自身を、落ちこぼれじゃないと言ってくれる人がいる

そして、今、落ちこぼれな事実を認めようとしていた私自身の心を引き止めてくれる人ができた

だから、私は・・・認めたらいけないのだ


「けど、私は・・・そんな自分が嫌なの。もう、言われたくない」

「じゃあ、もう二度と落ちこぼれだと言われても、逃げることも、肯定する言葉を使うこともいけないことなのです。わかっているなんて、自分を貶めるような言葉を絶対に言ってはいけないのです」


初めてできた友達は手を引いて、その腕の中に私を招いてくれる

誰かからこうして抱きしめられたのは、記憶にある限り初めてで

その暖かさに、ついつい微睡んでしまいそうになる


「咲乃、私は出会ったばかりで咲乃のことなんて表面的なことしか知りません。家のことも、過去のことも、私は何も知らないのです」

「なぜ・・・岩滝の落ちこぼれは有名な話で・・・その」

「私、ここに来るまでずっと入院生活だったのです。だから俗世のことは全然わからないのです。ここにいる子たちの事情も、目的も何も知らないのです」

「だから、貴方は月組に・・・」

「ええ。そういうわけですから、社交界とかにも出たことはないのです。だから周囲が知る岩滝咲乃の情報なんてこれっぽっちも知りませんし、これからも知ろうと思わないのです。それは、ものすごく「つまらない」ことなのですから。知る必要なんて私には無いのです」


頭を優しく撫でてから、目を合わせるために茨は少しだけ距離を取る

名残惜しいけれど、少しだけ涙が浮かんだ目で・・・私は彼女をじっと見つめた


「私は、私が見たものを信じるのです。貴方は周囲から笑われるような人間ではないのです。低俗な噂で惑わされている者たちの声なんて、所詮噂に惑わされている道化の声でしかないのですから聞く必要なんてないのですよ」


だからね、咲乃・・・と、茨は優しく微笑みながら、白くて柔らかい指先で私の涙を拭ってくれる


「泣き顔なんてさらさず、わらうのですよ。咲乃には、その名前の通り笑顔が似合うのですから。噂なんて気にせず、前だけを見て。そしていつか自分自身の力で噂を吹き飛ばせば、貴方を落ちこぼれと嘲笑う人間はいなくなるのです」

「茨・・・」

「咲乃は、環を除けば、私の初めての友達になるのです」

「そうなの?」


それもそうか

ずっと入院生活をしていた彼女に、鉢田さん以外の友達は・・・

同じ、なんだな。そこは

全然違うのに、変なところだけ一緒

普通は嫌に思っちゃうのに・・・今日だけは、嫌に慣れなかった


「はい。私は、まだまだ普通の友達付き合いというのはよくわからないのです。けど、こういう時、励ますのは友達の役目だと漫画で見たのです!」

「ありがとう、茨」


普通からズレている私のかっこよくて、可愛いくて大事な友達

いつか彼女が困った時、私も彼女のように道を示せたらなと心から思えた


「どういたしまして、なのです!」

「穂積さんも・・・また苦労を」


ずっと手を握ってくれていた穂積さんにも、改めてお礼を告げる

それで大丈夫と判断した彼は、私の手を離してくれた

・・・少し名残惜しいのは、なんでだろうか


「いいって。でも、天樹様の言うとおりだ。あんまり周囲の声に耳を傾けるな。あんたは落ちこぼれじゃない。心の中にしっかり刻んでおいてくれ」

「はい」


二人がきちんと私を見てくれている

落ちこぼれじゃないと言ってくれている

そんな二人の考えを正しいと証明するには・・・私は先程の茨が言ったとおり、落ちこぼれじゃないと周囲に証明する必要がある

どうしたら一番それが目に見えるのか・・・後で穂積さんと意見を交換しよう

彼ならきっと、一緒に最善を考えてくれるだろうから


「ん?」


気持ちを切り替えた後、鉢田さんの声とともにホールの照明が落とされる

そして正面ステージ前に、誰かが現れた


その姿は、とても見覚えがある姿

しばらく見ていなかったけど、何もかも変わっていない・・・お母さんの面影がある若い女性


「・・・お姉ちゃん」


穂積さんが幼馴染さんと再会したように、私も彼女と再会する日が来てしまったらしい


ステージに立っている、花の刺繍が施されたリボンを揺らす黒髪の乙女

岩滝高嶺いわたきたかねと私は、思わぬところで姉妹の再会を果たしてしまった

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