3:バイト使用人、幼馴染と再会する

港で話すのはどうかと思ったので、一度船に乗り込んだ後・・・俺たちは集合場所であるラウンジに席を取り、三組で机を囲んでいた


「穂積さん」

「は、はい・・・」

「そちらの、腕にしがみついている女性は誰なのか、そろそろ教えて頂けますか?」

「はっ!こちらは水代加菜さんです!」

「関係性は?」

「ただの幼馴染です!」

「た、ただの・・・」


なぜそこで落ち込むんだろうか。それ以上でも、それ以下でもないだろ

腕から離れてくれた加菜は愕然とわなわなとし始める

その隣で、一緒にいたメイドさんはのんびりお茶を飲みつつ、加菜にトドメを差していく


「脈なしですね、お嬢様」

「た、ただの幼馴染だもん!嫌われてはないもん!これから挽回するもん!」

「もんもん言って可愛いのは小学生までですよ、お嬢様」

「紫乃さん!」


もしかしなくても、彼女が加菜の使用人としてついてきた存在らしい

落ち着き払ったメイドさんは、慌てる主人をかわしつつ、のんびりお茶を飲み続ける

・・・この人、只者じゃないな


「環、環。やっぱり砂雪の周囲は面白いのです。ついて来てよかったのです」

「ですねー」

「そこ二人、傍観してないでお嬢を止めてくれ!」

「穂積さん、どう見てもその・・・水代様との関係性は幼馴染のそれではないと思います。適切な距離でお付き合いをお願いしますね。くれぐれも、不純異性交遊はお控えを・・・」

「だから付き合ってないって!」

「あがっ・・・!」


「環、環、「おもしれーおんな」なのですよ」

「お嬢様、あの方は今、心にとんでもない傷を負っているので、スケッチで記録を残さないであげてくださいね」

「えぇ・・・おもしれーおんなのスケッチ、ダメなのですか?環ぃ・・・」


なんてものをスケッチしようとしているんだ、天樹さん

しかしなんで加菜は変なところでダメージを受けているんだ

付き合っていないのも事実だろ。それ以外に何があるんだ


「お嬢」

「はい」

「きちんと言っておくけど、加菜とはそういう関係ではないし、さっきも言ったとおり幼馴染。加菜の家が普通だった頃、うちの隣に住んでいて、小さい頃は俺と雅日の三人でよく遊んでいた。それぐらいの間柄だ」

「わかりました。誤解をしてしまい申し訳ありません」

「いいよ。少なくともお嬢との契約が完了するまでは、誰かと交際とか考えてないよ」

「あら、なぜですか?別に不純異性交遊は学生として控えて頂きたいだけで、雇用主としては貴方が誰と恋愛しようが自由だと思っていますが・・・」

「そうなの?」


不純異性交遊はダメ!な印象だったので、恋愛もダメです!と言われると思っていたが・・・別にそこに制限はないらしい

とにかく、学生らしく節度ある行動を・・・ってことだろう

さっきの加菜みたいに、人前でベタベタひっつく行動はアウトだが・・・手を繋ぐ程度なら多少はねってところだろう


「はい。せっかくの縁なのですから、大事にしてくださいね」

「了解」

「あ、それとこんなところでお話することではないと思いますが、今月から正規雇用なのできちんとお給料を出させていただきます。今月は三ヶ月分の研修期間のお給金を出しますので、給料日をお楽しみに!」

「おー!」

「おきゅうりょー」

「よかったな、砂雪」

「出たら焼肉食べに行きましょうね」


いや、確かにお給料はめでたいぞ

出会ったばかりの天樹さんに、環も喜んでくれるのはなんか嬉しい

けどあんたはなんで俺の給料で焼き肉を食べに行く前提で話を進めているんだよ。加菜のメイドさん


「・・・ところで貴方はどちら様で?」

「ああ、私は冷泉紫乃れいせんしの。ご存知の通り、そこでうなだれている加菜様のお世話係として同行しております」

「全然ご存知じゃないんだが・・・」

「幼馴染なのに?」

「加菜が越してからのことは全然なんだよ・・・」

「なるほど。では貴方も加菜様も「お隣さん」だった頃の記憶しかないのですね」

「まあ、そういうことだな」

「・・・なるほど。事情は大方理解いたしました」


ティーカップを置いた冷泉さんは、口元を軽く拭った後・・・席を立って優雅にスカートを揺らす


「天樹様、岩滝様。先程は当家のお嬢様がお騒がせいたしました。主人に代わってお詫び申し上げます」

「いえいえ。お気になさらず」

「面白いものを見せていただいたのでいいのですよー」

「しかし残念です」

「なぜですか?」

「お二人のような御学友が、同じクラスにいらっしゃれば、お嬢様も心強かったと思うのですが・・・別クラスのようですから」

「確かに、加菜のネクタイは鳥だな・・・鳥?」


確か、真純さんの事前情報によると・・・法霖のクラスは基本的に四クラスに分けられている

先程まで、リボンの刺繍が校章だと思っていたので気づいていなかったが・・・その刺繍はクラスを示している情報

そこから、お嬢と天樹さんはリボンの刺繍から「月組」だとわかる


法霖のクラスは上位から「花組」「鳥組」「風組」そして「月組」

純粋な座学等の成績、健康状態など様々な部分がクラス分けの評価点になっているそうだが、一番は家業が重要視されるらしい


うちのお嬢は残念ながら健康優良児で、座学も運動も上位陣に食い込めてはいた

それだけなら十分花組か鳥組を狙えそうだったのだが・・・家業への取り組みがダメダメ過ぎて、あっという間に月組に転落という清々しいぐらいの成績だった


「・・・加菜、中々に上位なところにいるんだな」

「うちのお嬢様、性格と穂積砂雪関係以外は残念じゃないので」

「なんで俺が・・・」

「凄いでしょ、さゆくん!私だって頑張っているんだから!」

「うん。凄い」

「・・・軽いよ、さゆくん」

「だって、その凄さってどういう凄さなのかわからないし・・・」


「そ、そうだよね・・・基準とか全然だよね。でもさ、そろそろ聞かせてほしいな」

「何をだ」

「さゆくんは、なんでここにいるの?」


そうだよな。一度、加菜の誘いを断った手前・・・なんで俺がここにいるのか加菜が聞きたいぐらいだよな

そろそろ話さないと


「雇われたからだよ。この人に、岩滝咲乃様に」

「雇われたって・・・借金はどうなったの?」

「私が利息込みで返済をしました」

「っ・・・」

「その代価で俺はお嬢・・・咲乃様を在学中、使用人として支える契約を結んでいる」

「・・・そう、なんだ」


どうしてそんなに暗い表情をしているのだろうか

あの時も、俺の借金を返せるほどの額を自分で動かせたら・・・なんて言っていたけど


「・・・どうして、うちじゃダメだったの?お父さんもお母さんも、さゆくんならって」

「何度も言うが、借金の出どころがアレだから、水代家に迷惑はかけられないって言っただろう?」

「でも、岩滝様の家にも迷惑を」

「借金は全て私のポケットマネーで返済しています。全て私の独断であり、家に影響はありません」

「今は親が借金をしていた闇金融を営んでいた真純さんの養子にしてもらった。三ヶ月、使用人教育だけじゃなくて、衣食住も用意してもらってな」

「なにそれ・・・おかしいよ、さゆくん。そんな簡単に色々受け入れられるわけ!?」

「まあ、流れに身を任せただけだ。偶然にもお嬢も真純さんもいい人で俺に良くしてくれたし、不便なことは一切ない」

「でもーーーーーーーーーーーー」


これ以上何かいいそうな雰囲気だった中、出港の合図が加菜の声をかき消す

けれどその言葉は、少し離れた位置にいた環と冷泉さんには聞こえていなかったが・・・隣にいた俺にもお嬢と天樹さんにはしっかり聞こえていた


「加菜、それは」

「穂積さん!」

「お嬢」

「・・・いいのです。仕方ないのですから。穂積さんも・・・私が周囲から抱かれている評価が、わかったと思います」

「けど言われっぱなしであんたはいいのかよ!」

「それは・・・」


・・・お嬢は俯きながら俺の腕を引いてくる

ショックな気持ちのほうが強いのに、こうやってまくし立てることはなかったな


「・・・ごめん。気持ちが焦りすぎた」

「・・・お気になさらず」

「環、今はもうつまらないのです。咲乃と一緒に壁際にいくのです。砂雪」

「は、はい。じゃあ、加菜。また会うことがあれば・・・」

「・・・うん」


少し早足気味の天樹さんと、それについていく環

そしてずっと落ち込んだままのお嬢の背中を押しながら、俺達は天樹さんがいる壁際の方へ向かう


「・・・なんで落ち込むの。事実なのに」


遠くで俺たちの背中を見守る加菜と、後ろで申し訳無さそうに頭を下げる冷泉さん

交流会スタート前、不穏な空気を背負いながら

船は、銀花へと進みだした

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