2:バイト使用人、他の主従と出会う

「・・・いばっ、お嬢様!」

「あー、環。遅いのです。こちらなのです。お二人を見つけたのです!」

「・・・まったく、一人で進まないでください」


彼女の後を追ってやってきた燕尾服を着た亜麻色の髪を持つ少年は、俺とお嬢を一瞥した後、お嬢の方に頭を下げる

俺には、軽く


・・・うん。真純さんの言うとおり

俺の新しい父親に、身元引受人に、師匠になってくれた彼に教えられたことが今、目の前で繰り広げられている

なるほど。所作は大事。気を抜かないようにしないとな


それから彼は間に入っていた金髪の女の子の手を引いて、俺達の正面に立たせる

そして自分は数歩後ろに下がり、従者としての定位置に収まる


「こんにちは、なのですよ〜」

「申し訳ございません。当家の茨お嬢様が」

「お気になさらず。ええっと、お二人は」

「申し遅れたのです。私は天樹茨あまぎいばら。隣にいるのは鉢田環はちだたまき。私と一緒に法霖に行くお世話係なのです!」

「わ、私は岩滝咲乃と申します。こちらは穂積砂雪。私の付き人です」

「ふむ。ふむなのです。咲乃と砂雪。よろしくなのです」

「こ、こちらこそ・・・」


距離感の近すぎる天樹さんにグイグイ寄られるお嬢

まさかこんなに早くお嬢にお友達が出来るとは・・・よかったな、お嬢


「さぁ、咲乃。私と遊ぶのです」

「え、ええ!もちろんです。何をされますか?」

「海を出港まで眺めるのです。船が動くところもしっかり見るのです」

「・・・乗り遅れちゃいますよ?」

「じゃあ、出港三十分前まで見るのです。その間、互いのことをお話するのです。私はお話が大好きなのです」

「なるほど。では何から話しましょう」


「お嬢、近くにベンチがあったろ?そこで話してきたら?」

「そうですね。ありがとうございます、穂積さん。ではそちらへ行きましょうか、天樹様」

「茨でいいのですよ?」


そこからお嬢と天樹さんは、近くのベンチに移動して互いに談笑を始めていく

基本的に天樹さんが用意してくれる話題に、お嬢が困惑しながらも話を広げていく感じ

けど、きちんと彼女たちは交流ができているようだった


「・・・」

「・・・」


後ろで控えている鉢田さんを軽く見ておく

ここは俺も交流を深めておくべきか

真純さんから聞いてはいたが、法霖は男性がいたとしても大体が年配な方らしい

偶然だけど、俺としても同世代の従者と出会えたこの縁は大事にしたいところなのだ


「・・・あのー」

「・・・すみません。うちのお嬢様が」

「何度も謝らなくていいです。気にしないでください。むしろありがとうございます」

「なぜです?」

「・・・入学前に御学友ができたところですかね?」

「それは、言えていますね。同じ立場のご友人がいるだけで心強いと思います。この学校、ただでさえ特殊ですから」

「確かに、言えていますね」


事前情報は出来る限り詰め込まれた

・・・真純さんの雇い主である人物・・・その妹さんが在籍されていた時代のことも、夢に出るほど聞かされた

話を聞く限り、お嬢も俺も「協力者ゆうじん」を手に入れておくべきだと考える


向こうも同じだ

けど、そういう策略抜きで友達っていう存在を作りたいのも俺の本心だ

今まで、同世代の知り合いはいても、友達らしい友達はいなかったから

彼が、それになってくれるかはわからないけど・・・お嬢も頑張っているんだ。俺も俺なりに頑張ってみよう


「鉢田さんって、使用人歴長いんですか?」

「産まれたときからですよ。鉢田は代々天樹の使用人として仕えるのが習わしなので。穂積さんは?」

「俺は・・・実は三ヶ月の雇われでして」

「三ヶ月」

「はい。色々事情があって、お嬢様に拾ってもらったんです。珍しい側なんですかね、こういうの」

「いえいえ。どういう境遇であれ、立場は同じなのですから。これからよろしくして頂けると。どうやら、茨様と岩滝様は同じクラスのようですから」

「こちらこそ、よろしくお願いします。え?同じクラス?」


まだクラスは発表されていないはずだ

ただ、それを示す材料は既に制服に仕込まれている・・・と制服が入っていた箱の中に案内が入っていたのは知っているが・・・なぜ彼は二人が同じクラスだとわかったのだろう


「どこでわかったんですか?」

「リボンの模様。二人共「月」でしょう?」

「ああ。あれ、校章じゃなくてクラスを示していたんですね」

「ええ。法霖は月が校章に入っているから間違いやすいんですよね。俺も最初間違いました・・・しかし、不思議ですよね」

「何がですか?」


「法霖の「霖」って、長く続く雨という意味があるんですよ。法がつくと・・・」

「雨が長く続く決まり、的な感じの意味合いになりますね」

「はい。不思議な名前ですよね。でも、校章は雨が止んで月が見えている様子。製作者の意図が知りたいです」


目をキラキラさせながら語る鉢田さん

こういうのが好きなのだろうか。もちろん、彼が仕えている御主人様も

次はその芸術って奴の話にしたほうがいいかもな。難しい話を続けられるかはわからないけど・・・


「芸術・・・ってやつですかね」

「そうですね。特にこの校章は当家の先々代当主様が書かれた物。天樹に携わる人間としては興味があります」

「へぇ・・・じゃあ、天樹家は芸術関係の?」

「ええ。芸術一家なんです・・・世話、大変ですよ。すぐに壁を名画にしだすから、壁がいくらあっても足りない・・・」


・・・この世界に足を踏み入れて三ヶ月

随分慣れたと思ったが、まだまだ知らない世界はあるらしい

なんだその壁が名画とかいうとんでもワード。意味わかんねえよ


「大変ですね・・・」

「本当ですよ・・・」


互いに困った顔を見合わせて、軽く笑い合う


「やっぱりこの仕事、振り回されるのが当たり前だったり?」

「うちが特別なだけですよ。岩滝様は普通そうで羨ましい・・・」

「いやいやうちのお嬢も手がかかるんですよ。しかも食べざかりで」

「いやいやうちの茨の方が」


親バカな父親が自分の娘の自慢をするように、俺達は互いに仕えている少女たちの話をしていく

しかし内容はお互いに苦労話

たった三ヶ月だが、うちのお嬢の突拍子もない行動には何度も振り回された


「作法練習の最中にいきなり部屋に入り込んできて「お昼ご飯ください!」って。主人の命令だから逆らえなくてさぁ・・・昼ごはん作るけど」

「あー・・・それめちゃくちゃ困るやつだ。こっちの都合、全然考えないんだよな。うちもよくあって。あ、でも流石に、部屋の壁をキャンパスにされたことはないだろ」

「それは流石に・・・あ、でも絵次第ではまぁ多少はって部分があるような気がする。花とかさ」

「タイトルは「見つめる」・・・人の目でびっしりなんだ。四六時中見つめられる地獄が体験できる素敵な一室に仕上がってるよ」

「最悪すぎね?それ」

「だろ?悪趣味すぎだから、壁を白塗りしようとしたんだけどさ・・・メイド長をしてる婆ちゃんに怒られてさ。天樹家から頂いた作品を壊す真似をするな!って。その前に孫の精神が壊れるっての・・・」

「こういう時、一家が使用人って大変そうだ・・・」

「大変どころの話じゃないって・・・」


気がつけば口調も砕けて、ごく普通の友達のように話していた

それに気がつくのは、出港三十分前に鳴るよう仕掛けたアラームの音


「仕掛けていたのか?」

「ああ。時間にはしっかりする。基本中の基本だ」

「ああ。そうだな」

「お嬢、そろそろ時間だから」

「茨も」

「はいなのですよー。行きましょ、咲乃」

「はい、茨」


互いの主人を呼ぶと、こちらもまた打ち解けていたようで仲良く手をつないで、俺たちのところに来てくれる


「・・・幼稚園児のお迎えに来た父親の気分ってこんななんだろうな」

「・・・なんかわかるの嫌だな」

「穂積さん?ごめんね、茨。うちの穂積さんが・・・」

「いいのですよ。砂雪、私や環が言わないような面白いこと言うので、これからもたくさん聞きたいのです」

「面白い、ですかね・・・」

「少なくとも、俗世を知らないような方々には受けるんじゃないか、庶民トーク」

「じゃあ環も行けるな」

「流石に俺もバッタは食わねぇから。砂雪ほど面白い話はできないなぁ」


からかうところそこかよ。確かに自分でもどうかと思うけどさ

しかもこんなお嬢様だらけの環境でそんな食虫の話をしたら引かれるどころかぶたれるぞ

こんな話で笑いを取れるとしたら・・・そんなお嬢様の隣にいる年配の執事さんたちぐらいだろうな


「砂雪、バッタは食べられるのですか?」

「普通は食べるものじゃないですよ、天樹様」

「普通の食事に当てはめたら?」

「この話やめません?」


バッタに興味津々な天樹様を避けつつ、俺達は港の方へ歩いていく


「砂雪」

「どうした、環」

「改めて、よろしく頼むよ」

「こちらこそ。てかなんで今挨拶?」

「今しておかないと、忘れてしまいそうだから?」

「なんだよそれ。どうせ後で会うだろ」

「会うだろうけど・・・余裕があるかわからないだろ」

「ああ。確かに言われてみれば」


これからお嬢たちは最初の行事である交流会へ参加する

もちろん俺たちも一緒に参加か、裏で何かがあるかもしれない

知らされていないのでわからない話だ。余裕があるかもどうかわからない

その前に、よろしくと言ってくれた彼とは、きちんと友達らしくなれたようだ

もちろん、隣のお嬢も同じように・・・初めての友達という存在を手に入れた


少し成長を果たした俺達は、船の前で待つ受付に入学案内を見せて、船に乗り込もうとする

そんな中、同じく港にやってきた一組が、小さくその名前を呼ぶ


「・・・さゆくん?」

「ん?」


こんな場所で俺を「さゆくん」と呼ぶ人物はいないと思っていた

バタバタしてすっかり忘れていたが・・・話を思い返せば彼女も今年の春から法霖に行くと言っていた

俺に、ついて来てほしいとも

だから、彼女がここにいてもおかしくはないのだ


「・・・加菜?」

「・・・どうして、こんなところに。それにその子は一体」


薄紫色の髪を持つメイドさんと一緒に俺達の前に現れた水代加菜

鳥の刺繍が施されたネクタイを揺らした彼女と俺は、思いもよらないところで三ヶ月ぶりの再会を果たした

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