1:バイト使用人と港のひととき

三月二十九日の昼間

俺とお嬢は指定された港へとやってきていた


大きな門の先へは、入学案内を提示することで進むことが出来る

厳重な警備を抜けた先には・・・


「・・・あのさ、お嬢」

「なんですか、穂積さん」

「これで移動するの?」

「みたい、ですね・・・」


お嬢も若干引いた声を出してしまうほど、俺達の目の前にある「それ」は予想を遥かに上回った船


例えるならザベス号

俺でも知っている豪華客船の名前が出てくるような感じの船が、目の前に停泊していた


「たったの三時間、だったよな」

「ええ。本来の定期連絡船での移動は三時間だと聞いています」

「たったそれだけの距離をこれで移動するの・・・?」

「・・・その三時間を伸ばしに伸ばして一日。そこで行われる交流会こそ、私達が法霖の生徒として初めて行う行事となります」

「知り合いに挨拶ってだけじゃないよね。人脈を広げる目的もありそうだ」

「同時に派閥を作るという目的もありますね。最も、私は中学時代から友達らしい友達がいませんでしたが・・・」

「家のことで?」

「ええ」


殺し屋の子供と友達になりたいか

それを問われれば、その本人の人格次第と答えるが・・・親はそうではないだろう

中学時代も、遡れば小学生時代も・・・気を許せる友達とかいなかったんだろうな


「お嬢、苦労してるね」

「穂積さんほどではないですよ」

「苦労の比較はいらないから・・・で、これからどうする?もう船には乗れるっぽいけどさ」


「・・・もう少し、周囲を見て回りませんか?」

「いいよ。でも大丈夫?疲れてない?」

「実は、船に乗るのはもちろんですが、海に来るのも初めてなんです。だから、もう少し港での海を見てみたいな、と」

「いいよ。時間と荷物は俺が見とくから、お嬢は気兼ねなく。あっちの方は人少ないし、そっちに行く?ゆっくり見れるだろうし」

「はい!では穂積さん、行きましょう!」

「はいはい」


お嬢はこうやって、気を許せる友達とかいなかったんだろうなぁ

けど、この学生生活を通して・・・そんな友達が彼女にもできたらなと思う

同時に俺も、使用人としてだけど気を許せる存在になれたらなと思いながら、俺は彼女の後ろをついて行った


「環。環。面白そうな子を見つけちゃったのですよ。私、あの子とお話してみたいのですよ」

「・・・お嬢様、おとなしくしてください」

「ついていくのです!」

「あっ・・・ったく。走るな、茨!」


そんな俺達を見つけた彼女たちもまた、同じ道を進んでいく


・・


港から少し離れた場所で、俺たちはのんびり海を見ていた


「潮風が気持ち良いですねー」

「だなー」


磯の匂いを運ぶ風は、春の風

少し暖かいそれを、ゆっくり息を吸い込んで取り込み、吐きだす

深呼吸をして、少しだけ心を落ち着かせた俺達は互いに顔を見合わせて、笑い合う


「なんか、春の味がします」

「なんだよそれ」

「新鮮な味・・・ですかね?」

「言った本人が疑問形って」

「だって、上手くわからないので・・・こういうのは、雰囲気でいいと思うのです」

「まあ、そうかもな」


こうしてゆっくりしたのはいつ以来だろうか、なんてのんびり考えつつ俺はもう一度「春の味」がする空気を吸い込んだ

確かに、新鮮な味かも

でも、ここだと磯の味が強いかな・・・


「穂積さん、ここに来て聞くのもなんですが・・・生活には慣れましたか?」

「ああ。真純さんが色々と良くしてくれてな。仕事着も用意してくれて、本当に世話になりっぱなしだ」


真新しいスーツをパタパタと広げながら、ちょっとだけ自慢してみる

こんな上等な服、初めて着たから。なんか嬉しくて見せびらかしたい


「砂雪さんは思いっきり世話になっていていいのですよ。なんせ、真純さんは砂雪さんのお父さんなんですから」


俺は借金を返済した後、自宅からお嬢と真純さんが担当してくれる使用人教育を受けようとしていたのだが・・・流石に事故現場に住み続けるのはおかしいと二人に言われて、真純さんの厚意で彼の家に居候することになった

それからなんだかんだあって、いつの間にか俺は真純さんの養子に、息子になっていた

自分でも何を言っているかわからないが、まあそういうことだ


お嬢いわく、俺はまだ未成年だし、身元引受人がいるべきだろうという判断だったそうなのだが・・・気がつけば変な感じに進んでいたらしい

まあ、真純さんはなんだかんだでいい人だし・・・悪い気はしないけど


「でも他人じゃん」

「戸籍上は親子ですよ」

「でも、俺は息子らしいこと」

「・・・家のこと全部されているとお伺いましたよ。これからが楽しみです」

「それは・・・昔からの癖で。それに家政夫のバイトしてたって言ったろ。真純さんには世話になりっぱなしだから、俺に出来ることで恩を返したいなって。それだけなんだよ」

「それだけであのレベルの家事をされたら、真純さんが穂積さんを欲しがっちゃいます。自分の職場に、社宅に連れて行こうとするのだけは阻止しなければ・・・」


またまた。そんな訳無いだろ

家事だって、普通の家庭でやる水準程度だ。特別なことはなにもない

それなのに、二人は俺が特別なことをしたみたいに喜んで、褒めてきて・・・

嬉しいけど恥ずかしくて、照れくさいのだ


「でもよかった。真純さんと上手くやっていて」

「まあ、そうだな。でも真純さん仕事の訓練の時にはめちゃくちゃ厳しかったんだぜ。そんな体たらくじゃ法霖で生き残れんわぼけぇ!って何回も言われた」

「苦労をさせますね」

「いや。それが俺の仕事だからさ」


でも、真純さんのおかげで俺は使用人としてはまだまだすぎるけど、初歩を一通りはこなせるようになったと思う

・・・法霖できちんと通用してくれればいいのだが


「まあ、俺はそれなりに。お嬢は?」

「私ですか?」

「準備はいい?」

「万全、ですが・・・やはり不安はありますよ」

「だろうね」

「でも、私はわたしに出来ることを頑張ります」

「俺も、俺なりに出来ることを頑張るよ」


頑張る、という言葉は意外と軽く出てくる

けど、その道程はかなり険しくて何度も挫折してしまう時があるだろう

止まってしまうことも、あるかもしれないけど・・・

それでも俺たちは卒業を目指して頑張らないといけない

そうしないと、お嬢に待つのは家からの追放・・・どころではなく、家からの「絶縁」

出来損ない故の追放とかそういう可愛げのあるものじゃない


岩滝家の絶縁は「家系図から」の「絶縁」

つまり、家系図からの永久追放・・・存在はもちろん。生きていた記録も、形跡も消されるのが岩滝家の絶縁だ


そして、うちのお嬢はこの法霖を無事に卒業できなければ、絶縁が待っている崖っぷちの状態だったりするから

この三年間、死ぬ気で駆け抜けなければいけない


「暗い話になりましたね」

「そうだね」


暗い話だけど、これが現実

俺に出来るのは、こんな状況に置かれている彼女を支えるだけだ

頑張ろう。俺なりに。彼女に雇われた二千万以上の働きをして、無事に卒業させよう

それが俺に出来る彼女への報い方だと思うから


「話を変えましょう。穂積さんは、海に来たことありますか?」

「海の家のバイトで何回か」

「・・・遊びに来たことはないのですね」

「遊びねぇ・・・潮干狩りはカウントしてもらえる感じ?」

「・・・本日の食料調達ですね」


「じゃあ、ダイビング。何回かしたことあるよ」

「それ、銛とか持っていませんか?」

「流石に持ってないよ。カギノミは持っていたけどね」

「それは海人あまではないですか・・・?」

「ああ。素潜りはかなり出来るぞ」

「潜水時間長そうですもんね・・・」

「海の中は綺麗なのです?」

「ああ。めちゃくちゃ・・・誰?」


気がつけば俺たちの間にいた、足元近くまであるふわふわくせっ毛だらけの女の子

日向にその金色は優しく照らされる

手に持っているのはスケッチブックみたいだな


それに、身につけている服はお嬢と同じ法霖の制服

お条と同じ新入生と思わしき少女は、ぼんやりとした目を俺とお嬢へ交互に向けつつ・・・

そのエメラルドみたいなキラキラした目を細めて、小さく笑った

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