一年生・卯月の章「銀花咲く花園の乙女達」
0:十市真純と親心
一足早く、僕は銀花島へと到着した
正直行きたくないっつうのが本音やけど、逆らったら恩師と後輩の顔を潰すし
なんなら僕のご主人様に怒られてしまうからな
「・・・遂にきちゃったなぁ」
専用の船に乗ってたどり着いたのがここ、銀花島
たった一つの女子校しか存在しないこの島
親戚の高嶺ちゃんは三年生になって、咲乃ちゃんはこの春から入学をすることになっている
それに高嶺ちゃんは今学院で「一番」な場所にいるらしい
自分の高校時代とは完全に真逆。乙女しかいない花園で完全アウェイな状況で仕事をすることはなさそうだ
高嶺ちゃんと身内ってだけで、大体の人が警戒を解いてくれるやろうし
「よぉ、真純」
「ああ、虎徹クン。もう到着しとったんやね」
港で待ち合わせをしていた僕の主人「
「まあな。てかお前がいない間、俺がカリキュラムの調整進めておいたんだけどな・・・ま、今回は助っ人もいるから、スムーズにいったけど」
「助っ人?一馬クン?」
「あの人ここに来たら死ぬだろ。船酔いしてゲロ吐く程度で済むとは思わん。吐瀉物に血が混ざってても驚かねえよ」
「やねぇ・・・じゃあ・・・」
もう一人、僕を推薦した彼やろかと聞こうとした瞬間、彼は港へやってくる
「・・・お久しぶりです、真純先輩」
「うぉ・・・覚クンか。見ない内に・・・厨二病こじらせたんか?」
「眼帯つけてるだけで厨二病扱いしないでくれます・・・?」
しばらく会っていなかったが、年賀状のやり取りはしていたので動向は知っていた
「色々あって右目が潰れた話、しましたよね。だから眼帯を」
「もう四十超えたし、子供もおるんやから、もうちょっと落ち着かんと嫁さんと子供さんが泣くで?」
「だから厨二病扱いするなよ。話聞けって・・・ったく」
あーもー、この子反応がいいからからかうとめちゃくちゃ楽しいんよな
「それで、覚クンは仕事と家をほっぽってなんでここに」
「そりゃあ、一応俺が真純先輩と虎徹先輩をここに紹介したわけですし、仲介した一馬先輩がここにこれないんですから、俺が代表で理事長に挨拶とかしないと」
なるほど。彼は僕らがやれない事務仕事を担当してくれとるわけやな
「・・・しかし覚クン。なんで僕らやったん?」
「なぜって?」
「僕ら、自分でも大きな声で言えん職種な人間や。確かにここにいる生徒の一部とは繋がりが多少存在するし、身内も何人か在籍しとる。だけど君らのことや。そんな程度で僕らをこんなところに送り込んだりはせんやろ。一体何を企んどる」
「・・・一馬先輩から、二人には理事長の目的を探ってほしいと言伝を預かっています。俺も詳細を聞かされていないのでどういうことかわかりませんが」
「少なくとも、俺と真純が担当することになる新カリキュラム「ノーブル」を含めて、今の法霖はどこかおかしい。うちの妹が通っていた時は、こんなやばい事にはなっていなかった」
「とりあえず何をしたらいいかわからんやったけど目的は理解したわ。しかし、新カリキュラムの導入理由、そして理事長の目的を探って・・・一馬クンには何のメリットがあるん?」
「それは俺も聞かされていませんから、本人に聞いてください」
なんと。面倒やな
まあ、一馬クンと覚クンは業務的な付き合いしかない。どちらかと言えば仲はあまりよろしくない関係性や
共通で仲がいい夏彦クンを置かないと、会話もほとんどないんやろうな
言うならば、友達の友達みたいな関係性
それが九重一馬と巳芳覚の関係性を例えるのにふさわしい言葉やと僕は思う
まあ、そんな間柄の二人。夏彦クン相手ならともかく、やはり必要以上の会話はしていないらしい
最低限しか情報は共有してないようだ
「まあ、とにかく・・・・俺は家の繋がりで理事長から新カリキュラムの担当官に相応しい存在を用意してほしいと声をかけられただけなんです」
「なるほどな」
「「ノーブル」が求める条件に二人が当てはまると思ったので推薦しただけです。一馬先輩の目的も、理事長の目的も俺には知らない話です。てかどうでもいい」
覚クンは「早く帰りたい」と言わんばかりの表情を浮かべて、移動を開始する
僕と虎徹君は彼の後ろをのんびりついていきながら、こそこそと今後の相談を始めた
「しかし虎徹クン。ノーブルって一体何なんや」
「さあな。少なくとも生徒が一対一で行う戦いってか試験?みたいだけど・・・それ以外の情報が無いんだよな」
「でもでも、このノーブル、互いに大事な物を賭けて戦うんやろ」
しかも賭けるものは「等しく」なければならない
その賭ける物事の価値が同じでないと賭けは成立しないらしい
「・・・最悪、ここにおる子たちは最上級の価値として「退学」を賭けて戦うんやろ?」
「退学の重さが違う。ここで退学になった令嬢の殆どはよくて家から幽閉されて、こっそりどこかの金持ちと結婚させられたり・・・最悪、実家からの追放だ」
「・・・今、令和やのに昭和みたいなことしとるやんな」
「俺たちが知らない金持ちの世界はそうなんじゃねえの。そこはどうよ、覚」
「さあ。うちは男所帯だったので。女の子がいる家庭は・・・そういう部分もあるんじゃないですかね」
そんな家庭の女の子がごぞってここに集っているかもしれない・・・か
まあ、この法霖学院っていうのは島という土地柄・・・そう簡単に不審者が侵入することもない
同時に、外の世界に送り出した娘を外部の男と引き合わせることもない
ここは花園であり、同時に牢獄
一番重要な時に、令嬢として「商品価値」を最高レベルまで高める場所ともいえるやろな
「・・・同伴する使用人もほとんどがメイドさんやもんな。執事なんてそうそうおらへん」
「いてもいかにも執事な年配の方ばかりだ。若いやつなんてほとんどいない」
確かに、島内を見渡せば制服を着た若い子と、その隣を歩く様々な衣装のメイドさんたち
執事と思われる若い子は数人いるけれど、大体がいたとしても僕らより年上そうな男性ばかりやった
「こんな環境で砂雪クン、大丈夫やろか・・・お友達、できるやろか・・・」
「・・・誰」
「今年の頭から面倒見とる男の子でなぁ。色々あって今年の春からここに使用人として通うんや。親戚の咲乃ちゃんに雇われた後、彼は僕の家で面倒を見てなぁ」
「真純先輩が面倒を見るって珍しいですね」
「入学まで両親が死んだ現場に住もうとしとったからな。流石に止めた。家を引き払わせた後、僕の家で使用人教育を施したんよ。僕、一応これでも」
「俺の執事だからな」
「そういうこと。レベルはともかく、一通りできるから。無知の状態で放り込まれるよりは多少マシって程度やけど・・・」
「けど?」
「内緒や。カリキュラムの中で、虎徹クンは砂雪クンを見る機会があると思うしな」
虎徹クンには言わんとこ。彼、めちゃくちゃ物覚えがいい
おかげで説明は一回で済むし、直したところがいいと思うような細かい所の調整指示だって次には反映させてくる
数多のバイトをこなして、仕事を覚えてきたからか
その経験はしっかり彼の中で生きてくれとった
だからこそ楽ができて
だからこそ同時に咲乃ちゃんが絶対できへんことを知り合い総出で仕込んだりと、当初の予定以上に彼に色々と教え込んてしまったけど・・・
まあ、彼なら上手く活用してくれるやろ
「なら聞かないでおいてやる。楽しみにしとくよ、お前の弟子」
「弟子ちゃうよ。彼は、僕の息子なんや・・・」
「は?」
「マジかよ・・・真純先輩、十六歳の息子ができちゃったんすか」
「そういうことや・・・」
咲乃ちゃんの頼みで、彼の身元引受人を引き受けたのは記憶に新しい
砂雪クンはなんだかんだで僕の息子になってしまった
未婚やのに僕は十六歳の息子ができちゃったわけなんや
結婚する予定とか一切ないけど、なんかな。なんとなく心境が複雑すぎてなぁ
でも苗字は変えとらんよ。本当なら変わっとったけど・・・
そこは手続きをして、彼は穂積のままで今も過ごしてもらっている
「凄いっすね。親戚の頼みとはいえ養子にするなんて」
「まあ、そこは僕も思った。けど、姪っ子の咲乃ちゃんはな・・・家での立場があんまり良くなくてな・・・親に我儘とか絶対にいわんの」
それに彼女は自分で何でもやろうとする
誰かに頼ることなんて、僕が知る限り覚えがない
「だから、お願いされた時は嬉しかったんや。あの子が僕にお願いしてくれたのは、これが初めてやから。叔父さん、頑張って聞いちゃうで?」
「でも、流石にその日連れてきた出会ったばかりの男を養子にしてくれっていうのは斜め上じゃね?」
「・・・まあ、うん。それは思ったで。複雑さはあるけど、砂雪クンええ子やから、そこまで苦労はしてないし。なんなら」
「なんなら、なんです?」
「滞っとった家のこと全部してもらってな・・・法霖なんていかず、咲乃ちゃんの面倒なんて見ず、ずっとうちにいてほしい。なんなら今も僕の社宅に来てほしいぐらいなんよね。仕事のサポートしてほしい」
「姪っ子が連れてきた男を息子にして」
「挙げ句の果てにはダメ人間にされてたのか・・・真純先輩」
そう、何もかも砂雪クンに面倒された僕は家の中に誰かがいて、誰かが全部面倒見てくれる快適さを知ってしまったのだ
「家政夫バイトの経験、長かったみたいで家事のレベル高いんよ・・・」
「うちの大叔母様みたいですね、その養子・・・」
「うんうん。例えるならそんな感じやね。今日の昼に着くらしいし、覚クン見ていく?」
「いや、俺は朝の定期便で帰るので・・・残念ながらまたの機会にですね」
「お前は本当に挨拶に来ただけなんだな」
「むしろそれ以外にやることありませんよ。そろそろ復職しないと東里からクビにされる」
「そういえば、東里クンと言えば、会社がここの制服開発に携わっとるんやろ?なんか法霖関係で聞いとる?」
「東里は最近社長室に籠もってるから・・・でも、夏彦なら経費的なことで、後輩が性能関係で少々」
「何言ってたんだ?」
「今年からリニューアルされる制服、生地が最高級なのは当然として、そこから防弾加工を施さないといけなかったらしく・・・かなり大変だったみたいです。法霖側から予算が提供されているとは言え、かなり高度な技術を施しているとか何やらで、かなりの額が動いてるっぽいです」
なんで制服に防弾加工なんや・・・ここ島なのに
スナイプされることもないやろ。近づくならヘリか船。向こうが撃つ前に銀花が誇る高度な防衛システムが全部撃沈するやろうし・・・
・・・しかし今年からそういう設計って言う部分が引っかかる
ノーブル関係での改修やろうか
「で、実際に着用してテストをした後輩はここの制服を「制服型の防具」と例えました。動きやすさ等、普通の制服と何ら変わりないけど・・・そう簡単に傷をつけることはできないそうです。あと燃えないらしいですよ」
「燃えないって・・・処分する時はどうすんだよ」
「そこは企業秘密。でもその処分方法以外、基本的にその制服には弱点がないらしいです。そう簡単に破けないらしいですし」
「・・・どんなことを想定して作ってるんだよ」
「もしかしなくても、新カリキュラムって相当やばいんやない?」
「「・・・」」
自分で言ってなんやけど、それ以外の理由が見当たらない
虎徹クンと僕は二人で顔を見合わせる
僕ら、もしかしなくてもとんでもないところに来てしまったんやない?
「虎徹クン」
「なんだ」
「ちゃんとチャカは持ってきた?」
「いつも持っている。お前は?」
「言わなくてもわかっとるやろ〜?」
「真純」
「なんや?」
「帰ったら、酒飲みに行こうな」
「あはは、虎徹クン。生きて帰れたらが抜けとるで」
「・・・なんかすみません」
「気にすんな。こういう場所だからこそ俺たちだろ。慣れている。気にするな」
「ええよ。僕らはどうにかなる。なんなら、そうやね・・・」
できたばかりの息子と、可愛い姪っ子を近くで見守れる
なんなら「もしも」があった時にきちんと守れる・・・贔屓かもしれんけどね
だからこの立場は、今の僕には丁度いい
「・・・親戚はともかく。たったの三ヶ月だけど、わりと情は湧いとるらしい」
「どうした?」
「なんでもない。さ、お仕事の準備をしに行こう、虎徹クン。なにするかわからんけど」
仕事柄「人でなし」と言われることが多すぎて忘れかけとった人の心、僕の中にまだ残っとるらしい
こうして僕らの法霖勤務、その一日目が始まっていく
新カリキュラム、新制服・・・色々と不安なことが待ち受けているこの場所で
高嶺ちゃんはともかく「武器」を握れない彼女は生き残れるのだろうか
それは僕にも
そして今、銀花島行きの定期船に乗ろうとしている咲乃ちゃんと砂雪クンにもわからないお話
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