序章6:岩滝家の落ちこぼれ

小切手に金額を記入して、借金返済を改めて口頭で伝えられる

しかしあくまでもそれは十市ファイナンスへの借金返済だ

これからは、それを立て替えてくれた岩滝さんに対して、その金額に見合った労働をすることになる


「まあ、なんや。とりあえず借金返済おめでとう」

「ありがとうございます」

「まあ、これから色々と大変やろうけど頑張ってな」

「は、はい・・・」


なんだろう。ついさっきまで借金をしていた相手に言われるような言葉じゃないような気がする

彼自身もこの仕事をやって長そうだが、こういう状況は初めてではないかと思う

当事者たちが困惑する横で、関係ないという感じの表情で、岩滝さんは穏やかに紅茶を飲んでいた


「と、とりあえず。そうやね。自己紹介がまだやったね。君の親が借金しとった困った時の十市ファイナンス!所長の十市真純といちますみや。気軽にますみんと呼んでくれな」

「・・・いや、そんな気軽に呼べませんよ。十市さん」

「つれんなぁ。ま、そういう謙虚さも可愛いと思うで」

「あ、ありがとうございます・・・?」


「穂積さん。真純さんは私の母の弟にあたります。私からみたら叔父ですね」

「僕からみたら、咲乃ちゃんは姪っ子なんや。ま、そういう間柄やから親戚付き合いもあってな。距離感近くでびっくりしたやろ」

「ええ」


驚くどころか腰抜けそうになったよ・・・

でも、こんな人と親戚だなんて、岩滝さんの家って、もしかしなくてもちょっとやばい感じのなのか?

下手に関わっちゃいけないような存在に関わってしまったのかもしれない


「僕の家は、代々立宮っていう危ない家の側近として立ち回っとる家なんや。ここも僕が運営しとったとはいえ、親は立宮だったりするんやで」

「へ、へぇ・・・い、岩滝さんもそんなご家庭で?」

「いえいえ。私の家はこんな怖いところでは」

「代々ヒットマンなんや」

「ひっとまん・・・?」


なにそれ。ヒットってことは当たるってことだよな

岩滝さんは当たり屋かなにかなのか

危ないからそんなのを一家でやるなよ。車の運転手さんも可哀想だろ

はっ・・・まさかそんなことで小銭を稼ぎ続けてお金持ちに!?


「なんか勘違いしてそうやな、穂積クン。ここまでアホな子は久々に見たわ」

「いいいい岩滝さん、当たり屋は運転手さんに迷惑ですよ」

「我が家はそんな些細な慰謝料目当ての悪事なんかしてません・・・」

「ヒットを日本語訳するまではできとるけど、なんか斜め上やなぁ・・・ヒットマン・・・まあ、ざっくり言えば殺し屋やんな」

「ころしや」

「そう。殺し屋。流石に日本語に変換したらわかるやろ?」


殺し屋、と言われてもピンとこない

そういうのはドラマの話じゃないのか?現実の話じゃないと思うんだが?

理解が追いつかない


「だ、大丈夫かいな、穂積クン」

「ええ、と、とりあえず岩滝さんのお家がどういう家なのか理解できたと思います。現実味は、ないですけど」

「その反応が妥当でしょうね・・・私も実感が湧きませんから」


紅茶が入ったカップをじっと眺めた彼女の目はどこか遠くに向けられていた

湯気がもう出ないほど冷めた紅茶に映る自分を見て、諦めきっているような、そんな物寂しさも混ざっているように感じる


「穂積さんにはそろそろきちんと詳細を話さないとですよね。私が穂積さんを雇うことになった経緯。そして私の現状。そして三年間、貴方に何をしてもらいたいのか」

「お願いします」

「・・・真純さんの言う通り。岩滝家は江戸時代より代々要人に雇われ、殺しを仕事とする「裏の調整役」として機能し続けています」

「・・・」

「その報酬で得たお金で会社を設立し、岩滝は今警備会社として表の顔を得ています。しかし時代が移り変わろうとも裏の仕事は今も続いています」


カップを机の上に置いた彼女は、膝の上に両手を置く

優雅で気品のある振る舞いだが、手の震えは隠しきれていなかった


「・・・私と姉も、後継ぎでありその教育を幼少期から受けていきました。しかし私は、後継ぎとしての仕事を一度も果たしたことがないのです」

「仕事ってことは・・・殺しの仕事を?」

「・・・」


岩滝さんは無言で頷いた

人を殺すのなんてダメなことだろ

けど、彼女たちの家はそれが昔からの仕事になっていて

なんなら、要人からの依頼ってことは存在を知る存在から丁重に隠されているだろう

岩滝家は、岩滝警備会社は・・・実は裏では殺し屋をしているなんて


「私はどうしても、人を殺せません。それだけではなくて、傷つけることも、武器を手に取ることすらできないのです」

「・・・普通はそれが当たり前。ここは気にしなくていいんじゃないのって言いたいですよ。でも、岩滝さんの家ではそうはいかないんですよね」

「はい。殺しどころか武器すら握れない。日常の中に存在する刃物類ですら握れない私は岩滝家の落ちこぼれと言われています」

「・・・ハサミとかも?」

「はい。包丁も握れませんから・・・あ、でもプラスチックでできたものは握れますし、きちんと扱えますよ」


・・・人を傷つける道具が、握れないか

不思議な欠点だ。聞いたことがない。でも、そういうこともあるのだろう

その特殊な拒絶反応は彼女の生活に影響を与えており、同時に彼女が家で浮く原因にもなっているようだ


「先にお伝えしておきますが、穂積さんには私の代わりに仕事をしろなんて言いません。そこは安心してください」

「では、なんで俺を?俺に、何をさせるために雇ったんですか?」

「貴方にやっていただきたいのは私の使用人。私がこの春から通うことになっている法霖では使用人を一人、必ず側に置かないといけないのです」

「・・・けど、家の中で落ちこぼれ扱いされている岩滝さんには、誰も付いてこなかった」


痛いところを付いた気がするが、それが事実だ

岩滝さんも無言で頷いてくれる


「そのとおりです。だから外から応募を募った。破格の条件を提示して、私と三年間を一緒に過ごしてくれる存在を探して、貴方を見つけました」

「使用人ってことは、身の回りの世話とかもするんでしょう?そういうのって、女性がいいのでは?岩滝さんも気まずいですよね」

「い、いえ・・・姉を含め、普通の家では着替えまで使用人に手伝ってもらうというのが多いのですが、私は小さい頃から全部一人でやってきましたから。身の回りの世話は自分でやります」


「・・・」

「ほぉ、穂積クン、残念そうやなぁ」

「あ、いえ。別に下心とかないんです。ただ・・・大変だっただろうなと思って」


岩滝さんの「小さい頃から」が具体的にどこからなのかは俺にはわからない

けれど、小さい頃に一人で着替えをしたり、身の回りの世話を大人の手を借りずにすることはとても大変だった

自分自身の体験があるからわかる

何度も失敗して、けど誰も助けてくれない経験は今でもしっかりここにある


「お優しいですね、穂積さん」

「別に。小さい頃、俺もよく一人で色々していたので。それで、多分岩滝さん的には今後の俺は岩滝さんのサポートがメインになると思うのですが、俺、そこまでやったことないですよ?」

「それはわかっています。幼少期からかなりのバイト経験がある貴方でも上流社会の使用人なんて勤めたことがないことぐらい。けど、穂積さん。私は思うのです」


岩滝さんは今後の仕事に不安を抱く俺を安心させるように両手で俺の手を包み込んでくれる


「どんなに歴戦の使用人でも、はじめてはあったのです。最初から何もかも上手にできる人間なんて存在しませんよ」

「けど、即戦力を期待されているのではないかと思いまして」

「そんな高望みをしている余裕は私にはありません。初心者だっていいじゃないですか。初めて仕える主が私みたいな落ちこぼれなのは申し訳なく思いますが、それでも、ダメダメな私と初心者の貴方で手を取り合って、成長できていけたらと思います」


俺より小さい女の子

しっかりしている印象があったが、やっぱりその姿も心も全部が年相応で

俺から逃げられたらまた一から探し直し

もちろん借金を返済してもらった恩があるので俺は彼女に三年間きちんと仕えるつもりでいるのだが・・・彼女はそう思っていない

不安そうに震わす身体が、そう伝えてくるのだから


彼女には、自信がない

家業を拒絶して、落ちこぼれの烙印を押されて、今まで何もかも否定されてきたのだろう


家業を拒絶した?人を殺すのに抵抗がある人間が普通だろう

この子のどこが落ちこぼれ?見る目あるのかそいつらは

俺はこの子で良かったと思える。最初こそ疑いはしたけれど

・・・彼女が提示して、不安を全て消した上で用意してくれた道

彼女と共に歩かない理由は、どこにもない


「・・・なんかじゃない」

「はい?」

「俺は・・・貴方に、いや。取り繕わないほうがいいな」

「穂積さん?」

「あんたは落ちこぼれなんかじゃない。出来すぎてるよ、人として。逆にしっかりしすぎだ」

「でも私は」


落ちこぼれ、といいたいのだろう

なぜこの子は自分のことをそう例えるのだろうか

他人から言われて続けたから?

それもあるだろうけど、一番は・・・彼女をそれ以外の言葉で表現する人間がいなかったんだと思う

彼女の言葉を止めるように、彼女の口元へ指を向ける


「それ、禁止な。自分で言うのも、他人から言われるのもこれからは俺が防ぐ。あんたの使用人としてな」

「・・・穂積さん」

「ご主人様をぐろう、だったか?まあなんだ。馬鹿にするのは許したくないからな。それに間違ってるし。さっきもいったろ。出来すぎてるって。もうちょっと肩の力を抜けよ」

「は、はい・・・できますかね」

「できる。あんたはきちんとできる人だ。安心してくれ。あんたは落ちこぼれなんかじゃない。家業的に見たらそうかもしれないけど、別にいいじゃないか。それは落ちこぼれでいいやつだと思うし」


キラキラとした空色の目が視界に映る

それは自然と揺らいできて、曇りもないのに目から雨が降り始めてしまった


「あああああ泣くな泣くな。ごめんな、乱暴な口調で。でも取り繕うのは絶対に違うなって思ったから・・・・ほら、ハンカチ。汚くてゴメンな。拭いてやるからじっとしてな」

「きたなぐないでず・・・ありがどうございまず」

「ん」


何故か泣き始めた彼女の涙を拭いつつ、泣き止むまでずっと彼女を宥めて、涙を拭き続けた

しばらくして調子を取り戻した彼女は、真っ赤になった目をぼんやり開けて水を飲む


「すみません、お見苦しいところを見せてしまい・・・」

「いいって。まあ、なんだ。俺はあんたの使用人、なんだろ。まだひよっこだけど、出来ることは三年間きちんとやっていくから・・・これからお世話になります」

「はい。私も頑張りますので、三年間よろしくお願いします」


きちんと、収まる場所に収まったと思う

三年間、彼女は学生生活を

俺は使用人として彼女を支える雇用契約は正式に結ばれた


「業務は都度説明しますね。私も今、どれを説明するべきかわかりませんから・・・」

「やっぱり量が多い?」

「覚えること、沢山です。苦労をさせますが・・・」

「気にしないでくれ。ま、その都度よろしくな、お嬢?」

「なななななんですかその呼び方!」

「ダメか?」

「一度もお嬢様扱いされたことがないので新鮮です!もう一回お願いします!」

「その反応は予想外・・・!」


優しくて逞しいお嬢様こと岩滝咲乃と突貫で雇われたバイト使用人こと穂積砂雪

お嬢様が集う銀花島、そこに存在する法霖学院を二人三脚で進んでいく三年間は

ここから始まっていく


「穂積さん」

「なんだ?」

「貴方の三年間は、絶対に無駄にはさせませんからね」

「ああ。期待しているよ、お嬢」


それからは今後の生活に関する段取りを決めていく

引っ越しに、事前の使用人研修、四月までにやることは多いが苦にはならない

このお嬢と二人でなら、きっとどうにかやっていけるだろうから

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