序章5:借金返済の一手
おにぎりとプリンを食べた俺は、まずは自宅に一度戻ることになる
もちろん、岩滝さんも一緒に
「・・・なんで平気な顔して家に入れるんです?」
「え、掃除されているんですよね?」
「一応、その、事故が起きちゃった物件なんですけど」
「それぐらい構いませんよ。血痕が残っているわけでもないですし」
「・・・」
そういう問題では、無いような気がするんだが?
むしろ普通の女の子ならビビるだろ。つい最近人が二人も死んだ現場なのに
加菜といい、岩滝さんといい・・・最近の子は度胸があるのだろうか
それか、そういう耐性があるか
動画とかで事故物件巡りをしている人がいるとか、バイト先の先輩が言っていたりするし、そういうのを見て耐性をつけているのかもしれない
時代遅れのスマホを使っている俺にはわからないが・・・最新の通信デバイスを使えば、ぶいあーる・・・?だったか
その技術を使って、より臨場感、そしてリアルな体験ができるらしいしな。うん。よくわからないが
俺が色々な事を考えている間に、岩滝さんは借用書を一読し終えたようで、紙をちゃぶ台に置いて、うんうんと小さく頷き始める
「なるほどなるほど。十市ファイナンスですね。行きましょうか」
「え?」
「だから、行くんですよ。お金を借りた闇金融。お金返しに行かないと」
「今から!?」
「善は急げですよ、穂積さん?」
岩滝さんは借用書を片手に握り、家を後にする
数歩先に進んだ彼女は俺を手招き、目的地への足取りを勧めてくる
正直これ以上行きたくないなんて、言える空気ではなかった
・・
俺が住んでいる森都ニュータウンが存在する神栄市
そこの繁華街の裏路地に存在するのが、うちの両親が金を借りた闇金融「十市ファイナンス」
数年前に火事になったとかで、その建物は少しだけ煤で汚れている
「本当に行くんですか?」
「行きますよ」
階段を登って二階に。その扉を軽くノックしてから、岩滝さんは遠慮なしに扉を開いた
「こんにちは」
「こんにちは、お嬢さん。ここはあんさんみたいに若い女の子が来るような場所ちゃうで」
そんな岩滝さんに声をかけてきたのは、人当たりの良さそうな男
いい生地を使っているようなスーツ。装飾品もかなりこだわるタイプのようで眼鏡を含めて全てブランド物で統一されているようだ
「それとも・・・本気でお困りやったりするんかな?」
「いいえ。私はお借りしていたものを返しにきただけです」
「そこの、後ろで震えとる兄ちゃんの分かな?岩滝咲乃様?」
「ええ。そうですよ・・・お久しぶりです。真純さん」
「久しゅうな、咲乃ちゃん。そっちの子は・・・穂積砂雪か。この前、
親は自殺してトンズラこくわ、葬式とかでバタバタしとる中、借金が見つかって災難やったなぁ、と言いながら俺に声をかけてくれる彼に悪意は一切感じない
・・・それが逆に怖くて、俺は堂々としている岩滝さんの後ろで狼狽えることしかできなかった
「ま、彼の借金を返してくれるのは助かるわ〜。最悪、オホーツクかなぁって思うとったから。よかったなぁ、いいご主人様が見つかって。咲乃ちゃんならお金持っとるし安心やわ」
「は、はあ・・・」
「まあ立ち話もなんやから、とりあえず座り。ここ、僕しかおらんから」
「あら、いつもは二、三人・・・・」
なぜ「いつも」を知っているんだ岩滝さん
・・・しかしなんだろう。十市さんの性格もあるだろうとは思ったが、ここまで軽い感じで話を続けているのは驚きだ
二人は面識があったりするのだろうか
「今年の春から雇われの身になってしもうてな。ここ一時的に閉めることにしたんや。今取引しとる分は弟子に委託してな」
「えぇ?長年の夢だったのになぜですか?」
「・・・金貸しになる夢って何だよ」
「これも何もかんも虎徹クンの横暴でな。勝手に就職先を用意されて、外堀埋められてもうて、僕としても困ったちゃんなんや」
「災難ですね」
「まあ、この仕事は一馬クンと覚クンの頼みやし、この火事にあって九年目を迎えた事務所に改装工事を覚クンの奢りでしていいって話があったから二つ返事で引き受けたけどな」
文句を言っている割には・・・結構現金だな、この人
人のことを言えた義理じゃないけど
「次はどちらへいかれるのですか?オホーツクですか?」
「そんなところ監査以外でいかへんわ!銀花島や。咲乃ちゃんとはまた長い付き合いになりそうやなぁ。進路、高嶺ちゃんと一緒で法霖やろ?」
「ええ・・・。しかし、あそこ女子校ですよ?真純さんは教員免許を持たれているわけではありませんし、一体何をしに向かわれるのですか?」
「一応僕、偽装やない教員免許を持っとるんやで?でもまあ、今回は「教師」で法霖に入り込むわけやないからな。確かに何しに行くんや感はめちゃくちゃある!」
「確かにそうですね。教師でないとなると、ますます謎なのですが・・・」
「詳しいことはまだ言えんけど、少なくとも僕は新規カリキュラムの管理官として法霖に向かうことになっとる」
数多の修羅をくぐり抜けた男は、にんまりとこれから起こることに期待を浮かべてくる
同時にどこかこの状況を楽しんでいる気がした
「まあ、とりあえず今後の話は後にしよ。今は、間に入れなくてたちんぼしとる穂積クンの借金に関するはなーーーー」
話をしよう、と十市さんが言う前に、岩滝さんは机の上にあるものを叩きつける
「はい。穂積さんの借金を利息込みで記入して、銀行で振り替えてください」
「・・・間髪入れずに小切手叩きつける女の子、四十年ほど生きとるけど初めて見たわ。これ、ご実家支払い?」
「いいえ。私のポケットマネーです」
「うっへぇ・・・咲乃ちゃん、お金持っとるのは知っとったけど、想像以上にとんでもない額を溜め込んでそうやなぁ」
「お金を増やすことだけしかできませんから・・・。あ、一応消費はするんですよ」
「株の購入でな・・・で、勝手に増えていく。どういう才能なんや、それ」
「さあ・・・なんなんでしょう。とにかく、これで穂積さんの借金を返済ということにしていただけませんかね?」
「ええよ。岩滝に名前と恩を売って損はないし、逆らう理由もない」
小切手をひらひらとさせつつ、十市さんは小さく笑う
「ご実家みたいに、君を「落ちこぼれ」扱いして、色々と制限をかけるような真似もしない。親戚やけど、分家の僕には岩滝の色々なんて関係のない話や。僕は「姪っ子」と「お客様」にはいつだって公平なんや。まあ、返さないアホには、それ相応の対応で行くけどな」
「親戚・・・」
「あ、穂積クン、何も聞かんでのこのこ付いてきたんか。だめやって咲乃ちゃん。こういう危ないところに連れてくる時は、きちんと相手に状況と関係を説明しとかんと・・・」
「ごめんなさい」
岩滝さんが金貸しの彼に怒られていた
ま、まあ確かに・・・説明不足感は否めないよな
よく状況を理解しない内に連れてこられたし
「まあええよ。今度からきちんとしてくれれば。それに穂積クンもやで。このお嬢様、世間知らずで距離感ガバガバなんや。若干強引なところあるから、今後付き合うならここ、十分気をつけてな」
「真純さん・・・!」
「恥ずかしがらんでええやろ。事実なんやから」
「事実でも、言わないでください!」
逞しく見えた雇い主は、年相応な振る舞いで親戚に抗議をする
なんとなくその様子に、安堵を覚えたのはきっと
お金持ちで、人を雇用するような女の子でも、まだ子供なんだなって思えたから
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