序章4:雇い主との邂逅

翌日

俺は手持ちの中で若干見栄えがいい感じの服を着て、面接会場として指定された喫茶店へと足を運んでいた


「・・・ここか」


喫茶ルボンステア。水まで金を取ってくるような庶民には敷居の高い喫茶店らしい

らしいというのは、俺も周囲もここに入ったことがないから・・・ネットで見る情報ぐらいしか知らない


「本当にここ、入っていいものなのかね」


予約とか必要だったりしないだろうか

しかもここで面接をするって?普通に他の客もいるだろ絶対


「まあ、どうにかなるさ。騙されていない限りはどうにかなる」


とりあえずここからどうするかを教えてもらおう

先方に会うためには店内に入る必要がある

しかし俺は先方の名前も特徴も何も知らない

会うためには、先方がどういう存在なのかを教えてもらわないといけないだろう

質問チャットを開いて、先方に喫茶店へと到着した旨と、これからどうしたらいいのか伝える

すると、意外にも早く返信がやってきた


『今、お店の前にいらっしゃいますか?』

「はい」

『では、そちらへ伺いますのでしばらくお待ち下さい』


わざわざいいのに、と思いながら待っていると、喫茶店の扉が開かれる

そこにいたのは、栗色の髪を持った女の子

セミロングの髪を揺らした彼女は、空色の目をこちらにじっと向けてくる


彼女が・・・面接の相手なのか?

俺より若いように見えるのだが・・・

第一印象は綺麗な人、というよりはまだ幼さが抜けきれていない大人と子供の境界線にいるような感じのような気がする

けど・・・まあ、女性に年齢を聞くのは無粋

こういう姿だが、俺より年上かもしれない。うん、そうだ


それに年下だろうが、年上だろうが同い年だろうが関係ない

彼女が雇用主であり、俺の面接を担当する存在ならば・・・

雇われるように、しっかり媚を売るだけだ


「穂積砂雪さん、でしょうか?」

「はい。貴方は・・・このバイトの」

「ええ。募集をかけた存在です。どうぞ中へ。詳しい話と面接は美味しいものを食べながらしましょう」

「え、でも・・・ここ、他のお客様が」

「大丈夫ですよ。二階の個室を取っています。そこでならのんびりお話できると思いますので」


彼女は笑顔でいうけれど・・・その個室の料金、ルームチャージだけで諭吉一人は飛んでいくんですけど?

しかしまあ、彼女「お金は」持っていそうだな

信頼も何もかも全然だけど、金があるのなら信用は出来る

案外バイトの話も、嘘じゃないかもしれないな


・・


個室に案内された俺は、さり気なく俺へと提供された水を眺めていた

・・・用意されたけど、これ飲んだら俺の出費になったりしないよな

そんな不安を解消するために、俺は優雅に紅茶を嗜む彼女に声をかけた


「あ、あの・・・」

「ここに来るまでお疲れでしょう?どうぞ、お水を」

「でも、その・・・俺、お金持ってないんですけど」

「お気になさらないでください。ここに呼び出したのは私です。ここでの飲食は好きにされてください」

「え」

「交通費も支給しますので、いくらだったか教えてくだされば」


いやいやいやいや。あまりにもできすぎでしょ

こんなの、裏があると思わずにはいられない

飲んだら契約!無償で働け!と言われてもおかしくないぞ


「・・・」

「どうかされましたか、穂積さん」


いつまで経っても水に口をつけない俺に、彼女は疑問を持ったようで声をかけてくれた

せっかくだ。単刀直入に聞いておこうか

裏がないか、否か


「あの、一ついいですか」

「どうぞ」

「雇う前から、ここまで至れり尽くせり状態なのはなぜでしょうか・・・」

「え?わざわざご足労頂いたのに、お礼をしないのはどうかと思いますので・・・」


こんなことでお礼になるかわかりませんか・・・とも付け加えてくる

変わったことをいうお嬢様だな

一般庶民の場合は知らないが、少なくとも俺からしたら何もしていないのにご馳走を振る舞われているようなものだぞ

こんなことをしてくる雇い主は今までいなかった

・・・一体何を考えている?


「しかし・・・穂積さんはこの私の行動を不審に思っていらっしゃる様子」

「・・・」

「その不安を拭うために私は正直なことを貴方にお話します。実はこれ、私なりに媚を売っていたりします」

「媚、ですか」

「ええ。少しでも貴方に好印象を持たれたいのです。逆効果だったようですが」

「待ってください。貴方は俺を雇う側の人間ですよ。なぜ俺なんかに媚を売るんですか。普通は逆でしょうに」

「私「も」急ぎなのです」


彼女は紅茶を一口飲んだ後、小さく息を吐いた


「遅れましたが、自己紹介をさせていただきます。私は岩滝咲乃いわたきさくの。十五歳です」


十五歳。俺の一つ下か


「・・・やっぱりか」

「やっぱり、ということは」

「貴方が俺より若い予感はしていました」

「あら。なぜそう思ったのですか?」

「経験上、様々な年齢層を見る機会があったので」


「他にもバイトの経験が?」

「接客業を少々」

「その年齢で?」

「まあ、色々と俺にも事情がありまして」

「その事情、教えていただけますか?」

「それを話して俺にどんなメリットがありますか?」

「面接を省略します」

「問答無用で不採用ってことですかね?」

「いいえ。私に解決できるような事情であれば、貴方を雇います」

「解決できなければ?」

「解決できるよう手をお貸しします。もちろん貴方の採用付きです」


・・・メリットしかないな

しかし、こんな若い女の子が俺の事情を解決できるのだろうか


「・・・どんな問題でも採用してくれるんですか?」

「ええ。私が貴方の問題を解決、または解決のために手助けをする代わりに、貴方は私に三年間仮初の忠誠心と最大限の労力を貸してください」


三年間、仮初の忠誠心と労力を提供する

業務内容は不明。どんな難題が来るかわからない

けれど、少なくとも借金が消えるもしくは借金返済の手助けをしてもらえるのなら

それぐらい、安いものだ


「・・・昔から、うちの両親は金遣いとギャンブル癖が酷くて」

「あらあら・・・」

「息子の給食費や娘の修学旅行代にも手をつけていました。俺は普通の小中学生らしい生活を捨てて、妹が学校生活を送れるように色々な場所でバイトをして」

「妹さんに普通の生活を送らせていたと。そうさせていた理由は?」

「雅日は・・・妹は、頭がいい子なんです。勉強も好きで、今しっかり学ぶ環境を整えてあげていれば、将来食うことにも困らないでしょうから」


「穂積さんたちは、食べるものにも?」

「バイト先の弁当屋さんや飲食店で賄いを貰っていたのでそれなりに」

「それは安心しました」


営業かもしれないが、それでも彼女は安堵したように笑ってくれる

しかしなんでだろうな

こんな話、するべき話ではないのに

ほんの数分前に出会った人間に、こんな風に過去を話せるなんて不思議な感覚だ

雇われるため?

いや、それだけじゃないような気がする

なんとなく、彼女の雰囲気がそうさせるのだ


「そんな生活をつい最近まで続けていたのですが、両親が・・・」

「穂積さん」

「じ・・・」


自殺した、というだけなのに言葉が上手く出てこない

首元に手をかけると、なんだか息もし辛くて


「っ・・・」

「穂積さん!」

「あ・・・」

「手を膝の上に・・・息をしっかり整えて」

「・・・」


フラッシュバックであの日の光景を思い出す

息苦しさを覚えていた俺の意識は、耳元ではっきりと聞こえた彼女の声で戻ってくることができた

・・・反対側の席からわざわざここまで来てくれたのか


「・・・つい最近のことなのでしょう?言いづらいことは言わなくても構いませんから。そこは飛ばしてお話を続けていただけますか?」

「・・・はい」


それから俺は息を整えた後、借金の存在を彼女に伝える

神妙な顔をして、切り替えるように紅茶を飲んだ彼女は・・・


「その問題、私に解決できそうです。はい、採用!」

「えぇ!?」


軽いノリで確定されていた採用を頂くと同時に、俺が抱えている問題の解決までついてきた

しかし、色々と見て思うが・・・本当に岩滝さんみたいな小さな女の子に俺の借金問題を解決できるのか?


「さて、穂積さん。安心されたでしょうしご飯を食べましょう!この後は忙しくなりますよ!」

「あ・・・はい」

「もちろん、食事代は経費です。遠慮なく食べちゃってくださいね」


経費かぁ。経費なら遠慮なしに食べちゃおうかな


「じゃあ、おにぎりセットとプリンで」


遠慮なしにおにぎりセットを注文し、届くのをワクワクしながら待つ

ついでにデザートもつけたぞ。贅沢しちゃおうじゃないか


「ふんふん」

「・・・一番お安くて、量が少ないおにぎりセット。プリンをつけて上機嫌な男性は始めてみましたよ・・・・今までどれだけ質素な生活をしてきたんですか、穂積さん」


そんな俺を見て、岩滝さんは憐れむ声を出すが・・・

期待の中にいた俺には聞こえていない

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