序章3:怪しいバイト

食事を終えた俺は、歯を磨いた後・・・すぐに自室という名の押入れに滑り込んだ


昔から居間は両親たちの空間で、押し入れが俺達兄妹の空間だった

暗い空間の中で布団にくるまり、スマホを操作しながら「次」を考える


「・・・ははっ。これから先、借金返済生活か」


それも一生だ。逃げたほうがマシなんじゃないかって思うぐらいの地獄がこの先待っているだろう

自由も、幸福も何も無い

今までだって、雅日が側にいてくれたから頑張れたのに


「これからどうやって頑張ればいいんだろうな・・・」


とにかく、今後のためにもバイトは増やさないといけない

未成年だし縛りは多いが・・・今はとにかく数をこなしていこう


とにかく条件が良いものを探してみる

大体が胡散臭いものばかり

全てを諦めて、賃金は安いけど仕事としては慣れ親しんだバイトを大量にこなすべきかと思った瞬間、その求人が目に入った


「・・・高額保証バイトか」


詳細を確認してみる

三年契約の住み込み家政夫業務みたいだな

雇用条件は、雇用主の命令に従える方ねぇ・・・

応募条件は十五歳以上なら誰でもか。年齢を問わないでいてくれるのは助かる部分だ

しかし、資格や学歴がいらないって一体どういうバイトなんだ


詳細は面接時にお伝えします

条件を完遂した暁には、大手企業への就職斡旋等様々な特典を用意しておりますねぇ・・・

どこまでも条件が良すぎて、逆に気持ち悪い


「・・・けど、怪しいけど条件が良いのは確かなんだよな」


それにこの部分。契約に差し障る事があれば、こちらで対処いたします・・・って部分だ

もしもこれが本当なら、闇金借金付きが懸念材料だと言えば・・・借金、立て替えて貰えたりする可能性があったりするよな

まあ、その代わり三年だけではなく一生奴隷かもしれないけど

・・・借金返済で息切れし続ける人生よりは、借金を一括で代わりに返済してくれる人の元で命令を聞き続けた方がマシかもしれないな


しかし、冷静に考えてこんな好条件すぎるバイトは怪しすぎるにも程がある

それが今まで雇用実績のない新規なら尚更だった

それでも、俺にとっては希望の一筋だった


応募フォームに情報を入力して、送信ボタンを押す

怪しくても、それに縋るぐらいしか今の俺にはできないのだ

しばらくすると、応募のお礼と面接場所と日付の情報が送信されてくる


「明日かよ。唐突だな・・・実績のないところってこんなもんなのかね」


それに面接会場の指定になっている場所

そこは一度も入ったことのないおしゃれでお高い喫茶店・・・席を確保するのにも、水を注文するだけでもお金が取られるような場所だ

こんなところで面接って・・・飲食代とか払ってもらえんのかな

金の心配をしながら、確認を終えた旨を返信し・・・そのまま眠りにつく


明日はまた早速忙しくなる

面接前に銭湯に行かないとな。百円、あったっけ

服もキレイなものを着ていこう

制服もスーツもないから、フォーマルに見える感じの服。アイロンの代わりにシティページプレスして、シワを伸ばして・・・


「やること、たくさんあるな」


できればこの美味しい話、美味しいままでいてほしいと祈りながら眠りにつく

明日は、忙しくなりそうだ


・・


一方、とある山奥にある屋敷

その中でもごく普通の庶民のような普通さがあふれる部屋の中で、私は出したばかりの求人を眺めていました

早速、応募があってくれて嬉しいです

いくつかはいたずらだと思われるようなものもありますが・・・まあ、そういうこともありますよね


「・・・二十人程度ですか。まあ、この条件なら妥当な数ですよね」


本当なら、もう少し応募があることを想定していたのですが、そう簡単には上手く行かないらしい

新規ですし、信用度ゼロですし、実績なんてものもありませんし

・・・むしろ応募があったことが奇跡だと思うべきなのです


「この中に、いてくれますかね」


私の生家はそれなりに由緒のある家で、使用人が存在するような・・・いわば「お金持ち」なお家です

けれど私の側には誰も使用人という存在がいません

理由は単純。私がこの家の人間にふさわしくないからです

落ちこぼれの私に、ついてきてくれる使用人は誰もおらず・・・私は自分で身の回りの世話をしてきました


世間的には「当たり前」かもしれませんが、私達の世界では「異常」と言われる行動だったりします


「今までは使用人がいなくてもどうにかなってきましたが、流石に今回ばかりはどうにもなりませんからね」


両親の勧めで、私は姉も通っている上流のご令嬢が在籍する全寮制の女子校へ入学することになりました

そこに、必ず使用人を最低一人は連れて行かないといけません

それが入学条件の一つとなっているのです。仕方がありません

姉のようにカリスマがある存在や、家に相応しいようなご令嬢なら簡単にこなせるでしょうけど・・・

私みたいな落ちこぼれでは、中々に難しい条件だったりします

だからこそ「これ」なのです


「お金に頼りたくはなかったのですが、私にはもうこの方法しか残されていませんから」


私が取った行動は、使用人を外部から雇うこと

急ごしらえの使用人です。歴戦の使用人が集う法霖では、私と同じく落ちこぼれの烙印を押されて、心を傷つけてしまうと思います

けど、私は誰かを犠牲にしてでも法霖を卒業しなければならない

卒業できなければ・・・道は一つなのですから


「もしものことは考えないようにしないと・・・それよりも、今は面接のことを考えましょう」


明日の面接で粗相があってはいけませんからね

私は、信用なんてものが皆無に等しい「新規の雇用主」です

せめて、面接に来てくれた方の情報を完璧に把握して、真摯に向き合う・・・それが現状の私の最善だと思いますから

応募者へお礼のメッセージを送るが、大半は返事がない

それか、社会人としての礼節を損なった文面

とてもじゃないですが、この方々達とはやっていける気がしません

一応、書類選考で落としたと適当な理由をつけて、候補から外していきます

・・・面接までたどり着いたのは、ただ一人


「あら、この方。お若いですね」


私と年齢が近い人のようだ


「・・・穂積砂雪ほづみさゆきさん。男性。十六歳。中卒の方ですか」


なにやら訳がありそうな方です。手段を選んでいられない。そんな予感が彼からしてきます

こういう方なら私の無理難題も・・・


「この方は第一候補に入れておきたいですね」


彼の面接は明日に予定する

急かもしれないが、応募も求人を出してから五分以内という速さ

何か急いでいるような気がするから・・・


「・・・早く、会ってみたい」


情報だけではわからない、彼の姿を面接で見よう

そして、彼に聞いてみよう

三年間、私の使用人として学生生活をしてくれませんか・・・と

私にとって、なんてこともない普通すぎる一日はこうして過ぎていく


明日、私自身を大きく変えることになる出来事が待ち受けているなんて

この時は、想像すらしていなかった

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