序章2:深夜は普段に戻る時間
六畳間しかない我が家は、家族四人で暮らすのにはあまりにも狭すぎた
しかしそれぐらい生活を切り詰めないと、暮らしを営めなかった
加菜が両親にお線香をあげている間に、俺は簡素だけど彼女をもてなす準備を整える
「ごめんな。台所ないからお茶とか淹れてやれないから・・・パックのお茶でいいか?」
とりあえず、葬儀場から貰った書類とかお茶菓子とかお持ち帰りした時に使った鞄から紙パックのお茶を一本取り出し、加菜に差し出す
「わざわざありがとう」
「いいって。葬儀場に用意されてたお茶、持って帰ってきただけだし」
「・・・そこまで切羽詰まっているの?」
「いや、残り一本だったし、美味しかったから。店長さんが別のお茶買っていて、一本余っていたからさ、貰ったんだ」
「そっか」
「笑うところあったかよ」
「だって、さゆくんがまともな食品を美味しいって言うの珍しいから」
「俺はいつも何を食べていると思っているんだ」
「雑草とバッタを食べてるイメージが強すぎるんだよ。衝撃すぎたもん」
「流石に今は食べてないぞ、バッタ」
「うん。それはお弁当を食べている時点で察したよ。よかった。やっと普通のものを食べていてくれているから」
・・・言えない。今はおやつにイナゴ食ってるなんて言えない
昆虫をもう食べていないと思って喜んでいる加菜には悪いが、俺は自分の食費も必要最低限の生活費や雅日の必要経費に充てていた
一応、賄いで弁当を貰えていたので食事には困らなかったのだが・・・
育ち盛りで働き盛りの俺からしたら全然足りなくて、いつも寝る頃にはお腹を空かせていた
そんな時の間食には丁度いい
衛生的な問題は大きいと思うが・・・まあ、悪くはない。口は寂しくなくなるからな
「でも、お弁当があるならこれ、いらなかったかもね」
「これって?」
「お弁当。お腹空いていると思って作ってきたんだけど」
「いる。明日の朝にでも食べるよ。容器は・・・使い捨てじゃないのか」
「うん。お母さんたちからも使い捨ての方がさゆくんも楽だろうしって言われたんだけど・・・私、回収に来たくって」
「なんでわざわざ」
「今の私にはね、さゆくんに会いに行くのに理由が必要なんだ」
「昔みたいに気軽に来ればいいのに」
「そういうわけには行かないよ。私たちだって、もう小さい子供じゃないんだよ。次の春には私だって高校生なんだから。とてもじゃないけど、幼馴染とはいえ、一人暮らしの男の子の家を尋ねるのに・・・理由もなくなんて」
「変なの」
「さゆくんは気にしないの?」
「別に?」
「・・・そっか」
なんとなく、加菜は複雑そうに顔を反らす
こんな家だが、いつでも理由もなく遊びに来ていいのに・・・変なやつだな。理由が必要だなんて
「あ、あのさ・・・さゆくん。その、これからどうするの?」
「まあ、働かないとだな。借金あるし」
「・・・雅日ちゃんが教えてくれたんだけど、今、さゆくんは借金二千万をご両親に押し付けられたんだよね?」
「その通りだ」
「返済の目処は立ってるの?」
「わからない。生きている間に返せるかも」
「よかったら家で、住み込みで働かない?使用人として、だけどさ」
使用人かぁ・・・そんなものが雇えるほどの世界にいるんだな
嬉しい誘いだけど、わかっているのか
俺が抱えている借金がまともなものじゃないことを
一緒にいるだけで変なものを家の中に持ち込みかねない存在のことを
「両親の許可ならもう取ってあるし、これから私、法霖に行かないといけなくて。さゆくんが一緒に来てくれるのなら心強いなって」
「加菜は、俺の借金の出どころは知っているんだよな」
「借金は借金でしょう?」
「・・・闇金経由だよ。利息も契約書を確認したらトイチだった。法が及ばないような存在からあのバカ親は金を借りたんだ」
「・・・でも、返せば」
どうにかなるといいたいのだろう
でも、どうにかならないのが今の現状なのだ
俺が生涯をかけても終わるかどうかわからない地獄
それが、今の俺が置かれている場所だ
「今この瞬間も俺の借金は膨れ上がっている」
「・・・それは」
「それに俺は雅日みたいに頭がいいわけじゃない。突出した何かを持っているわけでもないからな。あるのは長い社会経験だけ。最悪、加菜の実家に騒動を引き寄せる可能性がある」
「・・・」
「嬉しいよ。誘ってくれて。でも縁があるからこそ、加菜やおじさんおばさんに迷惑をかけたくない」
「・・・ごめんね。気を遣わせて。そこまで配慮できてなかった。流石に二千万・・・ううん、それ以上になるんだよね。流石にその額は自分だけの力じゃ出せないよ」
「・・・」
「あーあ。私にもう少し権力的な何かがあれば、さゆくんを助けられたのかな」
「・・・俺を雇っても対して役に立たないと思うぞ。使用人として働いたことはない。家政夫のバイトはしたことあるけど。その程度だ」
「そんなの関係ないよ」
いや、関係あるだろう
先に勤めていた先輩たちからの印象とか最悪すぎるって
加菜、そういう部分は一切考えないのだろうか
まあ、水代家に迷惑をかけたくないというのは大きな建前
むしろ好条件の就職先だ。受け入れていたいけど・・・二千万稼ぎきるまでまともに働ける気配がしない
むしろ贔屓されているといじめられる。いびられる。はぶられる・・・
「・・・お弁当、容器空の弁当に移すよ。そしたら、ここに取りに来ずに済むだろう?」
「さゆくん」
「・・・弁当ありがとう。お線香も、こんな親のためにわざわざ来てくれてありがとう。でも、もう来ないでくれ。加菜の、加菜の実家の為にも。俺とは縁を切ったほうがいい」
「・・・私、縁は切らないよ。幼馴染で、友達だから」
「加菜」
「・・・ごめんね。突然押し掛けて。今日は帰るね」
「・・・ごめんな」
弁当の空容器を持って、加菜は千鳥足でうちを出ていく
本当はきちんとお礼もしたい
小さい頃からの友達なんだ。こんなところで縁を切りたくはないというのは俺も同じ意見
けれど、もう住む世界も環境も何もかもが違うのだ
「俺が関わっていい存在じゃないんだよなぁ・・・」
彼女の背を見送り、鍵を閉めて居間に戻る
加菜が作ってくれたらしい卵焼きを一口頬張る
「・・・甘い卵焼き、初めて食べたや」
もう二度と食べられない味を噛み締める
その遠ざかる甘みをしっかり堪能しながら、俺は一時の安らぎを過ごしていった
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