SEQ2――相棒嫌い――1/5

SEQシークエンス2――相棒バディ嫌い――


 ドン!


「出ていけ!」


 テーブルを叩いた拳が痛む。

 ライラはその大きな目を見開き、固まっている。


「な、なによ――」

「2度言わせるな……ッ」

「……っ」


 ライラも、これ以上の話し合いはムリだと悟ったようだ。座ったまま顔を伏せる俺から、後ずさるようにして部屋を出ていった。

 しんっと張り詰めた空気だけが、リビングに残っている。


「ふぅー……」


 溜め込んだ何かを吐き出すように、深く溜息をつく。

 怒りで髪が逆立つような感覚すらあった。


(悪い事をしたかな……)


 少しだけ冷静になってきた頭で、そんな事を思う。

 だが、それでも、俺は……『バディ』って言葉が大嫌いなんだッ。

 バディは……バディは、俺の母さんを死に追いやった存在。


「クソッ!」


 もう1度、机を殴りける。

 ジーン……と痛みだけが残り、同時に虚しさが襲ってくる。


 まだ冷静に……なりきれてなかった。

 時計を見れば、18時半を回っているが……腹はかない。怒りのせいだ。


(……今日は不貞寝ふてねするか……)


 まだ陽も沈んでないというのに、ベッドに潜り込む。


 俺の母さんを殺したのは、紛れもなくバディと呼ばれる存在だった。母さんは……バディに裏切られて殺されたのだ。


 だから俺は、バディだけは組まないと決めている。今までも、任務は全て、1人か3人以上でやってきた。

 それだけ徹底して、2人組みにならないようにしていたのに……よりによって今日会ったばかりのヤツとだと? ふざけるな!


 しかし、これは俺の八つ当たりでしかない。


(それは……分かっているが……)


 自分の気持ちが、整理できない。


 ――母さん――


 俺は、どうしたらいいんだ? これから。





 肌寒さが少し残るような時間に、目が覚めた。


 時計を見れば、6時27分。俺にしちゃ珍しく、早起きを連続している。

 眠気はもう無かったので、テレビでも見て時間を潰す事にした。


「おっ」


 適当にチャンネルを変えていると、昔の特撮番組の再放送をやっていた。平成初期の頃のだ。


(やっぱり、カッコイイな)


 自分の身をていして、みんなを守る。そんなヒーローの姿に、気付けば見入ってしまっていた。


 このシリーズも、幼い時にDVDを借りて見た事がある。あの頃は、今ほど動画配信サービスが充実してなかった。


 ――ピンポーン……


 エンディング曲が流れ始めたタイミングで、インターホンが鳴った。

 不審に思い、ドアの覗き穴から外の様子を窺うと……


(なぜ……?)


 そこに立っていたのは、ライラだった。制服に身を包み、ちょいちょいと前髪を直している。

 10秒ほど固まってしまったが、放置しておくワケにもいかず……ドアを開けた。


「……どうしたんだよ、こんな時間から」

「ちょ、ちょっと、急に開けないでよ」

「インターホンを鳴らしたのはお前だろうが」

「そうだけど……」


 ライラは昨日と違って、スカートの代わりにズボンを履いている。リボンもネクタイに変わっているな。


「とりあえず、中に入れ」


 こんな所で話しているのを見られたら、ヘンなウワサが立っちまう。


 ライラをリビングまで通してやると、何も言わずにソファーに座った。

 俺はそんなライラをほっといて、朝食を準備する。


「飲み物の1つも出せないの? 気が利かないわねぇ」

「こんな朝っぱらから押しかけてくるヤツの方が、気が利いてねーよ」


 そう言い合いつつ、昨日の気まずさは引きずってない事を確かめる。


「昨日の事だけど……」


 どうやらそう思ったのは俺だけだったようだ。

 ライラの分の牛乳をコップに注いでいたんだが、飲み干してやりたくなったね。目の前で。


「――ごめんなさい」


 驚くほど素直なその言葉に、呆れはどこかへ行ってしまった。

 だが、ライラはソファーに座ったまま、こっちを見ようともしてない。呆れが半分帰ってきた。


 しかし、謝られっぱなしというのも良くないよな。


「俺も悪かった。激昂げきこうして、感情が抑えられなかった」

「あの話題は、あんたにとってタブーだったのね」

「……そうだ」

「理由はかない。その代わり、少しでも考えてみてくれない?」

「バディになる事をか?」


 ライラはこっちに振り返ってうなずいた。


「悪いがそれは――」


 彼女の顔は朝日に照らされて、その真摯しんしな顔を際立たせている。

 それを見ちまった俺は――


『女の子には優しくしないといけないよ』


 ――父さんの教えを思い出していた。


「ダメ?」


 本人は無自覚っぽいんだが、こてっと首を傾げたライラは……カワイイ。


「分かった。考えておく」


 照れながら、承諾してしまう。


「ありがと、ケイスケ」


 そんな可愛い声で言うなって。男ならみんな、コロッとやられるぜ。天然の男殺しだな。


 だが、考えてやるだけだ。バディには絶対にならない。

 それだけは曲げないぞ。どんな条件を出されても、だ。

 遠回しにか、折を見てか、それはまだ決めてないが――必ず断ってやる。


「それじゃ、早く制服に着替えなさい」

「は……?」

「学校に行くわよ! 一緒に! それがあたしたちの初任務!」





(針のむしろとはこの事か……っ)


 あの後、パンをかじってライラの言葉を無視したら、ソーコムがチラ見えした。

 なので仕方なく制服に着替えた。そうしなきゃ、食パンブレッドの代わりに.45ACP弾ブレットが俺の腹に入りそうだったからな。


「あれ、転校生よね?」


 ただでさえ髪色で目立つライラは、その顔立ちやプロポーションも相まって、第二学舎の生徒たちの注目を集めていた。

 だが、問題は横にいる人物である。俺だ。俺なのだ。その人物とは。


「隣にいるのは……花村だ」

「あいつ、特進コースにカノジョがいるんじゃないのか?」


 誰だよ、そんなウワサを流したの……


「なんで昨日はスカートだったんだ?」

「一度、日本の制服を着てみたかったのよ。まあ、戦いには向かいわね。あれは」

「同感だ」


 雑談でもしようと思ったが、失敗したカンジがあるなぁ。ていうか、ずっと無言で喋るタイミング探ってたのに、第一声がスカートの事って……

 まるで俺が、ライラの服装を気にしてるみたいじゃねーか。


「何よ? スカートの方が良かったの?」


 ライラは無いハズのスカートを整えようと、手を空振っている。そういう仕草をされると、昨日の光景を思い出しそうになるんだって。


「んんッ。でも、昨日はそれで戦ってただろ。つーか、どうしてあそこにいたんだ?」


 後半で話題を逸らした。


「工学コースの生徒が緊急手配を要請したの。廃棄予定のM11が無くなったってね」


 工学コース生は第二学舎の仲間たちだ。普段は工作をやっている連中だが、俺たちの装備を整備メンテナンスしてもらったりもする。


「それで、あたしが車を準備してたら、銃声が聞こえて……あんたが階段を上がってきたの」

「まあ、あの時は助かったよ」


 素直に礼を言っておく。


 しかし、そうだとすると……あれは学校が仕組んだモノじゃなかった事になる。

 もしくは、情報伝達が上手くできていなかったのか? そんなバカな。


「そろそろ学校に着くが、最後に1つ訊いていいか?」

「ダメね。何を訊きたいかは、それとなく分かるわ。でもそれは後にしなさい」


 ちょっと突き放すようなカンジだったな。

 それを話したら、俺が提案を突っぱねる事をどこか勘付いているんだ。


「さ、教室に行きましょ? 同じクラスよ。あたしたち」


 聞きたくなかったぜ。その情報。バディの件、ますます断りにくくなるぞ……

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