SEQ2――相棒嫌い――2/5
2年19組。それが俺の新しいクラスだ。
教室に入った時、中にいる生徒の数は半分ぐらいだった。特武コースの生徒はマジメなのが少ないからな。ほとんどが8時40分を回ってからしか来ない。
「おはよう、花村くん。今日は早いね」
そんな貴重なマジメくん、糸岡が朝の挨拶をしてきた。ニコニコと笑顔が
「おはよう。まあ、ちょっとな……」
「お隣さんは……転校生?」
俺は濁したんだが、糸岡はライラに目を付けた。
「もしかして、一緒に来たの……⁉︎」
「ええ、そうよ」
オーバーリアクション気味の糸岡にも文句を言いたいが、被せるように肯定したライラにも文句を言ってやりたい。
ウワサが立って困るのはそっちだぜ。多分。
「ど、どういう事?」
「おい、襟を掴むなっ」
糸岡は強引に俺を屈ませて、耳打ちしてきた。
「何でもない。余計な詮索はするなよ」
呆れ顔で襟を正していると、糸岡は俺とライラの顔を見比べた。
2〜3秒して、ニコーッと口角を上げた糸岡は、
「うん、うん。そうかぁ……花村くんにも春が……」
とか言いやがった。
「春は毎年、誰にでも平等に訪れるものだッ」
そこに含んである意味が分からなかったワケじゃないが、わざとトボけておく。
「大丈夫。誰にも言わないよ」
もう手遅れだろうに。教室の真ん中で喋ってるんだからな。
しかも、ライラの容姿が目を引いている。ダブルパンチってヤツだ。
「おーす」
しばらくして、石間が教室に入ってきた。
「よう、進。景介も」
「おう」
「おはよう、石間くん」
「おぉ⁉︎ ウワサの転校生じゃねぇか!」
「うるさいぞ」
特武が、そんな事で
そうこうしている内に時間は過ぎて……8時49分。そろそろ担任が来る時間になった。
「わー! ギリギリー……セーフ!」
教室に入るなり急ブレーキを掛けて、両腕を大きく左右に広げたのは鈴音だ。
俺と目が合った鈴音は、その姿勢のままウィンクをよこしてくる。カワイイ
見回せば、他の生徒は席に着き始めている。鈴音がラストだったっぽい。
(そろそろ座っておかないと)
新学年の初日なので、座席は名前順だ。
黒板に張り出された紙で自分の席を確認しがてら、全員の席を把握しておく。
(ライラはどうなるんだ?)
サカキバラの方が採用されるみたいだ。榊原って漢字で載ってあるよ。
(俺の席は……っと、一番後ろか。ツイてるな)
「あー! 私たち隣だよ、ケイくん!」
いつの間にか横にいた鈴音が、下から見上げてくる。彼女の身長は156㎝ぐらいだから、俺の肩辺りに顔が来る。
「はいはい。席に着いてくださいねっ?」
そう言いながら入ってきたのは、担任の
「花村さんと川堀さん? 早く席に着いて。ほら、早く」
この人も特武免許持ち。
男とは思えない線の細い体つきと、丁寧(ていねい)な口調が特徴的だが――キレるとヤバい。
なので、そそくさと自分の席へ向かう。
「はい! 今日から1学期が本格的に始まります。みなさん。春休み気分は抜いて、仕事と勉学に
典型文的な先生の話を右から左に流しつつ、横からつついてくる鈴音の指を軽く叩いたりしていると、
「それともう1つ。みなさん、もうお気付きかもしれませんが、転校性がいます」
待ってましたとばかりに、クラスが騒がしくなる。
ライラはずっと黙っていたが、そこにいるだけで独特のオーラを振り
「榊原さん。どうぞ、教壇の上に」
「はい」
しゃきっとした声で返事をしたライラだが、ソプラノの甘い声であんまりカッコついてない。ピンと背筋を伸ばして歩く姿も、小さい体つきのせいで可愛らしい印象になってしまう。
だというのに、ライラはどこか美しさを
キレイでカワイイって、反則だろ。世の女性たちに恨まれるぜ?
「ライラ・メアリー・サカキバラ。ライラと呼んで」
無表情で言い切った。クールにキメたつもりらしい。腕組みまでしてるし。
「……榊原さんは、フランスで特武として活躍されていました。それで、活動の幅を広げるために、日本に来日したんですよね?」
「その通りです」
熊田先生が補足を入れる。
そして、先生が言い終わると同時に、
「ねーねー! 日系人なの?」
「ハーフ?」
クラスメートたちが、質問をライラに飛ばす。
「こらこら、みなさん。質問は挙手でお願いしますよ」
時計を見れば、既に9時手前。1時間目の国語が始まる時間だが……黒板端の時間割を見れば、
「日本人の血は入ってないわ。養子なの、あたし」
複雑な身の上を淡々と話すライラ。その姿に、クラスの一部は感心した様子だ。
「日本語はどこで覚えたんだ?」
手を挙げた男子が、新たに質問した。
「今の両親に教えてもらったの。どう? キレイな発音でしょ?」
自信たっぷりってカンジのライラに、今度はクラス中が心を
その後、「銃は何を使ってるの?」「H&Kのマーク23」、「得意技は?」「ヒミツ」、「恋人は?」「い、いないわ」などと、ライラは質問を
「さて、そろそろ質問タイムは終わりにしましょう」
熊田先生がそう切り出した。ライラに対する質問もネタ切れ気味だったし、ちょうどいいタイミングだろう。
「では、まあ、時間は余っていますが……いいでしょう。早めに終わりましょうか」
初日という事で、甘めにしてくれるらしい。
「私は職員室に戻りますが、他のクラスに迷惑はかけないように。それさえ守ってくれれば、自由に席替えしてもらっても構いませんよ」
そう言って熊田先生は出ていった。
席替えか。俺は今の席のままでいいが……他の連中はそうじゃないだろうな。
惜しい気もするが、先に譲っておくか。
「ケイくん?」
筆記用具とかを鞄にしまっていると、鈴音が不思議そうに声を掛けてきた。
「何してるの?」
「どうせ一番後ろの席なんて、争奪戦になる。なら先に離脱するのが賢い選択だ」
そんな会話をしていると、石間を含めた男子数人が俺の席を取り囲んだ。
「その通りだぜ、景介」
「
見れば、他の後ろの席や、窓際の席でも同じような事になっている。
「くれてやるから、巻き込むな」
鞄を肩に掛けて、真ん中の方へ移動する。
血気盛んな特武コースの生徒は、席替えすら平和には行えんのだ。悲しい事に。
「ケイくん! 私も逃げてきちゃった!」
右隣の席に鈴音が座った。前に移動しただけで、さっきと配置が同じになったな。
鈴音は
「あんなものに付き合う方がどうかしてるぜ」
既に殴り合いを始め、拳銃まで使いそうな石間たちをチラ見する。
「でも、去年までの花村くんなら、参加してたんじゃない?」
左側の席に座りながら、糸岡がそう言ってきた。
「嫌気が差したんだよ。戦いにはな」
「何があったのかは訊かないけど、僕は残念だなぁ」
「なんでお前が残念がるんだよ」
「私も
鈴音には、潜入や強襲の前に情報を集めてもらった事が何度もある。
「そうそう。僕たちを誘ってくれなくなった」
ニコニコ顔のせいで忘れそうになるが、糸岡は優秀な
石間だって武器や機材に詳しい上に、あの筋肉だ。パワーがある。
難しそうなヤマは、この3人に頼らせてもらってきた。
「そこ、代わってくれないかしら?」
そんな俺たちの話に割り込んで、鈴音の肩に手を置いたのはライラだった。
「えっと……」
「ライラでいいわよ」
「なら、ライラちゃん! 他の席も空いてるよー?」
「あたし、ケイスケの隣がいいの」
口から何かが飛び出しそうになった。
「そういう事なら、僕が代わるよ」
やめろ、糸岡。そんな嬉しそうな顔をするな。
「あら、そう? ありがと」
糸岡は早くも立ち上がっており、ライラはその空いた席に座っていた。
ヒューヒューと口笛の音が聞こえたので、イヤな予感がしつつも振り返る。
「やっぱりお前らデキてたんだな!」
石間がデカい体を折り曲げて肩を組んできた。そして、
「メールでいいから、詳しく聞かせろよ?」
そんな事を耳元で囁いてくる。
てか、敗けたな? ここに来たって事は。
「そんなんじゃねーよ」
「ごまかすなって。な?」
口をへの字に曲げて、黙り込んでやった。反論するのもバカバカしいぜ。
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