SEQ1――琥珀との邂逅――4/5

 北沢教官との会話が外にれないよう、道の端っこの方でコソコソと小声で通話していたワケだが……そのせいで時間をロスした。


「遅れましたー」


 そーっと体育館のドアを開けて、中に入る。ちょうど名前も知らない教頭先生が、壇上で喋っているところだった。


「こら、君。遅刻だぞ」

「はい、すみません」


 これまた名前を知らない体育教師っぽい先生に注意を受ける。

 第一学舎の知らない先生たちに注意されるのって、慣れないな。


「えーっと……」


 自分のクラスが並んでいる場所を探すんだが……しおりをもらってないので何組になったのか分からない。なので、体育館の後ろの方で気配を消して突っ立っている事にした。

 こうボーっとしていると、眠くなってくるな……


「――では、これで令和5年度の始業式を終わります。3年生から解散してください。用のない生徒は、速やかに下校するように――」


 ハッと気付くと、マイクを使って若い女の先生がそうアナウンスしていた。

 いけね。どうやら、半分寝ていたようだ。


「続いて、2年生――」


 アナウンスによって、2年生の隊列がゾロゾロと出口へ向かい出した。


「あっ! ケイくんいたよー!」

「おはよう、花村君」

「おう、景介。どこにいたんだよ?」


 体育館から出ていく2年の波に、何事も無かったように合流したハズが……顔見知りに見つかったらしい。


 列からはみ出して近寄ってきたのは、同級生女子の河堀鈴音かわほりすずねと、男子の石間勝喜いしまかつき糸岡進いとおかすすむだ。コイツら全員、特武コース。すなわち、特武免許を持っている。


「仕事があったんだ」

「さすが。花村くんともなると、朝イチから仕事が入るんだね」


 ニコニコと人当たりのいい笑顔を浮かべて、俺を持ち上げるのは糸岡だ。いっつも微笑を浮かべているから、女子人気が高い。ちょいと小柄なとこも、庇護欲をそそられるとか。


「スランプは終わったのか?」

「さあな。簡単な仕事だったから分からん」


 肩を組んできたのは、石間。身長185㎝超。スポーツ刈りの筋肉野郎で、横に並ばれると圧迫感がある。


「2人とも、私が言った通りだったでしょ! ケイくんは、絶対来るって!」


 そして、元気いっぱいに俺の周りを跳ね回っているのが、鈴音だ。地毛の明るい茶髪――下ろせば肩甲骨を覆うぐらいの長さ――を、濃い赤紫色ピアニーのリボンでポニーテールに結んであるのだが、それが彼女の動きに合わせて跳ねている。


 それと一緒に、プルーンのような甘いニオイも振りかれている。厄介な事に、いいニオイだ。鈴音自身も愛くるしい顔立ちで、よく笑うから元気をもらえる。少し騒がしいけどな。


 あと、スカート周りには気を付けてほしい。女子力か何か知らんが、鈴音はスカートを短めにしているのだ。そのスカートが、跳ねる動きに合わせてひらひらと危なっかしい。


 鈴音は俺の周りを1周した後、えっへんと胸を張った。平均的な大きさの胸が、それで強調されている。


「何の話だ?」

「俺たちで賭けてたんだよ。お前が今日、休みかどうかって」

「何やってんだよ……」

「えへへー。ジュース2本は私のモノだー!」


 賭け金はジュースかよっ。ショボいな……


「花村くん。僕たち今年も同じクラスだよ」

「ケイくん、やったね!」

「3クラスしかないんだから、そりゃ被るだろ」


 そう、特武コースは3クラスだけだ。生徒数は、俺たちの学年で100人弱。中高合わせて、600人もいない。しかも――


「景介、聞いたか?」

「何を?」

「死んだらしいぜ、木下のヤツ」

「ホントか?」

「まだ正式には出てない情報だがな」


 ――死んじまうヤツもいる。

 だが、あまり沈めない。そういう風に教育されるから。

 仮に目の前でクラスメートが殺されたら、悲しむより先にカタキを取る。それが俺たち、特武コース生なのだ。


「次はお前かもな」


 石間がからかってくる。これは悲しみに暮れないための、そして、気を引き締めるための決まり文句のようなものだ。


「お前が先だろ」

「気を付けてよ? 2人とも」

「でもでもー、『エックス』のケイくんは簡単には死なないよねー?」


 鈴音の言葉に、一瞬声が詰まった。今の俺には……過大評価なんだ。それは。





 放課後。といってもまだ正午にもなってないが。


 陽子との約束を守るため、俺は校門近くで彼女を待っていた。

 今日は学校指定の通学鞄も持ってきてない。始業式で配られたしおりも、鈴音のを写真に撮らせてもらった。

 だから、手ぶらで気楽に待つ事ができる。


「けーちゃん、お待たせー」


 春のそよ風に漂う雲を眺めていたら、陽子が小走りでやってきた。


「ごめんね。お仕事、もっと早く終わらせるつもりだったんだけど……」

「気にしなくていいよ」


 そう言いざま、奪うように陽子のカバンを持つ。書類が入っていると思われる鞄は、少し重かった。


「けーちゃん……」

「ほら、行こうぜ」


 なんでか陽子がうっとりと見つめてくるので、俺は気恥ずかしくなってしまう。並んで道を歩いているだけなのに、作戦行動前みたいな緊張感がある。

 時折、手の甲同士が触れそうになり、その都度ヒヤッと・・・・してしまう。


 3分ぐらい歩いて、近くのパーキングに寄る。そこには、白色のホンダ・シビックタイプR――1つ古い型。確かFK8――が停めてあった。


「あれ?」

「ここに停めてもらっておいた。電車やバスよりはいいだろ?」

「うん」


 このシビックは俺のじゃない。陽子のお父さんのものだ。中古車だとしても、学生にとって車はなかなか手の出せないモノだからな。

 しかし、『俺でも扱える車』というリクエストに対して、スポーツカーが出てくるのはビックリしたぜ……


「けーちゃんの運転、久しぶりだね」


 特武免許を持っていると、いろんな条件をすっ飛ばして運転免許も取れるようになる。ヘンな話だが、車も兵器になり得るとかいう理由で、特武の技能に数えられるのだ。


 特武免許にも複数種類があって、扱える銃火器の範囲などが変わってくる。乗り物だったら、大型船舶や飛行機の運転資格も取れるらしい。そんなの取ってるヤツ、俺は見た事ないが。


「あー、陽子」

「なぁに? けーちゃん」

「その……だな、目的地を決めてないんだ」

「どこでもいいよ?」


 シフトレバーに置く俺の左手に、陽子が右手を添えてきた。すらっとしていて、細くて、柔らかくて、暖かくて……


 ――ドキッ――


 心臓が高鳴った。

 おいおい、やめてくれよ。そういう不意打ちはさ。操作ミスって事故ったらどうするんだ?


「けーちゃんとなら、どこでも……」

「そう言われてもなあ」


 優しく手を振り解くように、レバーを動かす。ちょうど、赤信号だったし。


 アテも無く道路を進み、結局、ドライブデート(陽子曰く)という事になった。


 途中、陽子がやってみたいと言うので、マックのドライブスルーに入ってハンバーガーを買った。

 陽子は、運転中の俺にハンバーガーを食わせてくれながら、ポテトをナプキンで丁寧に1本ずつ摘まんでたよ。

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