SEQ1――琥珀との邂逅――3/5

「詳しい事を聞かせてもらおうかな?」


 立ち上がろうとしていた男子2人に振り返り、声を低くして訊く。


「ま、まだ――」

「もう終わりだよ」


 ヘルメットを乱暴に剥いでやると――見た事ある顔が出てきた。


「……研宮とみや学園高等学校特武育成コースの1年生で、間違いないね?」

「くっ……」


 悔しそうに顔を伏せたソイツは、俺と同じ特武コース・・・・・の生徒だった。

 他の2人もヘルメットを脱いで、降参の表情を見せている。


「やっぱり、『エックス』になんか勝てないよ……」


 膝を斜めに揃えて座り込んだ女子が、今にも泣き出しそうな声で言った。

 ……あーあ。もう既に鼻声だよ。


「エックス……?」


 不思議そうに呟いたのは、ライラだった。手錠をテキパキと後輩たちに掛けながら、俺を怪訝けげんそうに見つめている。


「昔の話だよ。それよりも……誰の指示だ?」

「……特別追試だって言われたんすよ。あんたを捕まえられたら、評価を上げてやるって」

「追試、か……」


 納得したぜ。

 コイツらは、昨日行われた試験――特武コースの生徒が高校に上がる際に実施される、戦闘能力をはかるためのテストで、結果の振るわなかったヤツらなのだ。

 俺は昨日、それの手伝いで審判をやっていた。コイツらの顔も、その時に見ていた。


教官・・の言葉か?」

「分かんないっす。匿名のメールで送られてきたんで……」


 これは、何か裏がありそうだな。


「分かった。後の事は……ライラに任せるよ」


 腕時計で時間を確認すると、8時7分。この戦いにかけた時間は、大体6分ってとこか。

 遅れると陽子に怒られそうだし、急がないとな。


「ちょ、ちょっと! コイツら置いてく気⁉︎」

「そうだよ。全部、君の手柄にしていいからさ」

「車が爆破されて、レッカーも呼ばなきゃいけないのよ⁉︎」

「まあ、それは……ご愁傷しゅうしょうさま」


 言いながら駐車場のはしの方へ歩いていって、そこの塀に足を掛けて跳ぶ。

 ここは4階だが、問題はない。3階と2階の塀に手を引っかけて、減速しながら降りていく。


 地面に降りると、身を乗り出したライラが叫んでいた。

 無視、無視。取り合っても、事件の報告書を書かされるだけだ。

 そういう面倒な事は、他人に任せるに限るよ。


「待ちなさぁぁい!」


 驚いた事に、ライラがワイヤーを使って急降下してきた。


「アイツらをほっといたらダメだろ?」

「その言葉、そっくり返してあげるわよ!」


 ガゥンッ! とライラが俺の足下を撃った。


「撃たれたくないでしょ? 手伝って」

「その言葉は、君の銃弾が当たる場合にしか脅しにならない」


 ムッとした様子で頬を膨らませたライラが照準を合わせ、その細い指をトリガーに掛ける瞬間――俺はサッと横に動き銃弾を躱した。

 ライラは驚きもせずに照準を合わせ直すが、もう手が届く範囲に入っている。

 ソーコムのスライドを掴み、ライラ側へと押し込む。こうすれば、撃鉄は倒れない。


「この……ッ」


 俺の手を振り払おうとするライラの動きを利用し、小手こて返しを掛けて彼女を転がせた。


「エックスっていうのはホントみたいね……」

「昔の話だと言ったハズだ」


 ソーコムを取り上げて弾倉マガジンを外す。スライドを引いて装弾されていた弾も排出してから、本体と弾倉を別々の方向へ投げた。


「やァ!」


 ブレザーの背中の内側から、ライラがコンバットナイフを取り出し、俺に斬りかかってくる。


(血気盛んだな……)


 苦笑いしつつ、対処するが……


(これはッ)


 ライラのナイフさばきは……速い。いや、ライラ自身の動きがとても素早いのだ。

 だが、反応できないほどじゃない。かわせるぞ。

 突き出されたナイフを避けながらライラの背後に回り、軽く彼女の背中を押してから、3連続バック転で距離を取る。


 つんのめったかに見えたライラは、琥珀色の髪にを引かせて振り向くと、地面を力強く蹴って駆けてきた。

 下からの攻撃に備えて腰を落とすと、ライラは走る勢いを利用して高く跳んだ。走り幅跳び染みたフォームから、ナイフが振り下ろされる。


 左足を後ろに下げ、間合いを外してナイフを避ける。そして、気が付いた。今の攻撃は、フェイントだ。

 ナイフが空を斬った勢いそのままに、ライラの体が前方に傾く。彼女の真の狙いは、空中で一回転したのちに放たれる――かかと落とし!


(なんてムチャクチャな動きをするんだ……っ)


 ドスンッ、と体重と遠心力を乗せた一撃が、クロスした両腕を襲う。


(間一髪だった……)


 防御が間に合ってなかったら、鼻を折られるぐらいじゃ済んでなかっただろうな。というか、腕の骨折れたかと思ったぜ。

 痺れる腕を振りつつ、バックステップする。


「へし折ってあげたつもりだったけど」

「昔から骨だけは丈夫でね。ああ、それから……スカートには気を付けた方がいいよ。下着が丸見えだった」


 指摘してやると、ライラは顔を真っ赤に染めた。


「ちょっと! なに見てんのよ!」

「むしろ見せつけられたような形だけど? 目の前で跳び上がって、なおかつ足を開いてさ」

「ぐぬぬ……」


 頬を紅潮させたまま唇を噛んで睨みつけてくるライラを残し、俺は駅の方へと歩き出す。


「次に会ったら、はちにしてやるんだから!」


 物騒ぶっそうなセリフに、なぜか笑みがこぼれた。

 だから俺も、背中越しに言い返してやったのだ。


「楽しみにしてるよ」



 これが俺とライラの――月光眼ムーンアイを巡る物語の始まりだった。





 8時13分。満員電車に乗った俺は、そこでガクンと体から力が抜けるのを感じた。


(Aに戻ったか)


 モードAとモードB。

 花村家の人間は、その特殊能力によって知覚能力と身体能力を高められる。母さんは通常時をモードA、強化された状態をモードBと呼称していた。モードBになれば、体を思うがままに動かせるようになるのだ。


 モードBの仕組みは……詳しくは分かってない。実際に花村の人間が解剖された事も無いからな。

 眉唾まゆつばだが、花村家の能力を魔術的・・・なモノだと考える方がしっくり来る。


 だってありえないだろ、普通。

 まあ、それでも、この力に頼らないといけない。得体の知れないこの力に。

 兄さんも姉さんも……そして母さんもそうだった。


 花村家の戦闘員・・・として認められるには、モードBには自在に変われなければならない。俺も、去年までは難なくできていた。

 しかし、去年の冬、ちょうど大晦日おおみそか前。とある任務に赴いていた、俺の大切な人・・・・が消息を絶った。その時から、俺はモードBになれなくなった。


 その人は、人生のかなめだった。

 父さんが病死して、相次あいついで母さんを亡くした俺をなぐめてくれた。心の支えだった。

 そして同時に、その人は俺の強さの目標でもあった。それなのに――


 ……

 …………俺は今までに、目標を2人も失っている。

 1人目は母さん、2人目はその人。

 2人とも、出来損ないと呼ばれた俺なんかでは手も届きそうになかったのに……

 俺にとって、まさにヒーローだったのに……

 そんな人たちでも――敵わない相手はいた。


 ……巨悪から人々を守る。それが昔の夢だった。でも今は、そんな事はムリだって分かってる。

 俺は、俺は……弱い……





『次は目黒――』


 電車内のアナウンスを聞き流しながら、携帯の画面を見る俺は眉をひそめていた。


『襲撃を受けた件で確認したい事があるので、至急連絡してください』


 というメールが届いていたのだ。

 電車を降りて、駅の構内を抜け、そこで教官に電話を掛ける。


『もしもし?』

「あ、北沢きたざわ教官、お疲れさまです。花村です」

『おぉ、花村か。朝から災難だったな』


 電話に出たのは、『捜査』を専門に教えてくれている北沢教官だった。

 北沢教官は元警察官で、40代後半の男性だ。雑用を押しつけてくるから、生徒には若干じゃっかん嫌われている。


「ええ、まあ」

経緯けいいはもう聞いている。電話、必要なかったぞ?』


 じゃあ、あんなメール送ってくるな。


「それじゃあ、失礼します」

『待て、花村。襲撃の事は他言無用だ』

「分かりました」

『もしかれたら、追試だったと答えろ』


 なるほど。あれは、学校が用意した救済措置的なものだったんだな。

 巻き込まれた身としては、迷惑もはなはだしいけど。


「それも、承知しました」

『花村、ちょっと調子が戻ったんじゃないか?』

「……そんな事は――」

『お前には期待しているからな?』

「……はい、ありがとうございま――切りやがった」


 言いたい事だけ言って、一方的に電話を切るのも北沢教官の特徴だ。

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