SEQ1――琥珀との邂逅――2/5

 少し、注意散漫さんまんになっていた。頭を振って、視線を上げる。

 左脇にある拳銃ストームの重みを感じながら、自動ドアをくぐる。まさにその時――

 ――目の前に、3人の人間が降ってきた・・・・・


 着地したソイツらは、体格からして男2人と女1人だ。

 全員がフルフェイスヘルメットで顔を隠して、黒いライダースーツの上から防弾ベストを着込み、肘と膝にもプロテクターを付けている。

 そして、その手にはイングラム・MACM11マック・イレブン――凄まじい連射力を誇る短機関銃サブマシンガン――を持っていた。


「……っ」


 1人と目が合った。向こうは顔を隠しているが、それでも目が合ったと直感した。


 俺は考えるよりも先にマンションの中へ引き返し、裏口の方へ向かって走り出した。 案の定、ヤツらは追っかけてきている。

 裏口から出て、すぐにドア閉じると――ガキガキガキンッ! 金属製のドアに銃弾が当たる音が聞こえた。


(あ、危なかった……)


 しかし、まだ安心はできない。急いで、どこかに身を隠さないと。

 俺は、マンションに隣接している立体駐車場へ、そこのへいを飛び越えて転がり込んだ。受け身を取って、素早く身を起こし、階段へ向かう。


「いたぞ!」


 ヤツらも駐車場に入ってきた。

 銃口を向けられる前に、階段を駆け上がる。とにかく最上階まで逃げるんだ! それしか無いッ。

 だが、その後はどこへ行けばいい?

 逃げ道が無くなれば、今の俺にはどうする事もできない。

 反撃する間もなくメッタ撃ちにされるだけだぞ。


 どうする? どうする⁉︎


「こっちよ!」


 闇雲やみくもに走っていると、甲高い女の声が駐車場に響いた。今の状況に似つかわしくない、甘ったるくて可愛らしい声だ。


 声のした方を見ると、通路の真ん中でライトを点滅させるパッシングしている赤い車があった。車種は日産・GT-R。国産スポーツカーだ。

 運転席側のドアが開いていて、俺に声を掛けた人物はその裏にいた。

 他に逃げ場は無いので、警戒しつつもそこへ駆け寄る。


「間に合ったわね」


 ドアを盾にしていたのは、身長145㎝もない小柄な女の子だった。

 可愛い顔立ちだ。それも、とびきり。こっちがドギマギしてしまうほどに。

 しかし、自分が追われている事を思い出し、そんな緊張はすぐに消えた。


「君は?」


 ツーサイドアップにわれた、光を透かした琥珀こはくのような髪。その長さは背中半分を超えている。

 スカートから覗く足は白く細っそりとしていて、胴と比べて長い。成長すればモデル体型になりそうだ。

 幼さを感じさせる顔は西洋人のもので、そこらのアイドルよりも可愛らしい。形のいい眉を見れば、琥珀色の髪イエローアンバーが地毛である事が分かる。



 だが、何より美しいのは、琥珀そのものであるかのような美しいだった。



 その少女は、俺と同じ私立研宮学園の制服を着ている。ワッペンとリボンの色は臙脂えんじ色。第二学舎の生徒だ。という事は――


「あたしはライラ。特武・・よ」


 短い自己紹介と共にスカートの中へ手を突っ込んだライラは、そこに隠されていたレッグホルスターから拳銃を引き抜いた。

 H&K・マーク23ソーコムアメリカの特殊部隊USソーコムのために作られたような銃で、場合によっては突撃銃アサルトライフルの代わりとして使う事も想定された大口径拳銃だ。

 ソーコムが使う銃弾は、.45ACP弾。ストームの9㎜弾よりも、銃弾1発の威力がデカい。


 ガゥンッ!


 ヤツらが登ってきていた階段に向けて、ライラが発砲した。その姿勢は一切乱れていない。細腕だが、見た目以上に力がありそうだぞ。


「ボサッとしてないで、銃を抜きなさい!」


 ライラが、こっちを見ずにそう言った。制服に付けたバッジから、銃を持っている事を見抜いたんだな。


「あ、ああ」


 的確にソーコムを撃ち続けるライラに瞠目どうもくしながら、俺もストームを構えるが――


(……クソッ!)


 ライラの再装填リロードの隙を埋めようと、照準を合わせる俺の手がガタガタと震え出した。狙いが定まらないッ。

 その隙を見て、ヤツらがM11を撃ってきた。俺たちは、防弾仕様らしいGT–Rに隠れざるを得ない。


「もう! このノロマ!」

「痛てっ」


 いきなり頭を殴られた。細くって柔らかそうな手のくせに、やたら痛いぞ。


「何すんだよッ」

「あんたが撃たなかったから、敵が近づいてきてるじゃないッ」


 ババババッ! ババババッ! と、断続的に聞こえてくる銃声の合間をって、相手の様子を探る。確かに、駐車場の柱や車をたてにしながら距離を縮めてきていた。


「まずは1人!」


 柱から車まで移動しようとした男のM11を、ライラのソーコムが撃ち抜いた。M11の破片が、辺りに散らばる。


「クソッ!」


 先に車のかげに隠れていた男が、思わずといった様子で吠えた。

「何があるのか知らないけど、焦ってるみたいね」

「ホントにそうなら、判断力が落ちる。チャンスだ」

「分かってるわ!」


 ライラが飛び出そうとしたが、その動きをキャンセルした。


「危ないわ……よッ!」


 ソーコムをホルスターに戻したライラは、俺の腰に右腕を回して引き寄せ、盾にしていたドアを両足で蹴った。


(ウソだろ……っ)


 バコン! という音を立てて、GT–Rのドアが吹っ飛ぶ。同時に、俺を抱えたライラが、水泳で壁を蹴った時のように水平に跳んだ。


 ――ドォンッ!


「……っ⁉︎」


 間髪入れずに爆発音が鳴り、空気が僅かに振動する。

 爆風を受けて1秒弱滞空した俺たちは、綺麗に着地はできなかったので――ゴロゴロゴロ……と駐車場の床を転がる事になった。


 お互いに頭を守るように、ライラは俺を左手で胸に抱き寄せ、俺は彼女の後頭部に右手を添えている。

 結果、俺は上からライラの小ぶりな胸に顔を埋めてしまっていた。


 ――トクンットクンッ――


 爆発音の後に聞こえたのは、少しリズムの速い鼓動だった。それはまるで、爆発音に慌てふためく俺を落ち着かせるかのようで……

 その鼓動に意識を奪われていると、次はハニーミルクのような甘い香りを感じた。

 2秒、いや、3秒だろうか。図らずもそれを味わってしまった俺は――


「ううん……」


 ――という苦しそうな、それにもかかわらず可憐な声で現実に引き戻された。

 そしてこんな状況だというのに、気恥ずかしさや罪悪感がまさって、無警戒でライラの小さな胸から顔を上げてしまう。


 ……顔を上げたからには周りの様子を確認しよう。

 下から爆破された・・・・・GT–Rのエンジン部は……よし、炎上してないぞ。ヤツらも今の爆発から身を守るために、何かの後ろに隠れたらしい。


「……B?」


 先ほどとは違う自分の落ち着き具合に、俺自身が驚いてしまう。


「そうよ! 爆弾Bombよ! 正確には手榴弾Grenade!」


 俺を押し退けつつ、ガバッと起き上がったライラ。英語の発音は淀みが無いフルーエント

 彼女が行動をキャンセルしたのは、手榴弾を車の下に投げ込まれたからだったのだ。俺はその事を、音から推察した。


「さてと、ライラ。もう休んでていいよ。後は俺がやる」


 既に震えの止まった手で、ストームをしっかりと握る。

 同時に、ライラを隠すように前に出る。


「……頭でも打った?」


 困惑しているライラに、顔だけで振り返ってウインクする。


「ここは俺に任せて、学校に連絡しておいてくれ。始業式に遅れるってね」

「――ドジなあんたなんかに、任せられるワケないでしょ!」


 イラッとした様子で、ライラが俺の隣に立った。

 今のウィンク。安心させようと思ってやったんだけど、逆効果だったみたいだ。父さんの教え通りにやったのになぁ。

 まあ、さっきまで何もできなかった男にかばわれても、信用はできないか。


「ナメるな!」


 まだM11を持っている男が、それを構えながら柱の陰から出てきた。俺とライラのり取りを聞いて、放ったらかしにされたと思ったらしい。


「フッ……」


 思わず失笑してしまう。何を今まで苦戦していたのかと。


 一瞬だけ横目で男を見て、トリガーを引く。既に視線は横にいるライラへと戻してある。

 傍目には、ノールックで射撃をしたように見えたハズだ。

 俺の狙い通り、ストームから発射された銃弾はM11をね上げるように斜め下から当たった。宙を舞うM11を見れば、その狙いは寸分すんぶんたがわなかった事が分かる。


「まったく……」


 今度はしっかりと目視で狙いを付けて、GT–Rの後ろから飛び出してきた女子・・が持っていたM11を撃ち抜く。

 続いて、刃の大きいコンバットナイフを構えた2人の男子・・が飛びかかってくるが、1人は左手のストレートで、もう1人は右足の回し蹴りで倒す。

 同じくナイフを構えていた女子にゆっくりと近づくと、怯えた様子でそれを遠くへ投げてしまった。

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