SEQ1――琥珀との邂逅――1/5
窓から差し込む、柔らかな朝の日差し……ん? 俺、寝室のカーテン開けてたか?
寝ぼけたままに目も開けずにいると、誰かに体を揺すられた。
「けーちゃん、もう朝だよ……もう! けーちゃんってば!」
俺――
1人は、
残る最後の1人は――
「おはよう、
「うん! おはよう、けーちゃん」
黒いブレザーに、黒いスカートという制服姿。それも一切着崩してない。今時珍しい、一目でわかる優等生だ。
「
時計は6時30分を指している。いつもより早い起床だ。
「早起きは
陽子が膝を曲げて、こちらを
「じゃあ、その分払うから……」
「朝ごはん作っちゃってるの! 冷めちゃうから、おーきーてー」
陽子が
「やっと起きた」
「……朝は弱いんだ」
「知ってるよー」
「……昨日の仕事で疲れてる」
「お仕事、おつかれ様です」
なんだか、ふわふわと思考がまとまらない。まだ寝ぼけているようだ。
「わっ……ひどい寝汗。シャワー浴びる?」
陽子はわざわざ身を
「先に朝飯をもらうよ。待たせたみたいだし」
「わたしはもう済ませたから、気にしなくていいよ?」
そうは言いつつ、料理を冷ましたくなかったらしい。その顔がぱっと明るくなった。
というか、女子が部屋にいる状態でシャワー浴びるとか……できないだろ。
リビングのテーブルには、トースト、スクランブルエッグとサラダ、そして牛乳が置いてあった。
「けーちゃん、朝はあんまり食べてくれないから……少なめにしたの」
「ありがとう。ちょうどいい量だよ」
これは本音だ。朝はどうしても、食事がめんどくさく感じてしまう。
「食べて、食べて」
そう急かされたので、トーストにバターを塗ってかじる。サクッと香ばしいが、焼きすぎてない。まあ、よっぽどヘマをしなければ、トーストを作るのに失敗はしないだろう。
本命は、スクランブルエッグだ。
陽子の作るスクランブルエッグは絶品。一流ホテルのシェフも顔負けの、ふわとろ食感である。これをシンプルにケチャップで食べる。トーストに乗せても美味い。
「どう? 上手にできてる?」
対面に座る陽子が、若干身を乗り出して
「相変わらず、美味しいよ」
「ホント? 良かったー」
ホッと胸を撫で下ろした様子だが、そんなに心配しなくていいだろうに。
「けーちゃん」
「ん?」
もそもそと朝飯を堪能していると、申し訳なさそうに陽子が切り出した。
「学校、一緒に行けないの」
「いつもの事だろ」
「だって、今日は始業式でしょ? せっかく、けーちゃんも第一学舎なのに……」
俺と陽子は同じ高校――私立
しかし年に数回、例えば始業式などでは、同じ学校に通う全員が第一学舎に集まる。
「生徒会の仕事があって……みんなより早く行かなきゃならないの」
「じゃあ、もう行った方がいいんじゃないか?」
「うん。そろそろ行かなきゃ」
モジモジ……
何を迷っているのか、決心つかないってカンジだな。
「どうかしたか?」
「その……久しぶりに、ハグ……したいな」
ハグ……か……
「そ、それは子供の時にしてたやつだろっ」
俺はもう、朝食を食べ終わっていた。食事を理由に逃げられない。陽子め、タイミングを計ってたな?
「ハグしてくれなきゃ、学校行かない!」
これは、陽子の数少ない困ったとこだ。まさに玉に
「しょうがねーな……」
陽子は昔から、たまにこうなる。
(絶対、俺の両親のせいだよな……)
出かけるたび、父さんにハグをせがんでいた母さんを思い出す。陽子もその様子をよく目にしていた。
のっそりと立ち上がって、期待の色を浮かべた陽子に近づく。彼女は
――とその時、名案が浮かんだ。
「そうだ、陽子。俺、汗かいてるから。ほら、制服が汚れるからさ――」
「えいっ!」
有無を言わさぬ抱きつきである。同時に、
問題は香りだけじゃない。ブレザーのせいで分かりにくいが、陽子の胸は――大きい。具体的な数値は不明。知ってしまったら、後戻りできないような気がする。
人肌の柔らかさの前にある制服と下着の硬さが、妙に
「陽子、もういいか?」
「ダメ……もうちょっとだけ――」
「いや、ここまでだ」
俺はそっと陽子の肩を押して、体を離す。
「イヤだった?」
「そうじゃないよ」
「じゃあ、どうして?」
「時間が迫ってる」
俺が壁時計を指さすと、陽子は左手につけた腕時計を確認した。タッチスクリーン式のそれは、陽子の親が社長をしている会社で作られたもの。いわゆるスマートウォッチだ。
稲田インダストリー。稲田家の分家が建てた国産軍事会社。今は、陽子の父親が二代目の社長をしている。
そう、陽子は社長令嬢なのだ。
俺みたいな男が、なぜお嬢様の陽子と幼なじみなのか。その理由は簡単。親戚ぐるみで繋がりがあったからである。
「そろそろ行くね」
陽子は
「朝飯、ありがとな」
「うん」
玄関のドアを開こうとする陽子。顔は
「……放課後、遊ぶか?」
あんまり良くねーな……こういうのは。
陽子は、俺みたいな出来損ないと一緒にいるべきじゃない。
「いいの?」
「お前が良ければな」
それでも、曇った顔を晴れさせる方法は分かってしまう。分かってしまったら、実行せずにはいられない。
「うん!
顔を上げた彼女は、にぱぁーと笑顔になっていた。
「じゃあ、気を付けて」
「けーちゃんもね。最近、この辺りも
再び顔を伏せてしまった陽子を急かし、マンションのエレベータまで連れていく。
陽子の不安そうな様子を見ていると、こっちまで不安になってきた。
陽子が黒塗りのトヨタ・センチュリーに乗るのを、外廊下から見届けて中に戻った。
このマンションは私立
陽子の去った部屋は、どこか淋しい。静けさを消すように、テレビのリモコンを手に取る。
電源ボタンを押すと、画面の向こうでは、女性アナウンサーがよく通る声で原稿を読み上げていた。
『
特武。正式名称を『
特武は民間人という扱いを受けながらも、武装を許可された人間だ。さらには、一定範囲の捜査権と逮捕権すら持っている。
(ホント、物騒になったもんだぜ)
心の中で
テレビを
シンプルな黒色のズボン、胸ポケットにワッペンの付いたブレザー。ワッペン自体は、陽子のものにも付いている。だが、その色が違う。
第一学舎に通う者は
ボタンを留めた俺はさらに、金色のバッジをブレザーの
そして、またリビングへ行き、テレビラックに併設してある鍵付き棚の引き出しを開けた。
そこには、リボルバー・オートマチックを問わずいくつかの拳銃がある。全部、姉さんが祝い事のたびに送ってきたモノだ。
その中から俺が手に取ったのは、ベレッタ・Px4ストーム。ベレッタ社特有の上部を切り開いたデザインを
ポリマーフレームが採用されているから、軽くて丈夫で錆にも強い。グリップは使う人間の手に合わせたサイズに変更でき、銃弾も9㎜
俺は、コイツを『ストーム』って呼んでいる。ホントはシリーズ名だが、こっちの方が呼びやすいからな。
そのマットブラックの銃を、ブレザーで隠したショルダーホルスターにしまう。
ストームの横に置いてあった
最後に、特武免許証を入れたカードケースを胸ポケットに入れる。
携帯で確認すれば、まだ8時にもなってない。最寄りの新木場駅から、第一学舎の最寄りである目黒駅まで大体40分。今から出れば、十分間に合う。
(特武は、
エレベーターに乗って、俺の部屋がある5階から1階のエントランスまで降りる。
備え付けの鏡に映る俺は無気力で、少し長めの前髪から
(どれもこれも、花村家が悪いんだ。戦ってばかりの花村家が)
古くから続く武門の一家。花村家はその1つだ。代々、武力で物事を解決してきた……血に
稲田家とは、その歴史のどこかで繋がりを持った。花村の人間が稲田の財を守り、稲田は花村を資金的に援助する。そうやって支え合ってきたのだ。
(結局、俺もその運命から逃れられなかった)
そうだ。だから、あの人は――死んでしまったのだ。
俺なんかが、係わってしまったから……
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