FILE.2 端金だとて
金は人を狂わせる。俺の前にいる、この男も金に人生を振り回された者の一人だ。
―2日前―
そう決意していると、後輩の
「か、柏木...?」
「あのー...少しお時間、宜しいでしょうか...?」
柏木が男に話かける。男は柏木の顔を見た途端、血相を変える。
あ、やっぱり、悪い人...?
男は上着のポケットから、光る物を取り出す、ナイフだ。俺は出す勢いに任せて、刃を立てる。そして、そのまま、柏木に向かって
俺は柏木に駆け寄る。
「柏木ッ...!大丈夫か?!」
「えぇ、全然。」
柏木はあの状況で、息を切らしてない所か、平然としていた。
この後輩、怖いッ...!
俺達は救急車を呼んだ。去っていく救急車を見送った俺達は、奴の鞄の中を見てみる。
「何が入ってるんでしょうね。」
「さあな...?」
「これは...」
金だった。しかも、ギッシリと詰まっていた。
「いくら、入ってるんだ...?」
「さあ...?」
「これだけあれば...」
「どうした、柏木...?」
「先輩...身長を俺に与える手術が出来るかもしれません...!」
「いや、またかよ...てか、いくら金があっても、それは無茶だろ...」
「え...」
俺はさっきまでの憧れの眼差しを捨て、呆れを感じていることを示した。
柏木は身長が168cmで微妙に170cmにいかないから、182cmの俺に、身長を分けるよう、よく訴えているのだ。
この最強の後輩・柏木
―取調室―
「で、結局、貴方は何なんですか。」
男は黙ったままだった。
この男は、2日前、警官が職質しようとしたら、急に襲いかかったらしい。持ち物は、金が詰まったバッグと2本のナイフ。片方は、血が付いていた。だが、携帯も財布もなく、本人はこの態度なもんで、進歩が一向にない。
そういえば、今日は池本も一緒に取り調べをしている。
すると、扉が開く。
一人の刑事がファイルを持ってきて、俺に耳打ちする。
「血は、近くで殺された闇金の社長のモンでした。」
「てことは...」
「えぇ。恐らくアイツが...」
「これ、その社長の資料です。」
「嗚呼、あんがとな。」
俺はファイルを開く。池本が隅から覗き込んでくる、鬱陶しい。
草原組は、この頃、暴対法をすり抜けながら、頭角を現している暴力団。凶暴な人間が多いことで名は知られている。
中西は、社長室で腹を刺されて死んでいた。そして、社内にいた2人の社員も殺されていた。社内はかなり荒れていて、金庫もこじ開けられていた。2人の社員は射殺だったが、現場に中西の指紋が付いた拳銃があったことから、それを奪ったのだろう。
「あのー、貴方は2日前に中西邦彦という、金貸しの社長を殺害していますね。」
「…」
「もう、無駄ですよ。貴方の鞄の金から、中西社長の指紋が出てきました。これ程の証拠があったら、もうどうしようもないですよ、
「
岡田が少し怒気を込めて言う。
「…あ。」
おいおいマジかよ、ふざけてやったら、やってくれちゃったよ、この人。
「...オカダ、オカダ、オカダ...あ、ありました。岡田
池本が中西の会社の顧客から、岡田の名を発見する。だが、岡田なんてよくある名前だ。一人しかいない訳はない。そんな早く見つかる訳が...
岡田の方を見ると、天を仰いでいた。
おいおい嘘だろ...コイツ、マジか...?
俺は気を取り直して聞く。
「えー、では、岡田庸一さん。お話を伺っても?」
「嗚呼...、良いぜぇ...」
上を向いたまま
「俺が中西を殺した理由は単純明快だ。金だよ、金。」
「金ねぇ。中西のところの顧客ってことは...?」
「嗚呼。借金で首が回らなくなってる、社会の最底辺に存在するゴミ屑の一人さ。」
「はは...」
そこまで卑下するかよ。
「俺だって、最初は真面目に働いていたんだ。社会の歯車として。」
「ほぉう...」
お楽しみの始まりだ。
「20年くらい前だ。俺はある、それなりの規模の工場で働いていた。良いところだったさ。同僚にも話の合う奴がいてなぁ...。だけどよ、ある日、平穏が終わった。」
―17年前―
俺は朝飯を食いながら、ニュースを見てたんだ。
「今入ってきたニュースです。東京の
「え?」
どうやら、ウチの工場のお偉いさん方は、同僚みたいな良い人ではなかったようでよ。俺達が作っていたモンからは水銀を始め、色んなヤバい奴が出てきたんだ。しかも、工場長とかは知っていたんだ、その事実。その上、工場長はよ、脱税はしてるわ、汚ねぇ水をこっそり川とかに流してるわ。掘れば掘る程、悪事が湧いてきた。世間様は、流石にこれを許す程寛大ではなかった。まあ、それは俺らにも言えたことだが。俺達はその日、会社に来るなり、幹部達を問い詰めまくった。中には殴りかかってくる奴もいて、乱闘騒ぎにまでなった。
俺は確か、真っ先に同僚と茂沢工場長のところに駆けていった。
「工場長!これはどういうことですか!?」
「お、岡田君。これはだな、そのおぉ...深い
「ほぉう、深い理由ですか、では、それはどのような理由なんでしょうか。お聞かせ下さい。」
「いや、だからだな...だから、そのぉ...」
「工場長...!」
「うっ...」
結局、工場長はその理由とやらを答えることはなかった。
俺達が工場長にいた時、外は更に酷くなっていたらしく、チェーンソーを持って暴れる奴が現れる始末だったらしい。
結果、この暴動で従業員3名、幹部2名が死亡。そして、重傷者は、従業員23名、幹部6名。怪我人は数えられない程だったらしい。
その後、工場長は急いで適当な会見開いて、平謝りする様を全国に晒した。そのまま、東南アジアの方に飛ぼうとしたらしいけど、警察に先を越されて、そのまま逮捕されたらしい。
工場は無論閉鎖となり、俺らは職を失った。いや、職だけじゃない。仲間、楽しい何気ない日常、色んなモン失った。中には、家族まで失ってる奴もいた。
そこから先は、立ち直る奴、社会に苦戦する奴、堕ちる奴。色々いた。
俺は堕ちた。言う程ありもしない貯金を、競馬、パチンコ、
そして、借金をし始めた。初めのうちは、本当に軽い気持ちだった。すぐに返せる、そう思っていた。でも、減るどころか膨らみ続ける一方だった。流石に我が身を案じた俺は、働き始めた。少しずつだが、返し始めた。だが、どれもイマイチ長続きしなかった。気付けば、借金の膨らみがぶり返してきた。そこからは、ずっとそんなんのを繰り返していった。働いて、返して、辞めて、膨らんで、働いて、返して、辞めて、膨らんで...。何の為に生きてんのかわからなくなっていった。
んで、3年前、俺を絶望の淵に落とす事件があった。
―3年前―
俺にはたった一人、工場潰れた後も交流が続いていた
「...駅で人身事故が発生しました。警察によると、被害者は、木下
木下、徳弘...?
それは、どんな薬よりもよく効く酔い覚ましだった。
俺は一番近い警察署へ駆け寄り、木下のことを聞いた...。
木下は駅のホームで電車を待っていた時、後ろから、忙いでいた人とぶつかり、転倒。酔いで体が上手く動かせなかった木下は、そのまま電車の餌食となった...そういうことらしい。
生きる意味を見出せなくなった俺は、何度も死のうとした。でも、中西達はそれを許さなかった。中西は俺の交友関係すら把握していた。だから、木下が死んだと知った奴らは、俺が死なないように監視を始めた。だから、高いビルに行っても、駅のホームに行っても、アイツらはいた。俺からまだ金を取るためだけに。俺と中西の戦いは1年続いた。流石に1年も続けられたら、俺のやる気は消えていった。そして、また働き始めていた。そして、中西に返していた。そして、半年前くらいに、俺は決意した。中西を殺すことを...。
―2日前―
俺は、借金をまた返しに来た振りをして、中西の会社に来た。中では、2人の社員が、仕事をしていた。俺の方を
「おう、今日も来たな。」
俺は中西の机の上に空の鞄を置いた。
「おい、岡田。何だコレ、空じゃねぇか。叩いたら、出てくんのか?」
「中西...」
「あん?」
「今から詰めんだよ...」
「は?」
俺はそのままナイフを取ると、中西に飛び付いた。中西は拳銃を取ろうとするが、その前に、俺は中西の腹を刺す。呻こうとする中西の口を塞ぎ、また腹を刺す。瞳孔が大きく開いた目は、真っ白になりそうな程、上を向いていた。そして、少し呻いた後、中西は動かなくなった。俺はナイフを抜き、中西の拳銃を拝借する。
俺は扉を開けると、2人に向かって3発発砲する。その内の1発が、片方の男の胸を貫く。もう片方の男が臨戦体勢を取ろうとするが、俺は素早く2発撃った。2発とも、男の体を貫いた。俺には隠れた才能があるんじゃないかって錯覚し始めたよ、流石に。
俺はその後、金庫を破壊し、大金を得た。
そして、着替えた後、何気ない顔で外に出た。なるべく平然を装っていたつもりだが、見抜ける人には見抜けられてしまった。
「あのー...少しお時間、宜しいでしょうか...?」
警官だ。俺は振り返った勢いのまま、ナイフを薙いだ。相手が避けたが、別に良い。俺は走り出した。だが、
バンッ
「うっ...!!」
足を撃たれた。燃えるように熱い。俺はそのまま倒れた。
「糞ぉ...」
俺の意識は途絶えた...
「これが真相です、刑事さん。」
「えらく長い話、ご苦労さん。」
にしても、柏木彪麻。マジでやったんだな、それ。誇張された話かと思ったら...。
その後、岡田は裁判にかけられ、最終的な判決は、無期懲役となった。
―草原組事務所―
「何、中西が殺られた?!ホンマか?」
「えぇ...ホンマのようですね。」
「それで、中西殺った奴の目星は付いとんのか?」
「いえ、サツもまだ知らないそうです。」
「糞ッ...何としてても犯人見つけてこい。」
「はい。」
斧田は電話を切ると、スマホを机に投げた。
「草原組の斧田
―忠生地区交番―
「この前捕まえた、大金持ってた奴。何か、借金を帳消しにしようと、闇金の社長ぶっ殺したらしいですよ。」
「ほお~。じゃあ、俺ら大手柄ってか?」
「先輩は何もしてないじゃないですか。あいつに、話しかけたのも、銃ぶっ放したのも、全部俺じゃないですか。」
「まあ、んな細かいことはいいじゃねぇ~か~...な?」
「細かくなんかないですよ。重要ですよ、重要!」
「へいへい。」
「しかし、闇金の社長を殺すとは、中々の勇者だな。」
「え?」
「ほら、ここら辺の闇金とかそういうのは、大抵草原組の管轄だろ。」
「嗚呼...、そうですね。」
「あの連中、凶暴な上に、看板を大事にしているから、舐められんのを、めちゃくちゃ嫌うって話だ。」
「ひゃ~恐ろしいっすね。ヤクザっていうのは。俺、間違っても組対に行かなくて良かったです。」
「だな。」
「犯人、大丈夫なんでしょうかね?」
「さあな...。だが、確実に無事ではいられないだろうな。ソイツ。」
「…」
―草原組事務所―
「おう。おう。で、殺ったんは?」
「岡田っちゅう男です。中西のところの客でもありました。」
「借金関係か...?」
「そこまではわかりませんが、多分そうかと...」
「そうか、ご苦労やった。」
まだ別に決断を早まる必要はない。殺しても、死体は余程の美女とかでもない限り、金を生み出せない。だったら、また金を返させる。中西んとこは、副社長の
―2年後―
「兄貴、岡田の野郎、千葉刑務所へ行くらしいです。」
「千葉か...。あそこ、誰がおる?」
「ちょっと待って下さい...」
まあ、勤めに行っとる奴なら、大体何とかなるやろ。
「わかりました。
「おう、そうか。」
何や、門倉か。なら、心配はないな。
―千葉刑務所―
俺宛てに手紙が来たらしい。差出人は、斧田竜平...斧田の兄貴からか。
内容は、心にも思ってなさそうな、人情について何か説いてる。あの人のことだ。何かを伝えている。
「何だコレ、半端な所で次の行っとる...」
嗚呼、行の頭の文字だけを読めってか。
読んでみると、要するに、この刑務所にいる、岡田っていう男が組を舐めたから、鴫原、野口と懲らしめろってことらしい。
「何だ...そんなことか...」
めっちゃ楽しいやん。
「鴫原!野口!」
「はいッ!」
「斧田の兄貴からの伝令や。お前ら、岡田庸一っていう奴探せ。」
「わかりましたッ!」
3日経って、奴らは発見した。
「
「何だ、シギ。」
「あれじゃねぇか...?」
「ふふっ、そうだな...」
鴫原と野口は岡田に近付く。
「アンタ、岡田庸一だな?」
岡田がこちらを見る。
「誰だ、アンタら?」
「鴫原
「野口圭だ。」
「ん~?そんな知り合いはいたっけな~?」
名刺代わりに鴫原は左手の甲に彫られた草原組の代紋を見せる。
気付いた岡田が顔を顰める。
「草原組...中西を殺った件か...」
「ちょいと来て貰おうか?」
岡田は渋々といった表情で、重い腰を上げた。
「兄貴、連れて来ました、岡田です。」
「おう、お前らがっしり抑えとけ。」
「はいッ。」
鴫原と野口が左右の腕を拘束する。
「くっ...」
「死ぬんじゃねぇぞ...」
そう言うと、門倉は右拳を大きく振り上げ、岡田の左頬に激突させた。
「ぐっほぉっ...」
「まだまだぁ...」
今度は左が飛んで来た。
「ぐぼっあっ...」
岡田の
「おっらぁぁ...!」
今度は鳩首に前蹴りが入った。
「カッはあぁ...」
気持ち悪い。息が...息が...
前傾になっている頭を門倉は掴んで、膝に叩き付けた。
「どっぅぉ...」
額が凹んだのではないかと疑った。
「おい、床に倒せ。」
「はい。」
鴫原と野口は拘束を解き、岡田を床に捨てた。
「もう、抵抗は不可能だろ?」
悪魔が笑っている、岡田にはそう見えた。
意識もほぼ消えかけている中、門倉は暴力は止めなかった。
右腕、左足、腹、右脇腹、顔面、左胸、股間、喉...次々と、殴られたり、蹴られたりしていくのを感じる。
「も゛ぉ゛...や゛め゛っ゛でっ...ぐばぁ゛っ...」
止まない痛み。この時、岡田はこんなことを考えていた。
俺にとって大事な金は、コイツらにとっては
それを最後に意識は闇に包まれた。
「兄貴、大丈夫ですか、コイツ。まさか、死んでません?」
「ん、まあ、死んでもええやろ。」
「でも、斧田の兄貴は...」
「普通に考えてみ。無期懲役なら、仮釈まで30年はかかる。その頃には、コイツが生きているかすら、怪しい。どうせ兄貴は死ぬまで、払わせる気っぽそうだが、悪いが、無理そうだろ...。どの道、目的の一つの舐めた奴への見せしめとしては、成立しただろ。」
「はぁ、
「さ。もう行こうか。」
「はい。」
「兄貴、門倉の奴、ちゃんと務所で岡田をボコった様です。」
「そうか...そりゃ良かった良かった。」
斧田は、煙草を一本出す。
「門倉が出たら、何か良えもん奢ったろかな...」
「きっと、兄貴も喜びますよ。」
「そやなぁ~...」
懐からジッポを取り出し、火を付ける。
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