♦新人メイド・マナちゃんの決着

ともすれば、ずいぶんと長すぎる回り道だったと彼女は思う。

はじめは、何も知らずにまっすぐ進んでいたつもりであった。

だが、それはただの氷でできた道であり、渡ろうとすればすぐに砕けてしまった。

だからこそ、その次はある程度慎重に行こうとした。

しかし、慎重になると、自分の歩む道がいかに困難でつらいものか、無謀な道であったかがわかってしまった。

はじめはこれ以上無理かもと思った。

諦めたほうがいいかもとも思った。


『……安心しろ、君の願望をかなえる術は私がちゃんと考えておいたよ』


『そのためには君にはある程度の覚悟。

 ……そして、何よりも君が私を真に信頼してくれる必要があるが……。

 それでもいいか?』


しかし、それでも自分はようやくその道を見つけることができた。

自分の守りたいものを守る道。

自分の傲慢でもなく、盲目でもない。

諦めでもなく、惰性でもない。

元は敵である人を信頼したうえで頼る、それにより得られる道というものがあることを知った。

マナの心に不安はない。

だからこそ、彼女は高らかに宣言したのであった。


「迎えに来たよ、テン」


冷酷な瞳で、こちらをにらみつける彼女に向かって、だ。


◆◇◆◇


「はぁあああああ!!!」


「……」


重力のイドのビルの中層。

そこで、マナはテンと戦っていた。

マナはフロアを駆け巡りながら、テンと一定距離をあけながら対峙していた。

テンの右手には超能力対応のサイバー長ドスを、左手には電気銃を構えながらフロアを走り回る。

できるだけテンと距離を離し、彼の前から姿を消し、別の場所に行こうとする。


「だから、待ってって!

 もう、このビルはほとんどボクらメイド=サンカンパニーが制圧した!

 抵抗も無意味で、君の今の婚約者もすぐにつかまる!

 だから、さっさと降伏してよ!」


しかし、マナはそんな逃げ出そうとする彼女を先回りするかのように、移動する。

出口を背にしつつ、彼女が背後を抜けないように縦横無尽に跳ね回る。


「……それはあまりにも早計よ。

 私には部下の安全を保障する義務と役目がある。

 だから、あなたの言葉だけで、はいそうですかと降伏するわけにはいかないの」


「……っ!!」


「それに、あなたみたいなを突入班として採用している組織が、この会社や新機教相手とまともに戦えるとは思わないわ。

 むしろ、あなたこそさっさと降伏したら?

 もちろん、降伏したところで私達は容赦なんかしないけど」


「この……わからずやぁ!」


テンの頑固さと自分の会社を侮辱された怒りに、マナはその手に持つやけに太い銃から弾を放つ。

その銃口から放たれたのは、銃弾というにはあまりにも不格好で大き過ぎた。

正球に近い形をしており、弾速もそこそこ止まりである。


「そんなもの……んな!」


しかし、それでもこの銃弾はテンを驚かせるのには十分な代物であった。

なぜなら彼女が、その超能力増幅装置でもあるサイバー長ドスで、その弾を空中で弾こうとした瞬間、突然弾が変形。

まるでフレイルのように双球のついた紐状へと変形し、そのまま彼女に絡みつかんと飛んできたからだ。


「ちぃいい!!」


テンは本能的な危機感により、その弾をドスで防ぐのではなく回避した。

そして、その判断は正解だったのだろう。

自分が躱したはずの場所には、無数の粘着液と網状になった弾が存在していたのであった。


「くっそぉ、できれば初見で決めたかったのに」


「……見たことないけど、これは私用の捕獲弾……ってことでいいのよね?」


マナが悔しそうに歯噛みする中で、テンは冷静に自分に放たれた弾の性能を分析する。

テンの超能力は空間干渉と念動系が混じった超能力であり、その効果は特定の空間から強烈な振動を生み出すというものだ。

それにより、自信の持つ念動増幅器である長ドスを中心に空間そのものを震わせて、自分のほうにとびかかる弾をそらしたり、長ドスを高速で振動させ、硬い物でもあっさりと断ち切ることができたりする。


「……でも、この弾はゴムや粘液でできている上に、ある程度の念動耐性もついている。

 念動で弾くことは困難だし、そらす程度では変形により射程からは逃れられない。

 かといって、剣で受け止めようとすれば、この粘液と網状に変化した弾で動きを封じられてしまう、と」


冷静に分析するテンに対して、思わずマナは冷や汗を流す。

マナとしても、まさか一度見ただけでこの今回のためにご主人様に作ってもらった捕獲弾の性能を、解析されてしまうとは思ってもみなかったからだ。


「……ふふ、この程度で驚いてもらったら困るわ。

 そうよ、私はデザインチャイルドの中でも、戦闘系の学習を強く受けていたみたい。

 それこそ、暗殺から無差別殺人、タイマンに虐殺まで!

 新機教の信徒として目覚めた時点で、昔の私とは違うの。

 ……そう、あなたの知っている本来の私とは……ね」


テンの闇に染まった瞳にマナは思わず怖気付きそうになる。

しかしそれでも、自分を肯定してくれた主人の優しい手と声を思い出し、なんとか踏みとどまることができた。


「それでも!!

 ボクは君と僕を信じてくれたご主人様を信じてるんだ!

 絶対、君を止めてみせる!」


改めて、そう宣言して、テンに向かって銃口を向け、弾を放つ。


「……へぇ、そんなこと言っちゃうんだ」


もっとも、どうやらマナのそのセリフはテンの逆鱗に触れたらしい。

明らかにテンの機嫌が悪くなり、その動きに激しさが増す。


「うん、決めた。

 本当はもっと穏便に済ませるつもりだったけど、気が変わった。

 だから、アンタには……現実をわからせてあげる」


テンの赤く染まった瞳に、マナは背中にぞくりとした悪寒が走る。

これはやばいと感じ、マナは残りの弾丸をすべて打ち尽くす勢いでその捕獲弾を連射した。


「……っは、そんな殺意すらない攻撃でどうにかなるとでも?

 攻撃っていうのはね、こうやるのよぉぉ!!!!」


テンに向かって飛んで行った捕獲弾が、着弾するか否かのその瞬間、突然の大爆発が起きる。

テンは長ドスに備えられた念動増幅器にあらん限りのESPを注ぎ、長ドスを中心に大振動を引き起こす。

その膨大すぎる振動は、当然周囲の地形を破壊し、部屋や床を破壊。

ついでに、耐念性の捕獲弾も瓦礫とともに吹き飛ばす。


「ま、まて!

 その威力だと君も……!!」


「うるせぇええええ!!!!!

 だまれぇえええ!!!!」


もちろん、それほどの威力の念動を発して、その中心にいるテンも無事に済むわけもなく。

全身の皮膚が裂け、骨を砕き、おおよそ人体からしていけない音が鳴り響く。


「はぁあああああ!!!」

「うわあぁあああああ!!!!」


かくして、テンのその長ドスを砕くほどの大振動により、そのビルのフロア丸ごと倒壊。

マナとテンは振動と共に瓦礫にもまれながら、下の階へと落ちていくのであった。




「……はぁ、やっちゃった」


フロア倒壊からしばらく後、テンは全身がボロボロになりながらもその瓦礫の中から脱出した。

電脳を通してスキャンすると、全身から自爆による無数のエラーメッセージとダメージ報告が上がっている。

更には念動増幅器である長ドスも、すでに機能停止ししており、自分の着ている装備もほとんど機能停止してしまった。


「でも、手も足も動く。

 これなら、まだ戦えるわね、うん」


手足を屈伸し、指を曲げ伸ばし、体自体は問題なく動かせるのを確認する。

これ以上の念動は怪しいが、それでも指と足さえ動けば、銃で侵入者を止めることができる。


「……そうよ。

 私は止まれない、止まれないの」


体に備え付けられたビル内のエリアサーチを実行する。

するとそこにはやや不明慮ながらも、ビルに侵入した不埒物の位置を大雑把に把握することができた。


「少し厳しいけど、これならまだ勝機があるかも。

 ……すくなくとも、新機教に喧嘩を売るよりは」


テンはそう自分にい聞かせるかのように鼓舞する。

体についた埃を払い、歩みを進めようとする。


「……でも、その前に」


テンはすぐさま、踵を返し、その崩れた瓦礫を発掘していく。

そして、いくらかの瓦礫を掘ったのちに、とうとう目当てのものを見つけることができた。


「……っほ、よかった。

 どうやら、無事みたいね」


テンが瓦礫の底から発掘したそれは、一人のへっぽこメイド、すなわちマナの事あった。

元々男なのに線の細い見た目をしていたくせに、メイド化されたせいで、いよいよその見た目は女として完成されたものになってしまった。

弱くて哀れな男、おおよそ記憶が戻ってから見れば、なぜ自分が彼を好きになったかもわからない。

その程度の過去の男のはずであった。


「……やっぱりいい体ね。

 うん、気絶はしていても……体の大事な部分は全部無事。

 これなら、問題ないかな」


しかし、それでも、捨てられなかった。

テンはマナの体を救い上げ、サーチする。


「まったく、弱いくせに、無茶しちゃってさ」


そしてテンは思う。

例え、記憶が一巡しても、互いの中身や外見が変わろうと。

それでも忘れないものがある。

決して途切れぬ、魂の記憶は存在する。


「……さっきはごめんね。

 こんなひどいことをして。

 でも、私はあなたを愛しているから…」


そうして、テンは気絶しているマナをその瓦礫の中から引き出し、その体に抱き着き、その顔に唇を近づけるのであった。




「もちろん、そんなのずっと知ってるから」

「え?」


その瞬間にテンは拘束されてしまった。

それはまず、マナ自身の手足によるテンへの強い抱き着き。

気絶していたはずの、しかも愛しい人からの突然の抱擁に、テンはその動きを止めてしまう。


「そして、僕も君を愛してるよ……。

 だから、ごめんね?」

「あ」


その言葉とともに、マナは抱き着いたまま、テンの体に向かって発砲する。

するとそこに込められていた捕獲弾は、すぐさま着弾後拡散。

網目状へと変化し、テンの体に巻き付き、手と足を拘束。

そのまま、彼女の動きは完全に封じることに成功したのであった。


「え、え?その……え?

 な、なぜ!あなたは気絶していたはず!」


テンはあまりの突然の事態に混乱しながら、マナに話しかける。


「うん、確かに僕は気絶していたよ。

 でもね、君が僕に抱き着いた瞬間、僕自身を強制覚醒する。

 そのくらいの仕掛けは、してからやってきたよ」


マナは、テンの質問に答えながらも、テンの体をサーチしていく。

いくら捕獲用とはいえ、ほぼ密着した状態で発砲してしまったため、彼女の体に異常がないか不安であったが、どうやら怪我一つないようだ。


「そもそも、僕自身君をできるだけ正面で捕らえたいとは思っていたんだけど…。

 それでも、どう考えてもテンのほうが戦い慣れているみたいだし、戦闘力もあるみたいだからね。

 ちょっと卑怯な手を使っちゃった」


マナはテンに申し訳なさそうに謝る。

そう、これはマナ自身が考えた作戦であった。

そもそも前回の戦いぶりからして、テンとマナには天と地ほどの戦闘経験の差がある。

だからこそ、マナはある程度負けることを前提に作戦を組みこんだ。

かくして、マナは、テンの捕獲のために、マナ自身本気と彼女と戦い、気絶したあと、彼女が自分を救出したところ、不意打ちしてテンをとらえるという作戦にしたのであった。


「な、な!あんたバカァ!?

 その作戦は穴だらけじゃない!?」


そうだ、この作戦は一見合理的に見えるがその実は穴だらけだ。

なぜならこの作戦においてもし、テンがマナを本気に殺しに来たら。

そもそも、テンがマナに気絶以上の致命傷を与えたら。

さらには、マナがテンにやられて気絶したあと、彼女がマナを救出しようとしなければ。

どれか一つ欠けても失敗する、そんな作戦であったのだ


「でも、ボクはこの作戦なら、絶対うまくいくと思ったよ。

 だって、君と僕は愛し合ってるから、ね」


「……!!」


しかし、それでもマナにとってこの作戦こそがテンを捕らえるための成功率の高い作戦であり、実際に成功したのであった。


「……というわけで、君を連れていくことになるけど、いいよね?

 ダメって言っても無理やり連れていくけど」


「……」


動けなくなったテンに向けてマナはそう問いかける。

するとテンは、恐る恐る口を開く。


「……本当に、いいの?」


「私は、新機教の傀儡だったのよ?

 それに、私を匿えば、あなたはこれから一生新機教に関わることになる」


「それはただの新機教そのものだけじゃない。

 新機教の敵とも、その関係者とも、そして、私自身の記憶とも」


「なにより、私はこの都市を新機教で統一するために多くの無茶をしてしまったわ。

 私一人でも多くの敵を作ってしまっている。

 それでも、そんな私でも、あなたは受け入れてくれるの?」


「こんな心も中身も薄汚い私を、あなたは本当に愛してくれるの」


テンは顔を伏せながら、声を出した。

声色には恐れが多く感じられ、表情は見れない。

マナもテンも互いが互いに何を考えているかも、その心の奥底はわからない。

しかし、それでもただ一つ確かなことがある。


「当り前だろ。

 ボクは永遠にテンを愛してる。

 それだけはお互いに何があっても変わらないよ」


マナははっきりとそう宣言した。

マナの力強い告白により、テンは心の闇が晴れていく。

テンは自然とその顔を上げ、マナの顔をまっすぐと見つめる。


「だから、テン。

 何も言わず、僕についてくれるか?」


「……はい」


そうして、テンは今までのすべてのストレスから解放されたかのような心地を感じながら、マナに体重を預けるのであった。






「うん!テンならそう言ってくれると思った。

 というわけで、テンも僕と一緒に、ご主人様ラブラブ妾メイドになろうね♪」


「え?」


前言撤回。

マナに抱えられたままではあるが、テンは何とか拘束から脱出しようと試みる。

しかし、メイド=サンカンパニー性の拘束弾は非常に強力。

結局、テンはまともに反撃することすらできず、マナと一緒にご主人様の元へと運ばれるのでありましたとさ。




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