勇壮の時

さて、ここで簡単な質問だ。

もし、あなたが悪の組織の社長をやっていたとする。

そして、そこに正義の味方が、なだれ込み、相手は強大。

そんなときあなたはどのように対応するか?


「ヘリの準備は?」


『もちろんできています。サー』


答え・脱出する。

アリー・ラビティは自分を悪の組織の幹部だと十分に理解している男である。

それゆえに、彼は彼のいるビルが襲われた際に、部下に迎撃の準備をさせながら、自分はさっさと脱出の準備を整えることにした。

本来なら地下からの脱出をしたいところではあるが、残念ながらこちらはビルの上階。

えっちらおっちら地下まで下りている時間もないだろう。

かくして、彼は素早くいくつかの重要書類を整理し、屋上へと向かった。

今回の件を同新機教の上層部へと連絡するか、どのような言い訳をするかを考えながら。


『ちょ、おま、ぐあああぁぁぁあ!!』


「オトンとオカンの仇や!

 死なない程度に死ねぇ!」


「大丈夫!ゴム弾だから!

 多分当たっても死なないから!

 でも、離陸できない程度には壊させてもらうよ」


しかし、そんな彼を待っていたのは、制圧された自社の屋上の姿があった。


「いやまさか、ここまでやるか……?」


思わずアリーの口からそんな声が漏れる。

どうやら件のメイドサンカンパニーは、新興企業なのに、自社の戦闘ヘリを有しているらしい。

しかも、こちらにはそれなりの数の戦闘用サイボーグがおり、いざというときの対空装備も備えつけられていたのに、それをすりつぶしたうえでの屋上制圧であった。


「ほう、いまさら飛行型自爆ドローンとは猪口才な!

 アオリ、撃ち落してやりぃ!」


「まったく、都合のいいときだけは妹扱いするんだから~。

 まぁ、いいけどねっ!」


その上、向こう側にはそれなり以上に優秀なヘリパイロットが存在しているようだ。

屋上班のトラの子である無数の自爆飛行ドローンも難なく撃墜。

なだれ込むように、追加のメイドという名の私兵たちがヘリから降下し、屋上班を次々とらえていく。


「ああっ!あんなところに、あいつがここの親玉や!

 絶対逃がしたらあかんで!」


「は~い、動かないでね~。

 こっちにはヘリの機関銃があるから、動いたらミンチだよ?」


そして、残念ながらすでにアリーの存在も補足されてしまった。

このままではいけないと、彼は行動を起こす。

奥歯にあるスイッチを起動し、自分が使える数少ない超能力を稼働させる。


「っな!本当に動き……はやっ!」


「あの速度に、ピンポイント射撃は無理だよ!」


アリーが発動させたのは加速装置。

一次的に脳の処理能力を活性化させ、体感時間を引き延ばす、この世界で最もメジャーな超能力兼電脳技術の一つだ。

おおよそ電脳であればサイボーグでもアンドロイドでも代用できそうなその技術ではあるが、これをアリーは新機教の装置の補助を受けることで全身に対して行うことができる。

超能力で強化されたその速度は、電測を超え、通常の電脳の処理速度では負えない速度で移動する。

もっとも彼程度の超能力では、弾丸を避けるほどの速度で戦えるわけでも、長時間の使用も連続の使用もすることはできない。

が、それでもこちらを生きたまま捕まえようと舐めた考えをしている相手程度なら、これで無理なく逃走することは可能であった。


(こんな時のために作っておいてよかった)


かくして彼は、屋上に隠しておいた地下に直行できる非常用脱出ダクトの入口へと手をかける。

幸いこのダクトは一人中に入った後は、入り口が固く閉じられるため、このダクトを使って追跡することは困難なはずだ。

自分一人で逃げるのは心細いが、それでも全員捕まるよりはましだ。

そう考え、彼は非常用脱出ダクトへと入ろうとした瞬間……。


「逃がすかぁあああああああ!!!!」


「お姉ちゃん!?!?」


自分の加速した時間に混ざりこんでくるものがいたのであった。



◆◇◆◇



「かーっ、ぺっぺ!な、なんやここは!

 ごみ捨て場か?」


場所は重力のイドのビルの地下、非常用脱出ダクトのその先。

無数のごみにまみれながら、アカイは何とか立ち上がった。

屋上にて敵を制圧中、敵のボスが逃げそうになたっため、反射的に取りついたはいいものの、その先がこのような場所だったとは。

折角の化粧が台無しである。


「コード・■■■■」


「……!!」


自分の横から聞こえてきたその声に、すぐさまその声の主から距離を取る。

銃を構え、思考加速にスイッチを入れ、すぐさま相手の動きに対応できるようにする。


「……ふむ、どうやら本当にコード処理を無効化されているようだな。

 いい主人に拾われたようだな」


そこにいたのは先ほど自分がとらえようとした標的、重力のイドの取締役兼社長、アリー・ラビティ。

無数の汚濁にまみれながらも強くその足で立ち、アカイの顔をじっと見つめてきた。


「さて、貴様がここに来た理由は……なんだっかかな?

 たしか、私を捕らえるため、でいいのか?」


「当り前や!!」


「だが、私個人としては、君やその組織にそこまで恨まれることをしたつもりはないのだがねぇ?

 私はたしかに、君をあのメイド=サンカンパニーへと養子に送った。そして、いずれあの若い社長が死んだときには、その会社を新機教の傀儡にする計画はしていた。

 だが、直近での被害はそこまで出ていないだろうし、むしろ、君自身はいい親に巡り合えたようだし、私をそこまで恨む筋合いはないのでは?」


アリーはアカイに向かって話す。

たしかに、アカイやアオリが今回の一連の事件で、このアリーにひどい目にあわされたかと聞かれれば、やや疑問なところはある。

新機教の十三地区や世界通の乗っ取り計画は確かに邪悪ではあるものの、送られたデザイン・チャイルドを受け取るか否か自体は親に選択肢がある。

アカイもあの義父というかパパ候補には、思うところがないわけでもないし、大嫌いではあるが、まぁ、それなりに良心があり信頼できる人だということぐらいはわかる。


「でもな!うちのオトンとオカンを殺した!

 その罪だけは絶対に償ってもらう!!

 犯人がだれであれ、うちはそいつに落とし前を付けへんと、前に進めないんや!」


「ほう、父と母、我々クローンには、そんなものはない……。

 と言いたいが、君には確か世話役のアンドロイドがいたらしいからな。

 おそらくそれの事か」


「知ってるんなら話が早いな!

 それじゃぁ、とっととうちの両親を殺した犯人をきびきび話せ!

 でないと、痛い目を見るで?」


アカイは改めて、銃を構えながら脅しをかける。

両者の間にわずかな沈黙が走り、冷たい緊張感が空間を支配する。


「……なら、話は簡単だな。

 君の父と母であるアンドロイドを殺した。

 その元凶は……当然、この私だ」


そして、アリーのそのセリフとともに、戦いの火ぶたが切って落とされた。

アカイがアリーに向けていた銃の引き金を引き、発砲する。

なお、狙いは当然その脳天……ではなく、その手足である。


「おらぁ!!」


「甘い!」


しかし、アリーのほうも当然その程度の事は対応できる。

加速装置を起動し、その引き金が引かれる前に、回避行動に入る。

もっともその加速率は、先の脱出で使用したばかりなため、加速度は最低限。

あくまで銃口を見てから回避できる程度で、弾丸を回避できるほどではない。


「だあああぁぁぁぁあ!!!」


「ぬるい、ぬるいわぁ!」


アカイは激情のまま、手に持つ銃を乱射するものの、アリーの思考加速と体術はそれ以上であり、その銃撃を次々と躱していく。


(……これは、あまり長く持たないな。

 早々に決着をつけるか)


もっとも、アリーの思考加速とそれに伴う高速移動の連続使用は、最低限の超能力しか使えないアリーの身には少々負担が重すぎる。

胸元から取り出すは一つの拳銃。

加速状態は当然、回避だけでは射撃においても大幅な補正が付く。

アリーのほうも、アカイの着ているスーツの隙間、その無防備に見える太ももに向かって発砲するが…


「あいたぁ!やりおったなぁ!」


だが、当然、そんなものは見た目だけであった。

そのアカイの肌色の太ももに撃ったはずの銃弾は、あっさりとはじかれ、せいぜいその肌に赤い痣を作るだけであった。

ナノファイバーを使った超薄型防弾スーツか、はたまたは超能力増幅装置による力場による防御か、それとも高級な人工皮膚かはわからない。

ついでとばかりに、耳や指先を狙うも今度は普通に回避された。


「ふうぅぅぅ!!」


銃による攻撃は致命打ならず、弾丸の残り数も心もとない。

背後を見せる?背中からの銃撃は回避できない。

ならば、正面からどうにかするために、アリーはアカイに接近。

近接戦でどうにかすることにした。


「あまぁああい!!」


しかし、先ほどの脱出妨害でもわかっていたことだが、アカイもその動きが急激に早くなる。

アカイ側もおそらくは同系統の加速装置を有しているのだろう。

声がはっきりと聞こえ、彼女も加速した世界に侵入してきたのがわかる。


「だが私のほうが、上だ!!」


しかし、それでもおそらくは超能力適性の差であろう。

アカイの加速度はアリーよりかなり低いものであった。

それゆえに、アリーはアカイの電脳を揺らすべく、強力な電撃機能付きナイフを手にしながら、アカイの顔面に一閃。


「……っ!」


残念ながら、それはギリギリのところで、ナイフを持った腕を掴まれる形で、彼女に防がれてしまった。

が、所詮これは防がせるためのフェイントにすぎない。

本命は靴に仕掛けられた強力な電気ショック機能付きのレッグガードである。

そうして、ナイフに気を取られているであろうアカイに向けて、アリーは体をひねりながら、頭部への足による一撃を加えようとして……。


「ほい」


しかし、その一撃は彼女に届くことはなかった。

なぜなら、アカイはアリーの握っていた腕をポンと上に向かって投げ飛ばしたからだ。

アカイは見た目こそ少女ではあるが、それでも装備さえ整えてある今ならば、大の大人を投げ飛ばすことくらい難なくできる。

ましてやそれが、低改造ならばなおさらだ。


「……しまっ!!」


そして、アリーが気が付いた時はもう遅い。

彼の奥の手である加速装置は、あくまで反射速度や身体能力を引き上げるものに過ぎない。

それゆえに、このように全身が空中に投げ出されてしまえばまともに身動きを取ることができないのだ。


「それじゃ、これで終いや」


空中で回転されている中に、背後からの脊髄、そして電脳へと至る強烈な電撃。

アカイの銃から放たれた強力な電撃弾により、アリーの意識はあっさりと暗転してしまったのであった。




「……あぁ、まだ死んでなかった、のか」


アリーが目を覚ますとそこは依然ゴミだかけの地下道であった。

幸い大きなけがはしていないようだが、残念ながら身体は拘束され、汚い床に転がされている。

首を上げると、彼を見下ろすアカイの姿があった


「……ん、やっと目を覚ましたようやな。

 それじゃ、さっさとうちの親の仇を教えてもらおうか?」


アリーの目の前にいる彼女は、以前自分にそう話してきた。

しかしそれはおかしい話であった。

なぜならアリーはすでに、自分が彼女の両親の仇だと戦う前に話したばかりだからだ。


「あほか、あんな言葉誰が信じるねん。

 組織のトップがわざわざ、ただの世話役アンドロイドに過ぎないうちのオトンとオカンを殺す?

 そんなめんどくさいことせんやろ。

 ……それにあんたならわかるはずや。

 うちが一番得意な超能力、それが何なのか」


彼女にそういわれて、アリーはああと声を漏らす。

そうだ、Aタイプのデザインチャイルド、それらが得意とする超能力は精神感応。

相手の心を読み取り、あるいはそれを伝えるのに長けたクローン達。

おおよそ、自分の言葉が所詮は表演上に過ぎないものだと気付かれてしまったのだろう。


「……だが、一つ言わせてくれ。

 私はこの会社のボスだ。

 彼ら彼女らが新機教の手先になったのは私のせいだ。

 ゆえにすべての責任は私にある。

 私はそう思っている」


「……」


「都合のいいことを頼むのはわかっている。

 だが、これだけは約束してくれ。

 仇を教えても殺すことはしないでくれ。

 彼女はあくまで私という存在がいたせいで、そのような凶行に走ることになったのだ。

 そうだ、殺すのなら殺すのなら私にしてくれ」


絞り出す声で懇願する、アリーの訴え。

もちろん、すでに社長であるアカイにそんなことを聞いてやる必要はまったくない。

しかし……。


「……なぁ、アンタがかばってるその相手。

 やっぱりそいつはあんたにとって大切な人なのか?

 庇うほどの価値がある人なのか」


「……正直にいえば、そこまでではない。

 むしろ私は彼女のことが嫌いでもあるし、できるなら関わりたくもなかった。

 しかしそれでも、それでも彼女は私の家族だから

 義理でも、仮初でもあっても、理由は……それだけだ」


彼のその言葉を聞きながら、アカイはほんのりと思い出す。

自分のかつてのオトンとオカンの風化されたはずのながらも、大事であったその思い出を。

そして、自分の新しい家族のその姿を。


「……はぁ、しゃーない。

 わかったわ、命だけは勘弁したるわ」


「すまない、感謝する」


かくしてアカイは、アオリの迎えの声とともに、彼女の両親の真の死因、さらにその仇について、アリーから聞き出すことに成功したのであったとさ。






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