めでたしめでたし
Q・クソほどたくさんのメイドや居候や偽の娘がいるのに、いまさらぽっとでの妾とかほしいですか?
A・普通にいらない。
さて、前回マナが彼女の元婚約者を連れ帰ってきてから早数日。
私はマナの要望により、メイド=サンカンパニーの休憩室に来ていた。
「確かにボクは、大ご主人様を信頼している。
だからこそボクは、ご主人様の命令通りに、テンをご主人様の妾という名義で差し出したわけだ」
マナはこちらに目を見ながらそう宣言してくる。
「……でもそれは、ボクがあくまでテンを愛しているからだぞ!
ボクが『テンを保護するため』という大ご主人様の言葉を信じたからだ。
ご主人様の元で、僕の手の届くところで彼女を守りたい!
そういう願望のために行ったんだ」
マナはこちらにずずいと距離を詰める。
彼女の元の面影をほんのりとだけ残しながらも、整った美貌がよく映える。
「確かに、ボクはご主人様を信頼している。
でも、万が一、何かの間違いで、ご主人様がテンに本気で惚れる可能性がるかもしれないし、魔が差すかもしれない。
その時、すでに今のテンはメイド改造済みだから抵抗はできない。
そして、もしテンがご主人様に無理やり襲われたりしたら……こんどこそ、ボクは本当に壊れてしまうだろうね」
彼女は少し寂しそうな顔で、こちらの体に触れながらそう言った。
彼女のふわふわのメイド服と柔らかい肌の触感。
さらには香水由来の透明感とリッチ感あふれる香りがこちらの鼻をくすぐってきた。
「だから、ボクは考えた!
今のボクがテンを守るためにする最適解。
それは、ボクがご主人様に本気でご奉仕するだ!」
大きく目を見開きながら、マナは力強くそう宣言した。
「そうだ、ボクが心の底から、大ご主人様にご奉仕する。
そうすれば、きっとご主人様もほかの娘に目が行きにくくなるだろう。
すると、自然とご主人様の眼もテンに行きにくくなるというわけだ!」
「それに、今のご主人様は僕らの命も握っているし、僕らはご主人様に感謝してる!
ご主人様の身の安全を守りつつ、僕らの命と、君への感謝も伝えられる!
まさに、一石三鳥以上のスペシャルな作戦だ!」
「それに、少なくとも僕自身が君の妾になることへは…十分覚悟できているからね。
だから、その……よろしくね?」
まぶしいほどの笑顔でマナはこちらに向けて、耳元でそう囁くのであった。
「覚悟はわかったけど、そんなに引っ付かれると動きにくいから。
ちょっと離れてくれない?」
「あっ、うん。
ごめんなさい」
自分の言葉にぱっと距離を取ってくれるマナ。
実に素直でよろしい。
少々無防備に引っ付きすぎ故、胸の一つでももんでやろうかと思ったが、それをやると後戻りができないと脳内センサーが全力で警告を鳴らしていたのでやめておいた。
「にしても、このホワイトチョコはおいしいな。
生チョコ風というか、ちゃんとなめらかというか。
今まで食べた中でも、トップレベルでおいしいな」
「えへへ~♪
そうでしょう!そうでしょう!
とっても頑張ったんだから!」
かくして、現在食べているのは生チョコ風ホワイトチョコレート。
つくったのはマナであり、どうやら今日この日のために頑張って練習してくれたそうだ。
なかなかによくできたメイドである。
「このホワイトチョコは、お礼やメンツのためと言い訳して、練習量含めてお嬢様の給料三か月分の大作ですからね。
ここの店で買えるとはいえ、カカオバターは高すぎですよ。
カカオパウダーなら、お手軽で安いのに」
「ショップに置いておいてなんだが、あれを買う奴がいたのか……」
マナの従者であるカナが今回のホワイトチョコにかかった苦労や金額について説明してくれた。
なお、このホワイトチョコの材料であるカカオバターは、この世界では一般的には流通していなかったりする。
だからこそ、このカカオバターは、こちらの私有農場の実験作物からできた、偽物のカカオバターだったりするのだが……。
「これほどおいしいのなら、このカカオバターもどきの増産。
考えてもいいかもな」
「ですね!
こんなにおいしくても、そんなに高いとめったに食べられなくなっちゃいますからね!」
今回のお礼という名のホワイトチョコ試食会には、アオリもついてきている。
「そうだよ!一応は君たちにもお世話になったから、多少食べることぐらいは許すけどさぁ!
それにしたって、ご主人様よりも食べてるのは許せないよ!」
「あ~っ!!心が痛い!
私のお姉ちゃんが、受けた心の傷が!!!
これは甘い物を食べなきゃ癒されない!」
「そうやっていって!
それで一〇個目だろう!
もうごまかされないぞ!ほら、ここのホワイトチョコのココアつくったからこっちで我慢しろ!」
「え~っ?でも、チョコにココアって甘すぎませんか?
そういう機微に気付かないから、元彼女に浮気遠征されても気づかないんですよ」
「ころちゅ」
ホワイトチョコ口に入れ、ゆっくりと舌で感じる。
とろけるような甘さと乳製品の滑らかさが、口全体を支配する。
……もちろん、今回の騒動で受けてしまった金額的損失やこれからの責任問題は、きっと気が滅入るものではあるだろう。
「でも、このホワイトチョコを食べられただけ。
やった価値はあるかな」
かくして、コーヒーで口直しをしながら、アオリとマナの乳繰り合いをみつつ。
これからの謝罪スケジュールについて、ゆっくりと考えるのでした。
◆◇◆◇
同時刻、メイド=サンカンパニー別室。
「ああああああ!ああああああああ!
なんで、マナブが、男に媚びてくぁwせdrftgtyふじこl!!!
というか、その表情やめなさいよ!
せめて、多少は取り繕うとかくぁw背drftgy富士k!!」
「はーっ、茶がうまい茶がうまい」
その部屋にいるのは、ゆっくりとお茶をすするアカイ。
それに、テンの元婚約者であり、現名義上はラブラブ妾メイドであるはずのテンの姿がそこにはあった。
「なんや?自分の恋人が、アンタのために頑張ってくれてる感動的な姿やろ?
あんたがマナちゃんにやっておったことやで?
笑顔で送りだせへんのか?」
「うるさい!!あんたに私たちの何がくぁwせdrftgyふj!!
そもそも、私の計画が成功していればくぁwせdrftgyふじこlp!!」
なお、この部屋には一つのモニターが備え付けられいた。
そして、そこに映し出されていたのは、現在進行形で行われているマナによるご主人様へのホワイトチョコレート試食という名の、マナによるご主人様への全力接待のライブ映像であった。
「一応補足しておくと、マナちゃんによるご主人様への感謝会はな?
マナちゃん自身の希望で、行われたものなんやで~」
「~~~!!
っ~~~~!!!」
「お互い忙しいのはわかるけど、どうしても自分の手で直接お礼をしたい!
そういうマナちゃんの優しいお願い合ってのイベントだったりするんやで。
いやぁ、人情味あふれるできる彼氏持ちで……いや、元彼氏やったな!すまんの」
「うぐあああぁあああああ!!!」
もっとも、このライブ映像については、どうやらテンにとってはいろいろと受け入れがたいものであったらしく、その映像を見るたびにテンは大きく呻き暴れることになる。
もっとも体は拘束され、超能力も封じられているため、ただただわなわなと体を震わせること以外何もできない状態ではあるが。
「……でも、実際この程度で済まされているのは、全部マナちゃんの努力、それとご主人様の好意あってのものなんやで?」
「……」
「そう、うちのオトンとオカンを殺した。
クソみたいな殺人鬼のアンタを生かしているのはなぁ」
先ほどの笑顔とはがらりと変わり、恐るべきほど冷たい目でテンを見つめるアカイ。
ごみを見るような眼という言葉があるが、それでもなお甘い。
親の仇を見る眼とは、これほどまでに恐ろしいものであったのか。
「そ、それに関しては、悪かったわよ。
た、確かに早計だったわ」
「悪かった??
人のオトンとオカンを殺しておいて、悪かったですまされると思っとんのか!!」
「で、でも、仕方ないじゃない!!!
あのポンコツ二人が、記憶を消した後なのに、アンタらに会いたいとか!
この辺の警備兵として雇えとか、アホなこと言ってきたのよ?
なら、機密保持を考えて、早めに処分しておくしかないでしょ?」
風化されていたはずの記憶が呼び起こされていく。
記憶が消されるその直前まで、作戦の反対を訴えていたオトン。
涙ながらに送り出してくれたオカン。
そして、そんな両親が自分の記憶がなくなった後まで、なお自分に接触してくれようとしていた事実に、思わず眼端から自然と涙が漏れる。
プログラムではない、義理の両親なのに、本当に両親から愛されていたと知った安堵感。
さらには、そんな愛にあふれる両親が、自分への愛ゆえに殺されてしまったという事実にアカイの心が引き裂かれそうになる。
「それに、所詮あのアンドロイドは安物だから、機体寿命的に持って後一年だったわよ?
なら、私が壊したのも寿命も誤差みたいなもので……ごめん、なんでもないわ」
テンはさらなる言い訳をしようとはしたが、アカイの怒りに気が付き、口を閉じる。
そして、無理やり話題を変えようとした。
「そ、それよりも!!!
別にアンタがこうしたところで、何の意味もないでしょ!
それよりも、私を今すぐマナに合わせなさいよ!」
「会ってどうするんや?」
「それは……その……」
そのアカイの質問に対して、口がもごもごとしか動かないテン。
一見、不可解に見えるがアカイには彼女の気持ちが手取るように分かった。
そうだ、彼女に施された反新機教改造はかなり厳重なものであり、単なる自爆や硬直コードの無効化だけではなく、周囲への暴力や暴走の禁止などかなり厳重なものだ。
テンは恐らくあの場に行っても何もできはしないだろうし、せいぜい場の空気を悪くする程度のいたずらしかできないだろう。
「……でも、何もできなくても、せめて現場にはいきたい。
いてもたってもいられない。
そういう気持ちなんやろ?」
「……!!」
アカイのセリフに、テンは激しく首を上下させる。
そうだ、私達のような愛に狂ったものは、たとえ何もできないと知っていても、無駄とわかっていてもせめて愛する人のために何かをやりたくなるのだ。
たとえそれが、無駄だとわかっていても。
無茶に無謀で、無意味な行動だとわかっていても、だ。
「……あんたの気持ちはよくわかる。
だからその上で言わせてもらう」
そして、一息ついた後に、アカイは大声でこう言い放った。
「バ~~~~~~カ!!!!!!
誰があんたの希望なんてかなえてやるか!
あんたはこれから一生、その特等席であの娘がご主人様に堕とされる様を見ているんや!
私のおもちゃとしてなぁ!」
「ぐぅうう~~~~~!!!!!!!!!」
テンが怒り、あるいは悔しがり大きく歯噛みする。
復讐は何も生まないらしいが、それは間違いだとアカイははっきりと確信した。
なぜなら、アカイは今までの人生で感じたことのないぐらいの爽快感と達成感に満ち溢れているからだ。
「……はぁ、こんな姿をオトンとオカンには見せられんな。
ふぅ、ありがとう新しいパパ。
おかげでこの家庭の事も、そこそこ好きになれそうやわ」
「ふぅ~~~っ!!
ふぅ~~~~っ!!!」
獣のごとくうなるその仇という名のペットを見つつ、アカイはほんのりと笑う。
ああ、確かにこれまでの人生はいろいろと苦難に満ちてはいたが……。
それでも、これからは少しだけ前を向いて歩いていけそうだ。
「でもその前に、うちのペットの躾をしないとなぁ。
よそ様に迷惑をかけてたら、事が事やからな」
アカイはそういいながら、自分の新しいパパから借りたその機械を取り出す。
そう、それは自分にとって忌々しいものでありながら、今はこの上なく頼もしく、いとおしくも見えるその機械。
「それじゃぁ、心の治療、はじめようか♪」
「ひっ」
パパ特製の【反復型電脳治療装置】。
今の新しいパパが作ってくれた苦めのお茶、それとわずかに頬を伝る塩水。
そして、マナが作ってくれたホワイトチョコのあまりをつまみに、電脳治療を受けるテンをゆっくりと笑顔で鑑賞するのでした。
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