♦新人メイド・マナちゃんの硬直

さて、時間は少しさかのぼり、まだ大ご主人様が獄牙討伐を提案する少し前。

新人メイドであるマナは、自分の状況改善及び情報収集をするために、メイドカンパニーから依頼された探索依頼を受けることにした。

内容としては、この世界に蔓延る悪徳宗教が一つ新機教。

それがこの工場にちょっかいをかけていて、その上、関係者も巻き込みかけたからその仕立て人がどこにいるのかを探してこいとのことだ。


「というわけで、これが件の高性能センサーです。

 見た目こそ面白愛玩用に見えますが、性能はかなりガチなのでご安心ください」


そうして渡されるのはいわゆるケモミミなサイボーグパーツ。

一般的には全身改造のサイボーグがおしゃれ代わりにつけることもあるネタパーツの一種。

機能があってないようなおしゃれパーツであることが大抵ではあるが……どうやらこれは、例外のようだ。

感情に合わせて動く愛玩機能だけではなく、周囲の音や熱源、粒子に化学物質やESPの残滓で検知する高性能獣耳サイボーグパーツ。

しかも、こんな高性能なのにアンドロイド人間兼用ときたもんだ。

やはり大ご主人様は、いろいろと頭がおかしい。


「でも、元男のボクが獣耳を付けるのはいろいろと精神抵抗が……!!

 しかし、つけなれば、探索に参加できないし……」


「ふむ?この犬耳パーツではあざとくてつけるのは嫌だ。

 そんな奴もいるだろう。

 だが大ご主人様は、そんなわがままなお主を思ってな。

 ここになんと、象耳のサイボーグパーツが!いまなら、しっぽでいろいろとお得で……!」


「いや、やっぱり、普通の犬耳でいい」


かくして、マナは心を鬼にして、犬耳サイボーグパーツを頭に装着。

センサーに促されるがままに、犯人を捜していく。

そうすると出るわ出るわ、無数の新機教関係と思わしき痕跡の数々。

これは、このセンサーが優れているのか、あるいは敏感すぎるのか。

どちらが正解かはわからなかったが、マナはそのセンサーの結果に従い、新機教の足跡を探て行く。

もっとも、探索自体はあまりに痕跡が多すぎるがゆえに、どれが正しいのかわからず難航したが、調査自体は時間とともに順調に進んでいく。

ある時は、十三地区の盟主の家の周辺を探ることになり、ある時は世界通の元知り合いの家の周辺を探ったりもした。


「ほっほっほ、こんなところでも清掃活動とは。

 関心関心」


「ままー、あのお姉さん何しているの?」


「わんわん!カワイイわんわんお姉さん!

 ねぇねぇ、撫でてもいい?尻尾を触ってもいい?」


幸い、清掃活動と並行しているため、調査自体を妨害されることはなかった。

が、それでも彼(あるいは彼女)にとってはなかなかに過酷な任務であったのは間違いない。

ある時は知らない老人に子ども扱いされることもあった。

名も知らぬ幼女に犬扱いされることもあった。

しかしそれでも更なる給料と自分と彼女の未来のために、柄にもなく頑張ってみた。

そして、マナはようやく、件の新機教との関係者決定的な証拠を見つけたのであった。

そいつはとある世界通りの小さいやくざの家へと取り入り、新機教の使いとして働いていることが分かった。

内容としては、悪徳商品の販売及び洗脳の一種。

依存性のある電子ドラッグの一種を渡し、その小やくざの幹部を電脳薬物依存に。

それにちょっとした電脳コンパニオンというか、そういうサービスまでつけれているとのことだ。


「つまりは電脳薬漬けセッ●スと三昧というわけです」


「い、いや、流石にそこまであけすけに言われると……。

 そ、それにただ話し込むだけで終わってるかもしれないだろ?」


「そんな、この業界で接待を受けているのにそれで終わらせるのは、若、いや、お嬢様ぐらいです。

 しかもこちとら、事前調査段階でクッソ汚いオヤジの喘ぎ声を聞かされまくってるんですよ。

 思わず愚痴りたくもなります」


やさぐれながら、交代の際にカナが標的の情報を教えてくれる。

その様子は明らかに苛立ちが見えており、アンドロイドである彼女にしては非常に珍しいものであった。


「まぁ、今回は直接の標的でないため、狙えませんが、今回この新機教にカモにされているクソオヤジは、どう考えても組の裏切り者ですらからね。

 ……残念ながら、すでに筋者ですらない私では手出しも警告もできないですが、非常に歯がゆい。

 この身がメイドでさえなければ、標的毎叩ききっていたのは間違いないでしょうね」


カナが苛立ち混じりにそう話してくれる。

そういえば、元組の用心棒でもあったカナは裏切や仁義には人一倍うるさかったことを思い出した。

そして、そんなカナであっても強制的に体を変えられたのに、命令違反ができないという状態に戦慄を覚えた。


「本当は、ここからの突入は私自身がやりたいのですが……。

 残念ながら交代時間には逆らえませんからね。

 それではお嬢様、ご武運を」


かくして、マナはとある隠れ家の一室で、標的が獲物に接触するその瞬間を待ち構えるのであった。



◆◇◆◇



「え……なんで……?」


そして、出会ってしまったのだ。

とある廃屋に偽装した隠れ家の一室。

そこで全裸で横たわりながら、喘ぎ声を出す複数のオヤジと、それにを見下ろす彼女の姿があった。

もっとも、彼女自身は顔を謎の悪趣味な仮面で隠し、衣装も見たことのない外套をしている。

しかしそれでも、マナはなぜかそれが自分の愛すべき彼女だとはっきりとわかってしまった。


『……はぁ、追手がいるかもとは聞いたけど……

 なんであんたが……』


それは向こうも一緒であった。

こちらも一応は、簡単な迷彩やいつもとは違う髪型や恰好をしているものの、それでも一発で自分の正体を看破されてしまった。

だからこそ、この両者の反応から、互いがお互いに本人だということを悟ってしまった。


「……」


『……』


お互いの間に、いやな沈黙が流れる。

互いなどのような状態で、何者なのかはわかった。

だがそれでも互いが互いになぜ、ここにいるのかを全く理解していなかったからだ。

しかし、その沈黙はそこまで長く続かなかった。


「おい!なにをボッとしている!

 標的がいるのなら、はやく捕縛しろ!」


なぜなら、自分は確かにこの部屋に突入したときは一人ではあったが、その作戦自体はチームで行っているものであったからだ。

他の先輩メイドもこの部屋へと突入し、テンに対して発砲しようとした。


「な、ま……あがっ!!!」


もちろん、最愛の人を守ろうとマナはその先輩メイドの発砲を止めようとした。

が、残念ながらその妨害行動をしようとした瞬間に体はまるで石のように固まってしまい、むしろ射線を遮らないようにその場にひれ伏してしまった。


『……っちぃぃぃ!!』


発砲される無数の低電圧の捕縛弾。

それに対してテンは、素早くその手に持つ一本のサイバー長ドスを取り出し、盾にするかのように構える。

すると、部屋全体の空気が震えるほどの大きな振動が起き、捕縛のために発射された弾はテンにあたる前に、天井や床へとはじけ飛んでしまった。


「……く!標的はサイボーグ。

 しかも、捕縛弾の妨害のされ方を見るに、おそらくESP持ち!

 耐念動弾に変更しろ!」


『ちぃ!兵の練度が高い!

 ならこれなら、どうだ!』


動けないマナをよそにメイド達とテンの戦闘はどんどん進んでい行く。

通常の捕縛弾では効果がないと判断したメイド達は素早く、その銃弾の種類を変えて対抗しようとした。

が、それに対して、テンは周囲に落ちて横たわっていた無数の裸オヤジ共を持ち上げ、あるいは念動や電脳で操り肉壁とし始めた。


「んぎ!!一般人を人質にするとは!

 貴様に恥じはないのか!!」


『企業系アンドロイドやサイボーグなら、有効かもとは思ったが……。

 どうやら、多少の意味はあるようだな』


先輩メイドを含め、メイドカンパニーの多くは基本一般市民や標的外の人や物を無意味に破壊することができないようになっている。

それゆえに、テンはその特性を生かし周りにいる無数の裸オヤジを肉盾にすることで弾丸の被害を最低限に抑えようとしていた。


「だが、残念ながら、4対1。

 いや、3対1ではなぁ」


『……つぅああああああ!!』


しかし、そんなものなどただの時間稼ぎにしかならない。

密室での銃撃戦、しかも逃げ場はなく、方や準備万端で方や営業中。

しかも、チーム戦と単体。

その戦闘結果など火を見るよりも明らかであろう。


「あ……あ……」


このままではテンは先輩メイド達によって、新機教の手先として捕まってしまう。

しかし、もしここで見逃せば、なぜ彼女がここにいたのかわからなくなる。

そもそもなぜ、テンはこの場で新機教の販売員としてここにいたのか?彼女はいつから新機教だったのか?

いろんな考えが脳内に走り、マナの脳内は混乱が走っていた。

……だからこそ、マナはそれにまともに対応することができなかったのだろう。


『……これだけは使いたくなかったが……しかたないか』


劣勢を悟った、テンがその言葉を吐くとともに、とある数字の羅列を素早く口にする。

すると、肉壁兼眠っているはずのサイボーグが突如強大に振動を始める。

そして、周りがあっけにとられている間に、そのサイボーグはそのまま発光、そして膨張。

巨大な爆音とともに、その密室を敵味方もろとも吹っ飛ばされてしまったのであった。



◇◆◇◆



「というわけで、私は確かにあの場にいたけど、心までは新機教に仕えたわけじゃない。

 そして、そもそもあのオヤジ共に体も電脳も許してない。

 ただの電脳ソフトをあいつらに販売していただけ、いいわね?」


「っほ、よかった。

 そうなんだ」


「……いや、アンタ少しは疑いなさいよ。

 まぁ、嘘はついてないんだけど」


場所は変わり先ほどの廃墟から少し離れた別の裏路地。

あの爆発の刹那、事前に爆発の準備ができていたテンは爆発に巻き込まれながらも動けないマオを連れて外部へと脱出。

そうして現在、マナとテンは裏路地にて会話をしていたのであった。


「そもそもまともに考えて、あいつらはその手のプレイをプロとたくさんやってるのよ?

 つい先日まで只のマフィアの箱入り娘をやっていた女ごと気がまともに、満足させられるわけないでしょ」


「でも、テンってかわいいから……」


「お世辞でも、ありがとう。

 でも今はあんたの方が可愛いかもね」


「それはうれしくない」


かくしてテンはあの時内部が彼女がなにをしていたかをつらつらと話し始める

彼女曰く、彼女はあくまであそこであのやくざの組の幹部にとある電脳用のソフトを販売していただけらしい。

もっともその電脳ソフトは非常に性的であり、なおかつ没入感が強く、一度味わったら止めどころを見つけられない。

それこそ、この電脳ソフトを使うために、大金を払っても、組を投げ出してしまっても、かまわないと思ってしまうほどには、だ。


「要するに悪性の電脳ドラッグの一種ね。

 まぁ、一応私も電脳を使っていたのはあくまで、クラッキング対策や電脳演算の補助のため。

 一応やろうと思えば、お互い電脳をつないでいる中で電脳空間の中での接待もできなくもないけど?

 わざわざそこまで安売りする相手でもないからね」


「……それは、なんというかすごいね」


「アンタ、私の言う事を素直に信じていいの?」


「うん。まぁテンの言う事っていうのもあるけど、今の僕の耳にはそういうのが嘘かどうかを聞き分ける機能も付いているから。

 少なくとも、テンの声質が嘘をついていないのもわかるし、ESPやらソフトをつかてごまかしている反応もないからね」


「……そう、それは、本当によかった」


テンはそういいながら、微笑を浮かべつつ動けないこちらの頭をなでてくる。

本当なら、こちらも撫で返したりしたいが彼女を害したり捕獲しようとする以外の動作は、現在の自分ではとることができない。

それゆえにこちらは不動のままではあるが、それでも久しぶりに見た彼女の笑顔に少しだけ心が軽くなった。


「クラッキングは……むりそうね。

 というか、この偽装メイド服を外すことすら無理なんだけど、どうなってるの?」


「それはまぁ、大ご主人様の作品だし。

 というかテンこそそろそろ逃げたほうがいいよ?

 僕というか、全てのメイドにはマーカーがついているから、そろそろほかのメイドが来ちゃうよ。

 それに、もし本当にメイドがすぐ近くにいた場合、ボクは君に警告すらできなくなっちゃうから」


テンはこちらの電脳端子の挿入部を探そうとしていたが、それをあきらめたようだ。


「それよりも一つ聞いてもいい?

 テンはやっぱり、新機教とは関係あるの?」


「そういうことになるでしょうね。

 そのせいで、今の私はそんなことさせられているんだし」


「やっぱりそれは、今の新しい君の婚約者が関係しているのか?」


「そうとも言えるし、そうでないともいえるわね」


「それなら、いつからテンは新機教に関わっているんだ?」


「……私がこの世に生まれた、その日から」


「……え?」


「そう、むしろ私は新機教の奴隷になるべく生み出された。

 それが私という存在なのよ」


かくして、テンは自分の出身を話し始める。

そして分かったのは、テンはいわゆるデザインチャイルド。

新機教によって生み出された、生まれつき新機教の先兵となるべく生み出されたそんな娘だそうだ。

そして、そんな彼女は幼少時代にすでに、一端の記憶を封印して彼女の家であるスーピン家へと養子、いや、本来生まれた赤子と『取り換え』られて成長。

将来的にはスーピン家を新機教の歯車にするべき送り込まれた存在だそうだ。


「それを思い出したのは最近。

 あなたとの婚約がおじゃんになった後、私のお父さん、つまりは先代の組長が死んでしまってからなんだけどね」


「え!?そ、そんな、あの人がなくなっていただなんて……」


「外部には知らせてないでしょうね。

 そもそも、スーピン家の衰退を外に露呈しないために必要なことだし。

 ……それに、父は死んだのではなく、殺されたのが正解だから」


「……は?」


「暗殺者は、父の部下。

 しかも、長年スーピン家に伝えていた忠臣だと思っていたのに、新機教からの電子ドラッグにつられて、殺したんだから。

 笑っちゃうわよね」


まるで、ここではないどこかを見つつ、うつろな目でそう話すテン。

テンは確かにかなり勝ち気で、気難しい娘である。

しかし、それでも彼女の家族への愛情や組への愛は知っているため、彼女気苦労はいかほどか。

そして、彼女はいったいどこを見ているのか。


「……なら、なんでテンはそんな新機教に従っているんだ!!

 父を殺され、組も乗っ取られ!!

 したくもないことをさせられているのに、なんでそれでも生まれだけで、新機教に従っているんだ!!」


「それはね、頭の中に爆弾が仕掛けられているから。

 それだけよ」


「え……」


そういいながら点はトントンと自分の頭を叩く。


「そう、あなたも先ほどの戦闘での最後の爆発を見たでしょう?

 あれはね、別にあのサイボーグだけが備え付けられた特別な機能じゃないの。

 あれは、爆発物のない爆弾。

 人間の脳を使い、命、いや脳細胞のカロリーや重粒子全てを引き換えに超能力を発動。

 強制的に人間爆弾に変えてしまうという必殺の命令コードよ」


そてとともにマナの脳裏に、先ほど膨れ上がり爆発したサイボーグを思い出す。

テンの顔と見比べ、それがあれのようになると想像しただけで、一気に背筋にオカンが走った。


「それに、その話は私だけではない。

 私の組の部下が、部下の家族が、その知り合いが。

 ありとあらゆる子が、無自覚に、あるいは自覚がある状態で新機教からの手先であり、そのうちの半数が生まれつき頭に爆弾が仕掛けられているの。

 スーピン家の現党首として、一人の娘として、どうして新機教に逆らえると思う?」


テンが悲しそうな顔で、こちらを見つける。

その顔には悲しみや諦め、ありとあらゆる負の感情が読み取れる。


「あなたはさ、メイドにさせられたと聞いた時、私と同じくらい可哀そうな目にあっていると思ったのよ。

 でも、あなたは違ったわ。

 あなたはあくまでその体は変えられても、心までは無事だった。

 家族自体は取られても、家族の在り方そのものを変えられなかった。

 確かにあなたにしてみれば、どちらも変わらないと思うかもしれないだろうけど……。

 それでも、できることなら、私もそっちの方がよかった、なんてね」


テンはマナの頭を膝上に乗せながら、そうつぶやく。

その眼はどこまでも澄んでおり、憂いと憧れに満ちており……。


「でもね、私はあなたとの婚約を、あなたと家族になることまではあきらめていない。

 そうよ、それは10年先、20年先になるかもしれない。

 でも、いつかは、いつかは幸せになれるかもしれないから。

 だから、それまではそこで待っていてね?

 いつか、私の家族がすべて変わってしまっても、あなたを迎えに行くから」


同時に、深い闇と悲しみを感じさせるものであった。








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