意志の力


「キキキ……ギギギ!!」


その巨漢のサイボーグから振るわれた拳の一撃が、爆音と共に地面を穿つ。

直撃こそ躱せたものの、足場は崩され、その身は宙に飛ばされる。

その様な身動きが困難な状態で、無数の石礫と爆風に襲われた。


「…っち!」


なればこそとここは、早々に第三の手を起動し、すぐさま空中での体幹制御を行う。

そのまま第三の腕を掴み伸ばすことで、すぐさま遠くの壁へと高速移動を試みる。


「ヒヒヒヒヒヒヒ!!」


しかし、それでもこの戦闘サイボーグはこちらのその隙を見逃しはしない。

すぐに彼のこめかみ辺りから細長い銃身が伸び、その銃口から無数の弾丸を吐き出した。


「……つぅぅ!セーフ!!」


咄嗟に防弾外套を思念操作することで、銃弾から体を守る。

どうやらこの弾は普通の対アンドロイドサイボーグ用破裂侵襲弾であり、ただの硬いだけの生体パーツには強いが、重粒子加工の防弾にはそこまで効果がない。

色々と危なかった。


「お返しだっと!

 プログラム・稲荷火!」


守ってばかりでは意味がないと、こちらも懐から圧縮戦闘ドローンを2つほど展開する。

ついでとばかりに、第三の腕を砲塔状に変化させる。

もちろんこれらはどれもハリボテではない為、戦闘ドローンからは小型榴弾が、変形させた第三の腕からは念動空気弾が複数発射される。


「グラギガガガガが!!」


「おいおい、嘘だろ?」


しかしながら、相手もかなり戦闘慣れしているのだろう。

こちらのドローンが放つその弾を大半はかわし、躱せない攻撃は自身の中で一番装甲の厚い部分で受けとめてある。

実戦におけるダメージコントロールがうますぎる。

せめて空中に放り出されろよぼけ。


「……おま……えが、素直すぎる……だけ、だ」


「いやいやいや、そんなこと言われも…」


しかも、どうやらこっちの攻撃射線は綺麗に読まれているらしい。

道理でこちらの攻撃が悉く綺麗に躱されるわけだ。

おそらくは、ドローンの操作電波感知やこちらの戦闘思考の考察のいずれか、もしくは両方だろう。

全くやりにくいったらありゃしない。


「……おまえ、が、あの、娘の…あ、ガガ」


「……」


その上で厄介なのは、この推定誘拐犯と思われるサイボーグは自我があるのかないのかよくわからないところだ。

なればこそ、平和主義者の私としては、ワンチャンスでもあれば説得で話を付けたいのである。

それこそ、この戦いでは今なおこの地区全体を巻き込んで大規模紛争まがいなことが起きているほどなのだ。

これ以上の無駄な争いを続けないためにも!できる限りの犠牲を食い止めるためにも、こんな無益な殺生はやめよう!


「……あずけ、だが、……ああ、ああ、あああああああああ!!!」


「クソがよぉ!」


ちぃぃ!やっぱりこいつは交渉できないよなぁ。

混乱とか、暴走とかそういうのだと思われる状態だ。

そのせいでチート的な金策キャラ的な特技である、説得でいい感じに事態を収めるとか、こいつを話だけで無力化するとか。

そういう都合のいいことはできなさそうだ。


「なぜ世界はこんなにも、不平等なのだろう……」


「イギアアァァァァ!!!」


こちらの攻撃はサイボーグに防がれ、かといってサイボーグ側からの攻撃は無事に防げてはいる現状。

ある意味では前回の四つ首との対決に似たものを感じるかもしれないが、残念ながらサイボーグの燃費は違法改造アンドロイドのそれとは違う。

さらに言えば、このサイボーグの攻撃は確実にこちらにダメージを与えてきている。

防護服のおかげでごまかされているが、全身に無数の打撲やひびが入る骨折を何度か。

一応こちとら高速回復のナノマシンを体内に注入しているからこそ、動けてはいるがこれによる回復力も別に無限ではない。


「ジュリィィィィ!!」


さらに言うと、このサイボーグは暴走しながらも戦闘センスは失われていないようで、こちらが放ったドローンをきっちり迎撃してからこちら襲ってきやがる。

圧縮して無数に持ち運びしているとはいえ、ドローンの数は有限だ。

そろそろ手持ちが心もとない。


「……時間稼ぎは……いや、微妙だな」


ともすれば残り取れる方法は短期決戦である。

こちとらもとより、あの暴徒集団を背後に長期戦をだらだらと続けるつもりなど毛頭にすらない。

とある秘策を用意しつつ、自分はこのサイボーグを鎮圧することにした。


「……圧縮ドローン25同時展開!!

 必殺包囲殲滅陣!」


その言葉を発する共に、こちらは服の下に隠していた圧縮ドローンを25機同時に発進させ、周囲に展開する。

そしてそのまま隊列を保ったまま、サイボーグの周囲を取り囲み、同時爆撃を放つ!!

クソみたいな命名ではあるが、要するにドローンの連続絨毯爆撃だ。

並のサイボーグなら、これだけで機能不全になるし、ある程度防げたとしても、大損害不可避の大技だ。

欠点としては、こちらのキャッシュがものすごい勢いで減っていく上に、圧縮ドローンを作成するのもなかなかに手間だということだ。

うわぁぁぁぁ、財布が軽くなる音がするぅ…。


「いやだ、イヤダ……イヤダァアアアアア!!!!!!」


そして、目の前にいるサイボーグはただのサイボーグですまないのがさらにいやらしいところだ。

完全に包囲に成功自体はでき、ほぼ全方向から攻撃できているはずなのに、それでも致命傷には至らず。

防御態勢を取りながらも、全身に仕込まれた隠し銃器が1つ1つ確実にドローンを撃墜していく。

もちろん、ドローンの1つや2つ壊された程度で突破される包囲網ではないが、それでも確実にその包囲網は薄くなっていき、25が23に、23が20に。

そして10をきるころには、完全にその包囲網が瓦解してしまった。


「シズクを……む…め……んぞおぉぉぉ!!!」


「ちぃいいいいい!!!」


そうして、包囲網を突破したそのサイボーグはこちらに向かって全力突進をする。

ドローンを引き離すべく、そして、こちらと接触することによりドローンがこちらに攻撃できなくするために。


「きき……!!ここ……ちか……ば、おまえの……など、……いる!!」


「ちゃんと日本語でしゃべってくれや」


かくしてこちらは防護外套と第三の腕で防御するも、思いっきりサイボーグにつかまってしまった。

こちらの首部分を正面から手を伸ばしつつ、彼の全身の銃口はこちらに照準を合わせている。

耐弾がメインの外套が、サイボーグの腕力でキシキシと割裂音をあげながら、壊れていくのが分かる。


「おま……負けダ!!」


こちらを完全に無力化に成功したことを確信したのか、このサイボーグの男はその機械顔からでも十分にわかるほどの笑顔を見せる。

視線は定まっておらず、呂律も回っていないが、それでもただの人間たる自分を捕まえることに成功し、一時の勝利の美酒を味わっているのだろう。


「そうだな。

 鬼ごっこならお前の勝ちだな。


 ……だが、勝負での勝ちだ」


その言葉を言ったその瞬間に、サイボーグは突然強力な電撃に打たれたかのようにその身をビクンと跳ね上がらせる。

手足がわなわなと痙攣し、とらえたはずの腕から獲物がのがれていく。

視界に無数のノイズが入ったらしく、虚空に向かって叫んでいるのが分かる。

なぜだなぜだと、自分がなぜやられたのか、すら理解できていないのがまるわかりである。


「……ふぅ、で、いろいろと手間をかけてすまなかったな。

 


「いえ、問題ありません。

 なにせ、ご主人様のご命令ですから……」


そして、そのサイボーグの背後から現れたのは一つの小型のドローンコントローラーを持ったコノミの姿であった。

そうだ、今回の作戦は非常に単純な作戦だ。

自分一人の攻撃が読まれるのなら、自分以外のそこそこ信用できる味方に攻撃してもらえばいい。

例えば、本来救いに来た相手であり、誘拐された本人であるコノミ自身に、だ。

幸いにもコノミはドローン操作だけなら並み以上の腕前はある。

なので、あの包囲殲滅陣とかいうかく乱用の技で一時的にサイボーグの視界を遮り、その隙に彼女に簡易サイボーグ電脳ハッキング用ドローンを渡したというわけだ。


「……で、本当に良かったのか?

 お前にとってコイツは……おそらくそれなり以上の関係性があるやつだぞ?

 それこそ、お前にとって、世界で一番大事だったかもしれない人だ」


しかし、こんなことをさせてなお気になるのは、今のコノミ自身の心情である。

コノミはいろいろと特殊なアンドロイド、いやサイボーグもどきだ。

そして、その特殊性は恐らくこのご主人様や彼女自身の記憶に関するものだと推察できているし、彼女自身もそれに気づいているだろう。

だからこそ、尋ねるのだ。

今ならまだ、過去に戻れるかもしれないと。

さいわい、ここの現場には自分以外まだ誰もたどり着いていない。

その上、サイボーグやアンドロイドの死体はそこら中にたくさんある。


「……どちらも死んだということにして、雲隠れする……

 そういう選択肢も、ありだとは思うな」


「……それは、ご主人様と一緒に、愛の逃避行という意味ですか?」


「いや、そっちの倒れているほうだ」


「なら結構です。

 私のご主人様は、イザム様ただ一人ですから」


「……本当にいいのか?」


「もちろんです」


「……なら帰るか」


「はい……って、ふえっ!?」


どことなく寂しげに見えたため、コノミの肩をつかみ、そのまま胸元へと抱き寄せる。

あいかわらず、顔だけはいいのがよくわかり癪に障る。

なにより、これほど暗い顔が死ぬほどに合わないアンドロイドも珍しいとつくづく思うものだ。


「あ、あ、あ、あ、ああの!?

 ご、ご、ご主人様!そ、そ、そ、そういうのは、ちょっといろいろと早いというか……

 い、いえでも!か、かくごはできていまぴゅ!」


「よし!元気が出たようだな!

 それじゃぁさっさと帰るぞ。

 このままじゃこの辺全てが更地になっちゃうからな」


「……っは!あ、もしかして今、私からかわれましたか!?

 ひ、ひどいですよご主人様!

 い、いろいろと決心したのにぃ!!」


残るドローンに件のサイボーグを拘束させつつ、小走りでもこの部屋から脱出する。

取り残されたことに気が付いたコノミがぷりぷりと怒りながら、こちらの後についてくる。

その様子に少し笑いながらも、この後どう事態を収拾するべきか、頭を悩ませるのであった。




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