ヒャッハー!!汚物は消毒だ~!!
――その日、万国通は火の海に包まれた。
機械鎧や装甲車が地下道へと侵入する。
数々の口径の弾が飛び交い、火花を産む。
無数の怒号と悲鳴が聞こえるが、それ以上に集まる無数の人、人、人。
ある者は助けを求めるが、その訴えは無視され、射殺される。
またある者は、おのれが標的でないことを祈り、必死に隠れ、顔も知らぬ神に祈りをささげる。
そう、そこは地獄。
アンドロイドが飛び跳ね、機械兵が放銃し、戦車が走り回っている。
まるで一つの戦場が産まれたかのような攻撃が、そこでは繰り広げられていた。
「……いやまぁ、実際に戦争なんだろうなぁ」
舞い散るオイルと血しぶきを見ながら、口からそんな言葉が漏れる。
そうだ、これは恐らくは戦争なのだろう。
アンドロイドの少女を攫い、ついでの多くの巻き添えを出した犯人。
更にはそれを内包するであろう万国通り。
彼らへの送る、十三地区全体からの報復がこの地獄を作り出しているのであろう。
「ぐっふっふっふ!
よもや、ギルド公認でこの秘薬を試せるとは……。
吉と出るか凶と出るか!ともかく生まれ変わるがいい!」
「ぎあぁああああ!!」
「い、いや、やめ、おぽおおおおおぉぉ」
「あ…アガ……ぱみっ」
ふと視線を移動させると、とある男のサイボーグが、無数の被害者たちに治療という名の拷問をしているのが分かる。
なお、彼のサイボーグから注入されていくその薬液は、ある者は青白く光り、またるものは炭よりも黒いものもあった。
当然そんなものが挿入された側は只ではすまず、ある者は口から泡を吹き、またある者はその姿そのものを大きく変えたりもしていた。
「うふふふふ♪
あらぁ、殺したらダメよ♪
折角の合法的人間狩りの機会だもの。
ちゃぁんと、生きたままの奴隷を手に入れないと、ね?」
「フゴー……フゴー……」
「ひゃっはぁぁあ!!さすがだぜ姐御ォ!」
「や、やめ……うぐああぁぁぁあ!!」
そして、別の場所ではきわどい恰好をした女性型アンドロイドが、無数の機械鎧を身に着けた部下を従えつつ、戦場を支配していた。
逃げ惑う人間を的確に拿捕しつつ、自動機械やアンドロイドは無慈悲に破壊していく。
彼女の部下の素行と見た目の悪さと相まって、中世の山賊や大海賊時代の奴隷狩りを連想せざる負えない光景であった。
このほかにも、ある場所では超能力者の学生が、その念動を持ってその地下道の風景を変更していたり、またある場所では武闘派サイボーグがその機械の四肢を持って、相手サイボーグの合金ボディに穴をあけていたりした。
「……やりすぎじゃない?」
思わずそんな言葉が自分の口から洩れるが、周りにいる味方は気にせず進軍を進めている。
本来はこちらは被害者であり、あくまで攫われた人命を救助しに来たという名目のはずなのに、客観的にみるとまるでこちらが侵略しに来たかのような苛烈さに思わず眩暈すら追ってしまう。
「まぁ、安心しろ。
一応今回は、事前の取り決め通り、万国通マフィア【グレイツ・ローマ】所属のものとその支配区画のみ襲っておるからな。
……どうやら、万国通のマフィアからもこのローマ系マフィアは嫌われていたらしい」
その言葉とともに、自分の背後から現れたのは巨大な竜であった。
合金の体表に、するどい爪、蛇腹状のしっぽに、大きな翼。
何よりも爬虫類を思わせる特徴的な頭部を持つ、巨大でユニークすぎるサイボーグがそこにいた。
「えーっと、確か……ワーグさん、でよかったですよね?」
「む?それも間違いではないが、今の我は違うな。
そうだ、今の我は……黒き竜王、黒竜神ブラック・ウィング!!
呪いの炎を操り、天空すら支配する十三地区最強のドラゴンなり!」
ワーグさんが、そのように宣言する様を見つつ、思わず苦笑してしまう。
もちろん、このワーグ、いやブラック・ウィングは、本物の黒竜でもドラゴンでもない。
この人は十三地区のチャレンジャーギルドに所属する、サイボーグ。
しかも、十三地区で最も貢献度と戦闘力が高いとされる、いわゆるギルド№1と称されるほどの人であったりはする。
「……にしても、今回の事はわざわざあなたが出張るほどの事でもなかったのでしょう?
いんですか?この程度の問題で、出動して」
「なぁに!聞いたところ、おぬしの知り合いがさらわれたのだろう?
我らのギルドの№2の知り合いと、宝石の庭という十三区でも大御所がわざわざ依頼を出しておるのだ!
ならば、同じチャレンジャー仲間として、受けざる負えないよな?
現に今回のクエストは、十三区チャレンジャーギルドのビッグ7全員が参加しているからな!」
何それ知らない。
おもわず、事態の余りの大事化とギルド側からも本気であるという事実に、からっぽのはずの胃がさらなる悲鳴を上げてくる。
おかしいな、こちとら、ワンちゃんコノミが手遅れだったとか、まぁ、さらわれても相手が元のご主人様なら悪いようにはされないから、穏便に済まそうと思っていたのに。
なんでこんなめんどくさいことになったんだろうな?
「……まぁ、どこまでお主がかかわっているかは知らんが、すでにサイは投げられてしまったが故な。
もちろん、ここまでくると座して待っているだけで事態の収拾はつくであろうが……。
それでも、自ら動かなければ、おぬしが望む結果で終わるとは限らんぞ?」
その竜頭のサイボーグは、まるですべてを見通すかのような眼でこちらを見てそう言った。
流石№1、おそらくは口に出しこそはしないが、こちらの事態を凡そは把握し、そのうえでこちらに忠告してくれているのだろう。
趣味と外見は別にして、人格も優れ、功績も戦闘力も優れている、チャレンジャーギルドのトップを誇る男なだけある。
そんな彼を見つつ、こちらはぽつりと彼に返答した。
「そこまでわかっているのなら、いい感じに手加減やら協力してくれよまじで」
「ハハハハハ!それは無理だ!
これも仕事故な!!
……む?どうやら、大物が登場したようだな!では言ってくる!!」
そのセリフとともに、ワーグはその背中に備え付けられた羽根とロケットエンジンを使い空中へ舞い上がる。
「矮小なる者どもよ!!
これが、竜王の怒りだぁあああ!!!」
そして、そのセリフとともに、ワーグの口から、固形化、あるいは圧縮された黒炎を発射。
無数の榴弾や銃弾もおまけとばかりに放出し、相手の呼び出した戦車や装甲車を一瞬で吹き飛ばしたのであった。
「ふははははは!!
もろい、もろすぎるぞ定命の者共よ!
我が黒炎に焼かれ、灰と化すがいいわぁああああ!!!」
そんな、暴れまわる自称黒竜を尻目に、こちらも自分のなすべきことを行うのであった。
◇◆◇◆
「う、ううっ……うううっ……」
「……」
「なんで、どうしてこんなことに……」
同時刻、万国通、【グレイツ・ローマ】の隠し部屋。
その廃墟に等しい薄暗い部屋に、コノミとその謎のボーグの2人がいた。
「なんで、なんで!
私を攫いたいのなら、宝石の庭のみんなを殺さなくてもよかったじゃないですか!!
私が憎いのなら、私を殺せばいいじゃないですか!!」
「………」
「それなのに、なんで、どうして!!」
コノミは怒っていた。
なぜならば、自分を攫ったこの謎のサイボーグは、自分と親しい友達である宝石の庭のアンドロイド達を殺したから。
さらに、コノミは悲しんでいた。
なぜなら、自分の迂闊な行動のせいで、宝石の庭の人たちをはじめとする多くの人たちに迷惑と被害をかけてしまったから。
そして、コノミは困惑していた。
なぜなら、彼女自身、なぜ自分がこんなことになっているのか、皆目見当もつかなかったから。
「……あなたは、私のチャンネルの視聴者さんじゃないですよね?
だって、私のチャンネルを見ている人たちは、みな優しくて……こんなひどいことする人はほとんどいません」
「……」
「あなたは、あなたはいったい誰なんですか?どうして、こんなことをするんですか?」
コノミは精一杯の勇気を振り絞って、そのサイボーグへと尋ねた。
もちろん、すでに死への覚悟はとっくにできている。
怒りを買って、壊される覚悟もできている。
それでもなお彼女は真実を知りたかった。
「……ホントウニ、ワカラナイノカ?」
「……!!」
だからこそ、その返事が返ってきた時に、頭の奥がずきりと悼んだ。
ないはずの心臓が強く拍動し、指先が冷える感覚に襲われる。
「……ホントウニ、ワカラナケレバ、イイ。
ダガ、ソウデハナイ、ソウデハナイノダロウ?」
その誘拐犯のサイボーグの声を聴くごとに、頭痛がひどくなる。
本来のアンドロイドであれば、絶対に想起しえない、無数の情報が脳裏を走る。
走馬燈のように脳裏に走る無数の情報の断片により、彼女は一つの真実へと到達してしまった。
「……あ……パ……。
まさか、まえの、ご主人、様」
「……オオ、オオ。
オオオオオオオォォォォォ!!」
思わず自分の口から漏れ出た言葉とともに、その誘拐犯サイボーグが、大きな咆哮を上げる。
もだうち回り、嗚咽を漏らす。
「ひっ、あっ。
まさか、まさか、本当に私のせいで、みんなに迷惑が掛かって?
本当に、本当に、私の過去は、危ないアンドロイドで……」
「グルアアォオオオオ!
オオォォォォ」
自分の後ろでサイボーグが叫び暴れているが、そんなもの彼女にとっては関係なかった。
そうだ、彼女自身考えたことがないといえば嘘であった。
自分の過去が、本当に危険な場所出身であった可能性を。
自分の過去が原因で、悲劇が起きる可能性を。
「……でも、どうして、今なの?
ようやく、ようやく、幸せになれたのに、どうして?」
「……アガ?」
しかし、それでも、思わずそのセリフが彼女の口から洩れてしまっていた。
その言葉の意味すらよく、分からないままに。
「なんで、ようやく、ようやく、私にも幸せが来れたと思ったのに!
友達ができて、好きなこともできて、おいしいごはんもたっぷり食べれるようになった。
そして、好きな人もできたのに……」
「どうして、今、こんなひどいことをしたの?」
「………ガァアアアアアアアア!!!!!!!」
そのセリフが言い終わると同時に、件のサイボーグがコノミを強く押し倒してきた。
その巨大な鉄腕をこちらの首にかけ、へし折らんばかりの万力が込められる。
一瞬で呼吸が詰まり、息ができず、すぐさま内部電源へと切り替わるのが分かる。
電脳につながる人工脊椎が損傷し、四肢から力が失われていくのを感じた。
(……ああ、私は、また死ぬのか)
なぜか懐かしさを感じる、その死に行く感覚とともに、彼女はゆっくりと今までの短くも幸せであった第■の人生を思い出す。
美しい木々においしい空気。
おいしい人間用食事と、独特ながらも面白いアンドロイド食材。
宝石の庭で出会ったたくさんのアンドロイドの同僚に、厳しくも優しい上司。
人間でありながらこちらを姉のように気にかけてくれるお姉さんに、配信という趣味とその愉快な視聴者たち。
……そして、なにより、こんな不気味でしかない自分を偏屈ながらも受け入れてくれた、困ったときに助けてくれるのに、どこかそっけない。
私の幸福の始まりにして、今の私という人生の象徴。
(………ごめんなさい、ご主人様……)
そして、コノミは静かに目をつむり、自分の死を受け入れた……。
はずであった。
「……ギィイイイイイイ!!!」
すさまじい炸裂音とともに、自分の首を絞めていたそのサイボーグの両腕があっさりと引きちぎれた。
その衝撃とともに件のサイボーグは大きく後ろへとのけぞり、大きなしりもちをついた。
その瞬間に、コノミの喉部分の自己修復が唐突に再開し、ちぎれたサイボーグの腕が振りほどけ、その喉に空気が戻る。
「あ……あ……」
死を覚悟しても作動しなかったはずの涙腺センサーが、洗浄液を排出する。
視界がにじむも、その景色に色が溢れ、顔が熱くなるのを感じる。
「……ほれ、勝手にこっちの許可なく壊れてるんじゃねぇ。
ほれ、サッサと一緒に帰るぞ」
「ごじゅじんさまぁぁぁぁぁ」
だからこそ、彼女は、おそらく今までの一番よく泣いたのであった。
……すべての人生の中で、だ。
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