仁義なき戦い


「……本当に申し訳ない」


情報収集も最低限に、万国通から急いで戻ってきた時、そこに広がっていた光景はなかなかに地獄であった。

庭園と菜園が美しく入り混じっていたその庭には無数のオイルと機械のパーツが。

この辺の建物としては似つかわない西洋風の館には大穴が開き、塀や堀も欠けている。

なによりも、目を引くのは無数の布を覆いかぶせられた人型の姿だ。

この風景、この雰囲気から、おそらくこれは……。


「なんで、あなたが謝るの?

 謝るべきはこちらよ、コノミちゃんを守り切れなくて、本当に申し訳なく……」


「そんなことはどうでもいい。

 そちらの被害は?」


「……知り合いのアンドロイドが11人。

 宝石の庭専属の子も2人ほどやられたわ。

 ……よりにもよって、若いのから。

 本当に嫌な業界ね」


小柄のサイボーグながら、強く手を握りしめている翡翠女氏。

歯を強く食いしばり、手を握りしめ、金属がきしむ音がする。

見えないはずの怒気が感じられ、思わず一歩後退しつつ、恐る恐る彼女に尋ねた。


「……で、どうするつもりなんだ?」


「そんなの、当然決まっているでしょう?

 どこの不埒者だか知らないけど、私達の大事なお姫様を攫っていったのよ?

 それなら、取り返しに行くのが筋ってものでしょう」


「……もうすでに、殺されているかもしれないぞ?」


「なら仇討のために殺しに行かなきゃ」


「違法な改造で、正気を失い、敵になってるかもしれないぞ?」


「それなら、なおのこと、彼女は私達の手で救い出してあげなきゃ。

 安心しなさい、彼女はたとえどれだけの労力がかかっとしても、元に戻して見せるわ。

 それこそ、なにを犠牲にしても」


激情か義憤か、あるいは復讐心か。

翡翠女氏の怒りは、相当なものであり、こちらが何を言っても止まらないであろう。

しかしそれでも、それでもなお私は、彼女に向かってこう尋ねなければならなかった。


「たとえそれがもし、相手が非常に危険な相手。

 万国通りの一角を支配する、それなりにやばいサイバーマフィアを相手にすることになったとしても……か?」


「ええ、ええ!実にいい機会ね。

 要するにあいつらは私達をなめ腐ったから、こんなことをしてきたんでしょう?

 ならいいわ。

 あいつらがどこに喧嘩を売ったのか、その身にきっちりとわからせてやるんだから」


どうやら、これから実に碌でも無いことが始まる。

それだけは確かな様であった。



◆◇◆◇



「……あ~……。

 関わりたくね〜……」


「何を弱気なことを。

 そもそもおぬしは、あの娘の主人じゃろ?

 関わる云々を言うのなら、すでに手遅れじゃと思うぞ」


「ですよね」


さて、あの恐るべき翡翠女氏の宣戦布告から、少し後。

現在我々は、宝石の館の作戦会議室にいる。

もっとも今この部屋にいるのは、宝石の庭の武力担当のアンドロイド、ジーさんと自分の二人だけ。

残りはリモート参加というかなり寂しい状態である。


「それにしても、お主とコノミには非常すまないことをした。

 わしが着いておきながら、この様な失態を犯すとは。

 本当なら、腹を切って詫びを入れるところなのだが……」


「そういうめんどくさい定型はいいから。

 さっさと、誰がコノミをさらったかとか、そもそも何が起きたのかとか。

 その辺の解説を頼む」


「うむ、任された」


白装束を着ながら、土下座をして謝ろうとするジーはさておいて、彼女にはさっさと事態の説明をする様に急かした。

そんな彼女がいうに、ここに預けられた当初は、コノミにはあくまで次の配信のネタとして、ここでコラボのライブ配信をする為という体で来てもらったそうな。

しかし、それでもこちらが捜索を続けている数日の間で、コラボに向けての話し合いやら下準備は終わってしまったのだ。


「だからまぁ、わしらとコノミはこの宝石の庭で配信を開始したわけなんじゃ!」


「いや、馬鹿だろ」


だから、コノミはストーカーに狙われているって言っただろ?


「いやいや、実際狙われているのはお主の家のパソコン中心じゃたじゃろう?

 それに、ここのパソコンのセキュリティはそれなり以上には硬い。

 だから問題はない……ないと思って居ったんだがなぁ」


まぁ、言いたいことはわかる。

それに軽くここのパソコンのセキュリティを確認したところ、ここのネット防衛機構が優れているのは確かだ。

それこそ半端なハッカーどもでは断片程度の情報しか探れないだろう。


「でも、そもそも相手はその断片だけの情報だけで、位置を特定できるほど、この町に詳しい奴だったって、話だろうな」


「……そうじゃな。

 だからこそ、あいつはコラボ配信のすぐ後、いや2回目のコラボ配信中に現れたのだ」


祈るように、両手の指を交差させつつ、ジーはそうつぶやいた。

彼女曰く現れたのは、一人の巨漢のサイボーグ。

全身に怪我が目立つが、その瞳はまるで幽鬼のように青く輝き、恐るべき速度でこの宝石の庭を制圧したとのことだ。


「あ奴は……おそろしく、アンドロイドとの戦闘に慣れておった。

 強化された五感を使い、アンドロイド特有の対人認証ラグを読み切って攻撃。

 しかも、事前に他の場所で陽動し、アンドロイド用の高級チャフを使用したうえでの誘拐じゃからな」


「……アンドロイド戦争の生き残りか?」


「おそらくは。

 いくつかのパーツの古さ的にも最新鋭というよりは、歴戦の古兵を思わせる動きをしておった」


「しかも、戦闘用のアンドロイドを複数相手にしても、問題ないレベルの、と」


「じゃな」


驚くほどの難敵に、頭が痛くなる。

どうやら、コノミを誘拐した相手は、びっくりするほどめんどくさい相手のようだ。

ワンちゃんもしコノミを倒しても、以降そんな化け物に狙われる人生を歩まなきゃいけないの?


「……ところで、おぬしの追いかけていた、黒幕もどきのほうは……」


「無事解決したし、一応はそのデータも拝借したぞ。

 もっとも、さらなる黒幕がいることが分かっただけだけどな」


「まぁ、じゃろうなぁ」


一応、先日こちらが倒したあの四つ首触手アンドロイドの電脳をこっそりハックしてみたところ、どうやら彼女らはフリーになった後に件の黒幕に接触。

その後あの姿に改造されて、連日こちらにあの連続ハッキング依頼を送るだけの触手と化していたことが分かったのだ。

それと付随して、その黒幕の正体もわかったわけだが……。


「万国通の地下ギルドが一つ。

 グレイツ・ローマ所属、戦闘系幹部のゲルマニクスという男らしい。

 件の4人の戦闘メイドアンドロイドと、シズク……いや、今はコノミか。

 ともかく彼女達の元主人で、女アンドロイド好きのサイボーグだそうだ」


「ほう……なかなかに男前な奴じゃな」


そうして、あの4つ首から抜き出した映像データをジーの持っている端末へと送る。

するとそこには青髪で巨漢の機械交じりの男が映っていた。

もっとも、ジーのその言葉とは裏腹にその声には、隠しきれないほどの怒気が混じっているが。


「……この男は、コノミを攫った男によく似ておるな。

 もっとも、件の襲撃者はもう少し機械部分が多かったが」


「ならおそらく、こっちのデータかな?

 こっちのほうが最新のゲルマニクスのデータだな。」


「……!!!」


件の四つ首が最後に出会った時の、ゲルマニクスのデータを見せると、その瞬間ジーの体が大きく震える。

そこには、全身が完全に機械であり、もはや人と小型戦車を無理やり混ぜたような歪な姿のサイボーグがそこには映っていた。


「まぁ、このゲルマニクスという男がアンドロイドが好きかどうかという話で言うと結構疑問ではあるな。

 なぜなら、このデータが正しければ、このゲルマニクスは、4人の戦闘可能なメイドアンドロイドなんて際物を買ったのに、性交をするどころか、まともに接触すらしなかったらしい」


「……」


「しかし、それでも、シズク……いや、コノミは例外だったらしい。

 件のゲルマニクスは、コノミを構いはするが、このメイドアンドロイド達には、ほとんど興味も関心も示さなかったそうだ。

 それこそ、こいつらが最後に4つ首として改造するまで、まともに名前すら付けられてなかった程度には、な」


「……ふーっ……」


できるだけ刺激しないように話してはいるが、それでも自分が口を開き、説明するごとにジーの機嫌は悪化していった。

それこそ、もし彼女が人間ならば、今すぐにでも暴れだし、死人の1人2人出てもおかしくない程度には、だ。


「つまりは、件のサイボーグはアンドロイドから死亡判定されるほどの大けがを負った。

 そのせいで男前から不細工なサイボーグへ。

 さらには死亡判定が出たせいで、コノミのマスター権を失う。

 そして、アンドロイドとしてフリーになったコノミが脱走し、偶然おぬしと出会いマスターとして契約してしまった。

 だが、実は本人は生きていた。だから、コノミを取り返そうとした。

 ふむふむなるほど、そう聞くとなかなかにアンドロイド人情にあふれたいい男ではないか……」


ジーはそういいながらも、サイバー長ドスからその刀身を抜き、そして、思いっきり机へとたたきつける。


「だからといって、我が同胞を殺すその残虐さ!!

 アンドロイドを物のように消費し、むさぼるその姿、筆舌に尽くし難し!!!

 必ずわが手で、その電脳と腸を引き抜き、切裂いてやろうぞ!!」


サイバー長ドスで刺された机が一瞬で灰塵と化す。

口調とは別に、その動作には怒りが隠し切れず、そのレンズである眼には、狂気とすら思えるほど内部から強く発光していた。

おかしいな、アンドロイドは人間相手にはある程度セーフティが働くはずなのにね?

これはそういうのを無視できる、そのような圧をその身で感じることができてしまった。


「幸い、コノミの今の主人は、お主じゃからな。

 安心しろ、コノミの心も体もきっちりお主の元に介してやるからな?

 戻ったらたっぷり慰めて、やるといい。

 正しい人間とアンドロイドの信頼関係、たっぷりとそ奴に見せつけてやろうぞ」


「やめて」


ジーはその言葉とともに、狂気と愉悦の混じった眼でこちらを見つめてくる。

明らかに人道に反したことを考えているのがその眼とパルスから、はっきりと読み取れる。

やめてください、私はただの巻き込まれた一般人なんです。

どうして、こんな面倒な事態に巻き込まれなければならないんですか??


「作戦会議中失礼します!

 聞き込みの結果、コノミちゃんを攫った犯人の裏が取れました」


「おお!そして、その不埒物の正体は?」


「はい!件の誘拐犯は、傭兵系マフィア、グレイツ・ローマ幹部の『凶殺のゲルマニクス』で間違いありません!!

 ……最近、大怪我をして、死亡説がささやかれていたそうですが、どうやらそうではなかったようですね」


「……ふむ。

 で、場所は」


「万国通の奥ですね。

 ちょうどこの辺です」


そのセリフとともに、いまコノミとゲルマニクスがいると思われる地形データが、地図ファイルとともに送られている。

おいおい、そこは先ほどまで俺が近くにいた場所じゃねぇか。びっくりするほどニアミスしていたんだな。


「わざわざ、他の地区から、ご苦労なことじゃな。

 それで、自治体の許可はとれたかの?」


「えぇ、どうやらかの悪漢がこちらに攻め入るさいに、十三地区各地で暴れながら侵入したそうです。

 交渉も成功したため、自治体の各組織も、これが十三区全体への宣戦布告としてとらえることに成功しました」


そのセリフに、いやな予感がして、地区全体に備え付けていたセンサーを起動させる。

するとこの地区の各建物から無数の銃器や武器の移動反応が発生しているのがわかる。

さらには、無数の鉄靴や機械鎧の駆動音まで聞こえ、チャレンジャーギルドや傭兵ギルドのネット掲示板には、無数の戦闘依頼が張り出され始めていた。


「さぁ、コノミの主人、いや、イザムよ。

 貴様が参加するもしなくてもいい。

 だが、コノミは我ら十三地区全員で取り戻すのが決定した。

 故にお主は、大船に乗ったつもりで、どっしり構えておるがいい」


どうやら、コノミの誘拐事件は、この十三地区全体で対処すべき大問題へと発展してしまったようだ。

余りのプレッシャーと地区の信頼度とコノミの関係に、電脳と心臓、さらに肺の奥が非常に痛くなるのを感じるのであった。



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