契約の履行はパルクールを呼ぶ
それから時は流れ、少しずつ課題テストの結果が返ってきた。とはいえ、結果は予想通りであり何一つとして面白いこともなかったので割愛しよう。
そして気が付けば既に4時限目終わり。そのチャイムが鳴り響いた。
終業の号令が鳴り響く刹那の間に僕は机の中にしまっておいた財布を取り出し、それをポケットにねじ込む。そして、号令が終わるや否や、僕は教室の扉に向かった。
扉までには人と机とが規則的であったり不規則であったりと並んでいるが、幸いにも回避行動は得意なのだ。いつも実妹に命を狙われているだけのことはある。それ故、廊下に出るまでは難なくこなすことが可能であった。
それから、僕は目の前にあった窓を開け、右足で踏切り、左足をぴょいとサッシにかける。一応、着地点に人や障害物はないかを一瞥。後は簡単、飛ぶだけだ。全身が空気抵抗に揉まれる感触を受けながらも、着地のイメージを固めていく。そして、右足を前にしてかがんだ形で着地。右手は床に添えるだけ。
後は何事もなかったかのようにすぐそこの購買へと向かい、こう言えばいいのだ。
「焼きそばパン3つ」
そうして料金を払って対価を受け取るという契約が交わされた。
「ほれ、契約に従って買ってきたぞ」
「お前マジでやんなよ!!」
帰ってくるや否や、須藤の大ツッコミを食らった。
「やれって言ったのはそっちだろ? それじゃ、代金の支払いよろしく」
「冗談かと思ってたっての!」
「……冗談だったのか?」
「むしろ冗談じゃなかったのか? だわ! 正直自殺教唆の罪に問われるかと思ってヒヤッとしたぞ!」
2階から飛び降りたくらいでそうやすやすと失う命でもないのに、大袈裟である。
「てか、みんなもこの方法使えば楽なのにな……。そしたら窓が渋滞してかえって危険になるか」
「そういう問題じゃねえよ。二階からダイブして無事な人間の方がレアだし、出来たとしてもそうやすやす実行しねえよ」
「……? そうなのか? むしろ個人的には帰り渋滞の方が大変だったぞ」
「そりゃぁ早すぎてお前が帰るタイミングにはみんなが向かってる最中だからな」
……どうやら話が嚙み合っていないようだ。
「『僕何かやりました?』な表情をすんな」
と須藤は言う。いやいや、これは日常ラブコメだ。なろう系主人公の出る幕はないだろう。ましてや、ここはカクヨムなのだ。
などとやれやれ思いながら佳菜の方に視線を移すと、佳菜は普通に弁当を食していた。
「……ごめん、お弁当持ってきちゃったから焼きそばパンは瑛人が2つ食べていいよ」
「…………」
この似非君主め……。
「ま、2つとも食べて英気を養うのが吉か……」
「そっか、体力テストあんのか」
実を言えば、この後には体力テストが控えているのだ。何も1日にまとめてやらなくてもよいだろうなんて思ったりはするが、こうすることで他のスポーツに時間を割こうという魂胆なのだろう。
「そういえば瑛人って運動できるの?」
ふとそんな質問をしたのは佳菜であった。
「どうだろ……。種目によって得意不得意が結構あるから何とも言えんかな」
陸上競技や器械体操の類は得意だが球技はあまり得意ではない。体力テストでいえば、反復横跳びは得意だがハンドボール投げは苦手である。みたいに、一概に運動が得意かどうかをイエスノーで答えるのは不可能だ。
「……って言いながら普通にできるってオチだろ。てかオレにはその質問しないのか?」
「興味ない」
「」
目の前で須藤が魂を抜かしていたが、あまり気にしないことにしよう。
「それにしても、佳菜さんは島原さんのことを随分と御贔屓なさっているようですが、どう思われているのでしょう?」
ふと正鵠を射たのかよくわからない発言をするのは笹野である。確かに、今の件だけを見れば言い得て妙な発言なのだろうが、あまり総合的な発言には思えない。少なくとも、佳菜は僕のことを従者だのと呼んでおり、すなわち軽んじているようにも思えるからだ。
「……何でそんなことを言うの?」
佳菜はうつむきがちになってポツリとつぶやく。
「そうですね。なんとなくですが、佳菜さんは島原さんと一緒にいたいという意思が強いように感じられますし、それに、私が島原さんとお話しているときには嫉妬のような眼差しを向けてくるではありませんか」
笹野は割としっかり観察しているようではあるが、ただそれがまさに正解であるかと言われたら疑問が残る内容である。勿論、僕も佳菜本人ではないので正誤を正確に告げることは不可能なのだが、出会って三日の人間に対して抱くような感情ではないだろう。
すると、佳菜がとりあえずの解答を提示するのであった。
「従者なんだから主の側にいなきゃダメってだけの話。……特に深い意味はない」
何ともドライな解答であった。
「ま、だろうな……」
「……果たしてそうでしょうか?」
「」
それを耳にして納得する僕と、どこか疑いながらも楽しんでいる様子の笹野、さらには、依然と魂が抜けたままの須藤がそこにはいたのであった。
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