巡回セールスマンは第三者を呼ぶ
さて、5時限目以降の体力テストであるが。僕らは各地で実施されている種目を各々自由に回ることになるらしい。
ただ、記録の証人を得るため、ペアだったりグループだったりを組まなくてはならないという制約はある。合理的だし大した負担もないので、この制約に対して声をあげる理由もあるまい。世の中には2人組恐怖症というものがあり、読者の中にもそのような方が紛れ込んでいるかもしれないが、少なくとも僕はそれに該当しない。そうであることを期待する人たちも中にはいるようだが、僕はその要求にこたえるつもりはないのだ。
というわけで、僕は成り行きで須藤と契約を結ぶ、もとい、ペアを組むことになった。お互い一番気ごころが知れている関係だし、最良であろう。
「それじゃ、どっから回るか」
先ほども述べた通り、8種目すべてを遂行することさえできれば、回る順番は自由である。
「出来るだけチャチャっと済ませたいよな……」
須藤はそう希望を述べたので、僕は解法を示した。
「巡回セールスマン問題か?」
「……なんだそれ?」
「セールスマンが街中にあるノルマの家庭を全て訪問するための最短経路を求めよ、という問題だな。今回の場合は8!=40320通りの中から1つ選ぶってわけだ」
しかも、単なる距離の計算のみならず、混雑具合などに起因する待ち時間等々も考慮に入れなくてはならないため、およそ手計算のみでは結論を出すことは不可能である。
「申し訳ない。うちの妹にプログラムを書いてもらう時間をくれないか?」
「そんなこと求めてねえよ。とりあえず一番近い反復でも行くぞ」
ちなみに、僕の妹は海外から仕事を取り付けて一儲けするくらいの凄腕エンジニアだったりする。海外から仕事を取り付けているのは、日本だと年齢的に制約があるからである。
なお、非常に大事なことなのであらかじめ言っておくが、実妹である。よって、結婚はできない。両親のDNAを確率的に分かち合った間柄だというのに、どうして凡人の僕とそこまでの差が出来てしまったのか。一体全体わけが分からない限りなのだ。
まあ、ある意味においてDNAからの自由を得ていると考えれば、それで腑に落ちるのだが。
まあ、何はともあれ、僕らは反復横跳びのゾーンに辿り着いた。
「よぉーし島原。勝負しねえか?」
蓋し、男子高校生という生き物は競争が大好きな生き物である。スポーツとゲームに関してはことさらのことである。
「別に構わないけど……。ただ勝負するってだけでもつまらないよな?」
そして、僕も並の男子高校生である。すなわち、競争が大好きな生き物である。……ポリコレはガン無視させてもらう。
「そうだな……。じゃ、オレが買ったらこの後スポドリ1本おごりでいいか?」
「オーケー。じゃあ僕が勝ったら住宅ローン1月分おごりな」
「おいふざけんな! スポドリとローンだと割に合わねえだろ! てか何でお前がローンのこと気にしてんだよ!」
おっと、ついボケてしまった。ちなみに、僕が住宅ローンに頭を悩ましているのは事実である。意外にもバイト先がなかなか斡旋されないのだ。
結局、負けたらスポーツドリンク1本おごりという協約に収まった。
「にしても、お互いの記録を監査するのってお互いだろ?」
形式上、一方が試行を行っている間、もう一方がカウントをするということになる。すなわち、対戦相手の記録をカウントするわけになるのだ。
「紳士協定にしてもかまわんが、それだと自分の潔白を証明するのが難しいからな……」
形式上、相手の記録を事実よりも少なく報告することも可能となってしまう。
勿論、自由市民たる僕は自由意思に基づいて結んだ契約の不履行などということは死んでもするつもりはない。
ただ、それは主観的要因に過ぎない。いわゆる、第三者の厳しい目が必要となってくるのだ。……別に、不当に政治資金を着服したり、謎に耳が遠くなったりはしていないが。って、もうこのネタも古くなってしまったのか……。
「じゃあそこの君たち、立会人になってくれないか? 報酬は1人200円までなら出せるぞ」
というわけで、第三者を呼ぶのである。顔の知らない男子2人。顔も知らないのだから別クラスの男子ということになろう。
「……A組の島原か」
「かの有名な島原だな……」
「ああ……。初日から遅刻して担任を切れさせたのに入学式では新入生代表の挨拶を任されるほど成績優秀で、しかも美少女2人を侍らせていると聞く島原だな」
「そうだな……。さらに先ほど入った情報だと購買戦争に勝つために二階の窓からショートカットをしていったらしい」
……あれ? 何かやたらと認知されてるぞ?
須藤が隣で苦笑いしているのを横目に、僕は再び質問する。
「それで、立会人の件は受けてくれるのか?」
2人にどう思われているのかというのはさほど重要ではないのだ。
「まあ、立会人をするだけで200円もらえるんだったら受けるぜ」
「時給換算すれば大儲けだしな」
これでいいのだ。
……仮に勝ってもスポーツドリンク1本なのは割に合わないが、契約履行のためなら仕方あるまい。
「それじゃ、オレから行くぜ! 反復は結構得意だからな」
「そうか。僕の得意種目でもあるからいい勝負ができそうだ」
俄然、燃えてきた。
「よぉぅし! 65回! 10点ゲット!」
須藤の試行が終了し、次いで僕の番である。
「そっか……。先に宣言させてもらうけどさ……」
僕はウォーミングアップもかねて軽く跳躍しながら、悪役が如く口角をあげて口にした。
「僕の勝ちだ」
後は、自分との勝負と言うことらしい。
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